Einsatz─あの日のメロディーを君に─
第8章 過去─トラブルメーカー─
第24話 変わり始めた関係
秋の恒例行事といえば文化祭と、あとは体育祭だ。夏の練習は暑いので春に変更している学校が増えているけれど、美咲はまだまだ夏の練習だった。初めのうちは体育館で練習することもあったけれど、ダンスや組体操などグラウンド全体を使うものは外で何クラスか合同ですることも増え、もちろん授業は変則だった。
オクラホマ・ミクサー──フォークダンスも入ってくるわけで。
(ぎゃー!)
美咲の最初の練習相手は裕人だった。
もちろん彼のことは嫌いではないけれど、彼は嫌なことがあったのか、練習に疲れていたのか、ものすごく怖い顔をしていた。間違っても、これから〝藁の中の七面鳥〟で踊る、という雰囲気ではなかった──もちろん、踊ったけれど。学年でいくつかの円に分かれることになり、美咲たち五組はなぜか一組と一緒だった。一組といえば森尾がいる──けれど、練習はいつも彼に当たるギリギリ直前で終わった。
午前中は男女別の練習で午後からフォークダンス、という練習の日々が続き、全校生徒での練習の日もあった。
「それでは解散しますが、三年生だけ残りなさい」
体育の主任の先生はもちろん、他の先生も、普段はにこやかな篠山でさえ怖い顔をしていた。最後のフォークダンスを一・二年は真面目に踊っていたのに、三年だけやる気がなかったからだ。怒られながら練習したので、おそらく全員がきちんとしていたけれど、菅本が一人で笑っていた理由が美咲にはわからなかった。
体育祭の前日は、リハーサルがあった。
もちろんそれは競技だけでなく進行全てなので、放送部員は準備に当たっていた。ほとんどのメンバーが引退していて、残っているのは美咲たち三人だけだった。
「今日からこの子たちの面倒見てあげてね」
放送部にようやく、二年生が入ってきたらしい。
体育係だった美咲はクラスのプラカードを持ったり選手を誘導する仕事があったけれど、それ以外はほとんど司会席にいた。彩加や侑子はもちろん、後輩たちもだ。
美咲は何を血迷ったのか、二百メートルリレーなんかに出て最下位だった。しかも、女子二人・男子二人が出るはずなのに、男女とも、片方が休んでいた。おまけに男子で走っていた湯浦雄二も最下位だったとは一体どういうことだ。ちなみに体育祭当日のことは、何も覚えていない。
練習で疲れていても、塾が休みになるわけはなく。
(あれ……。なんか香水の匂いする……)
席替えが行われていて、美咲の前に高井が座っていた。汗をかいた後なので香水をつけたらしい。中学生のくせに。
「なぁ、紀伊さん、あのさぁ」
「ん? なに?」
高井が後ろを振り返って美咲に話しかけることも増えた。
もちろん彼がトラブルメーカーなのは相変わらずだったのでうるさいと思うこともあったけれど、美咲は特に拒否はしなかった。学校でも塾でも常に視界に入っていたので、それが普通になってしまっていた。
それでもやはり学校に行くと、美咲がいちばん関わった男子は裕人だった。長話をすることはなかったけれど、いつも近くにいた。
「あっ、輪ゴム持ってくるの忘れた」
家庭科の授業で幼児用おもちゃを工作することになって、牛乳パックと輪ゴムを持ってくるように言われていた。輪ゴムを忘れていたのは隣の席の侑子で、美咲はたくさん持っていたのでいくつかあげた。
そして授業が始まってから美咲が牛乳パックを触っていると。
「紀伊さーん」
語尾に音符がついていそうな声で美咲を呼んだのは裕人だった。黙って振り返ると彼は珍しく満面の笑みを浮かべていて、美咲は思わず笑ってしまった。しかも彼は塾とは正反対のストレートな髪で、前髪に大きな何かをつけていた。
「輪ゴムちょーだい」
その言葉にも、語尾には音符がついていたはずだ。
「何つけてんの……?」
やはり美咲も、裕人につられて笑いながら聞いた。
「えっ……櫛……」
美咲は裕人に輪ゴムをあげてからも、しばらく笑いが止まらなかった。
