Einsatz─あの日のメロディーを君に─
第28話 終わりは始まり
公立高校入試の日、美咲は再び制服を着て駅に向かっていた。江井中学の生徒は願書を出すのが早かったので、男女共に受験番号は一番からだった。願書を出すときは一人だけ乗り換えの駅を間違えてしまうというハプニングがあって、女子生徒が「森尾君、携帯! 学校に電話して!」と言っていた──携帯電話は禁止されていたし、そもそもあまり普及していなかった時代──けれど、当日はそんなことにはならなかった。
(問題は解けたけど……やっぱ内申点低いからあかんかな……)
受験したのは森尾や朋之と同じトップレベルの高校だったけれど、合格に必要と言われる内申点は美咲にはなかった。クラブでアンケートをとった頃の担任との懇談で、志望校のランクを三つくらい落とさないと合格は無理だと言われた。悔しすぎて、アンケートで知った応援歌のようなヒット曲を泣きながら聴いていた。それでも受験したのは可能性に懸けたかったのと、滑り止めで受験していた私立高校には満足のいく結果で合格していたからだ。
受験の翌日、かなり早い三年五組の焼肉同窓会があった。卒業してすぐの頃に友人から電話で話を聞いていた。企画したのは高井らしい。
美咲は侑子と駅で待ち合わせていた。早くに到着してしまったので、切符を買って待った。
しばらくすると、湯浦が現れた。数日前までは同級生だったけれど、既に卒業してしまっているので何となく変な感じがした。しかも彼は謎な面が多すぎて、美咲はあまり好きではなかった。
「紀伊さーん、どこ行くん?」
その言葉を美咲は、なぜ美咲がここにいるのか、という意味で聞いた。だから余計に嫌になって、離れて侑子を探しに行った。
侑子と一緒に駅に戻ると、湯浦はまだそこに立っていた。美咲は気にせず侑子と話しながら改札を通った。──湯浦が『どこまでの切符を買えば良いのか』と聞きたかったとわかったのは、それから何ヵ月も経ってからのことだ。
電話では店まで歩いて行くと聞いていたけれど、送迎バスがあった。参加者は男女共にクラスの約半分。座敷の机に男女別に座り、女子の参加者は温子たちの他に、パンダやカエルだった。しかも、美咲は女子の机の角に座っていて、隣の男子の角にいたのは湯浦だった。けれど特に美咲は気にせずに、嫌だったパンダたちとも楽しく食べて笑った。会計は千八百円だったのに、高井が「二千円出せ。お釣りいらんやろ」と言っていたことははっきりと覚えている。
それから地元に戻って男子はボーリング、女子は二手に別れてカラオケをしようと言っていたけれど、美咲たちが選んだゲームセンターのカラオケは、あいにく満室だった。
「仕方ない。ボーリング見とこ」
しばらく何もせずに見ていたけど、やがて温子たちが男子と込み入った話を始めてしまった。美咲と侑子は暇になったので、そのまま帰宅した。
その翌日にはまた友人たちと遊んだらしいけれど、それは全く美咲の記憶にない。彩加からもらった手紙の中に『みんなと遊ぶのは今日が最後やね』というのがあるからわかるけれど、いろんな人に待ち合わせの電話をかけたことだけしか思い出せず、どこで何をしたのかは全く覚えていない。
それから数日後、塾の卒業式、というより卒業パーティーがあった。いつも教科書やノートを広げて勉強した教室が、綺麗に飾られてまるで別世界になっていた。ある部屋ではクレープ、また別の部屋ではお好み焼き、またある部屋ではゲーム大会やなぜか合コンまで、先生も一緒になって楽しんでいた。
何かを見ているときに美咲の隣に塾長が座っていて、風船を持っていた。バルーンアートに挑戦したらしく、一体それが何の形なのか、塾長自身わかっていなかった。
しかも、
「