普段、学校では塾の宿題ばかりして教室では静かに過ごしていることが多かったのに、塾に行くと髪型のせいで余計に近寄り難い印象だったのに、裕人はなぜか笑顔でいるときが増えた。彼と接することが多かった美咲はギャップを楽しんでいたけれど、塾でしか彼を見ない人たちは戸惑っていたはずだ。怖い外見を信じて恐れるべきなのか、笑顔を信じるべきなのか、わからなかったはずだ。塾長が「森山ー、おまえなんでいっつもそんな笑顔やねん?」と聞いていたのも、外見とのギャップがあったからだろう。
そんな彼とは班替えで離れてしまったけれど、クラスメイトに変わりなく塾でも同じクラスなので、関わりが無くなることはなかった。もしかすると、美咲は朋之よりも裕人が気になっていて追っていたのかもしれないけれど。
美咲は昼休みにいろんな用事で先生たちを探して学校内を走り回ることが多かったけれど、二年のときは危険物体たちを見たいのもあって教室にいることが多かったけれど、三年になってからは彩加と侑子と三人で放送室で過ごすことが増えた。音楽を聴きながら弁当を食べて、少しばかり眠い時間だ。
放送部員として日々活動はしていたけれど、何かを成し遂げたと感じることはなかった。それなのにあと少しで卒業を迎えてしまう、と話し出した三人。
「何かしたいなぁ。……アンケートとる?」
「取ろっ!」
三人のうち、誰が言い出したかはわからないけれど。
全校生徒を対象に、昼にかけてほしい曲のアンケートを取ることになった。それまではずっと部員が好きな曲ばかりかけていたからだ。
全学年分の用紙を用意したけれど。
「三年優先やろ。一・二年は後輩に任せとこ」
朝の職員会議が始まる前に先生たちに頼み、放課後には全クラスの回答が集まった。集計するのは大変だったけれど、美咲たちが触れてこなかったジャンルの曲もランクインしていたので良い結果になった。
前期最後の選択授業の日は、それまでに習った歌をすべて歌うことになった。美咲はピアノを担当していたので、弾きっぱなしだ。
ジブリアニメのテーマソングに始まり、卒業にちなんだ曲を入れて合計四曲と、なぜか合唱コンクールでの課題曲も歌った。コンクールに前期合唱のメンバーも出ようかという話があったけど、「有志で卒業のやつを歌うから良かったら来てね」という篠山の言葉で締めくくられた。
オクラホマ・ミクサー──フォークダンスも入ってくるわけで。
(ぎゃー!)
美咲の最初の練習相手は裕人だった。
もちろん彼のことは嫌いではないけれど、彼は嫌なことがあったのか、練習に疲れていたのか、ものすごく怖い顔をしていた。間違っても、これから〝藁の中の七面鳥〟で踊る、という雰囲気ではなかった──もちろん、踊ったけれど。学年でいくつかの円に分かれることになり、美咲たち五組はなぜか一組と一緒だった。一組といえば森尾がいる──けれど、練習はいつも彼に当たるギリギリ直前で終わった。
午前中は男女別の練習で午後からフォークダンス、という練習の日々が続き、全校生徒での練習の日もあった。
「それでは解散しますが、三年生だけ残りなさい」
体育の主任の先生はもちろん、他の先生も、普段はにこやかな篠山でさえ怖い顔をしていた。最後のフォークダンスを一・二年は真面目に踊っていたのに、三年だけやる気がなかったからだ。怒られながら練習したので、おそらく全員がきちんとしていたけれど、菅本が一人で笑っていた理由が美咲にはわからなかった。
体育祭の前日は、リハーサルがあった。
もちろんそれは競技だけでなく進行全てなので、放送部員は準備に当たっていた。ほとんどのメンバーが引退していて、残っているのは美咲たち三人だけだった。
「今日からこの子たちの面倒見てあげてね」
放送部にようやく、二年生が入ってきたらしい。
体育係だった美咲はクラスのプラカードを持ったり選手を誘導する仕事があったけれど、それ以外はほとんど司会席にいた。彩加や侑子はもちろん、後輩たちもだ。
美咲は何を血迷ったのか、二百メートルリレーなんかに出て最下位だった。しかも、女子二人・男子二人が出るはずなのに、男女とも、片方が休んでいた。おまけに男子で走っていた湯浦雄二も最下位だったとは一体どういうことだ。ちなみに体育祭当日のことは、何も覚えていない。
練習で疲れていても、塾が休みになるわけはなく。
(あれ……。なんか香水の匂いする……)
席替えが行われていて、美咲の前に高井が座っていた。汗をかいた後なので香水をつけたらしい。中学生のくせに。
「なぁ、紀伊さん、あのさぁ」
「ん? なに?」
高井が後ろを振り返って美咲に話しかけることも増えた。
もちろん彼がトラブルメーカーなのは相変わらずだったのでうるさいと思うこともあったけれど、美咲は特に拒否はしなかった。学校でも塾でも常に視界に入っていたので、それが普通になってしまっていた。
それでもやはり学校に行くと、美咲がいちばん関わった男子は裕人だった。長話をすることはなかったけれど、いつも近くにいた。
「あっ、輪ゴム持ってくるの忘れた」
家庭科の授業で幼児用おもちゃを工作することになって、牛乳パックと輪ゴムを持ってくるように言われていた。輪ゴムを忘れていたのは隣の席の侑子で、美咲はたくさん持っていたのでいくつかあげた。
そして授業が始まってから美咲が牛乳パックを触っていると。
「紀伊さーん」
語尾に音符がついていそうな声で美咲を呼んだのは裕人だった。黙って振り返ると彼は珍しく満面の笑みを浮かべていて、美咲は思わず笑ってしまった。しかも彼は塾とは正反対のストレートな髪で、前髪に大きな何かをつけていた。
「輪ゴムちょーだい」
その言葉にも、語尾には音符がついていたはずだ。
「何つけてんの……?」
やはり美咲も、裕人につられて笑いながら聞いた。
「えっ……櫛……」
美咲は裕人に輪ゴムをあげてからも、しばらく笑いが止まらなかった。
普段、学校では塾の宿題ばかりして教室では静かに過ごしていることが多かったのに、塾に行くと髪型のせいで余計に近寄り難い印象だったのに、裕人はなぜか笑顔でいるときが増えた。彼と接することが多かった美咲はギャップを楽しんでいたけれど、塾でしか彼を見ない人たちは戸惑っていたはずだ。怖い外見を信じて恐れるべきなのか、笑顔を信じるべきなのか、わからなかったはずだ。塾長が「森山ー、おまえなんでいっつもそんな笑顔やねん?」と聞いていたのも、外見とのギャップがあったからだろう。
そんな彼とは班替えで離れてしまったけれど、クラスメイトに変わりなく塾でも同じクラスなので、関わりが無くなることはなかった。もしかすると、美咲は朋之よりも裕人が気になっていて追っていたのかもしれないけれど。
美咲は昼休みにいろんな用事で先生たちを探して学校内を走り回ることが多かったけれど、二年のときは危険物体たちを見たいのもあって教室にいることが多かったけれど、三年になってからは彩加と侑子と三人で放送室で過ごすことが増えた。音楽を聴きながら弁当を食べて、少しばかり眠い時間だ。
放送部員として日々活動はしていたけれど、何かを成し遂げたと感じることはなかった。それなのにあと少しで卒業を迎えてしまう、と話し出した三人。
「何かしたいなぁ。……アンケートとる?」
「取ろっ!」
三人のうち、誰が言い出したかはわからないけれど。
全校生徒を対象に、昼にかけてほしい曲のアンケートを取ることになった。それまではずっと部員が好きな曲ばかりかけていたからだ。
全学年分の用紙を用意したけれど。
「三年優先やろ。一・二年は後輩に任せとこ」
朝の職員会議が始まる前に先生たちに頼み、放課後には全クラスの回答が集まった。集計するのは大変だったけれど、美咲たちが触れてこなかったジャンルの曲もランクインしていたので良い結果になった。
前期最後の選択授業の日は、それまでに習った歌をすべて歌うことになった。美咲はピアノを担当していたので、弾きっぱなしだ。
ジブリアニメのテーマソングに始まり、卒業にちなんだ曲を入れて合計四曲と、なぜか合唱コンクールでの課題曲も歌った。コンクールに前期合唱のメンバーも出ようかという話があったけど、「有志で卒業のやつを歌うから良かったら来てね」という篠山の言葉で締めくくられた。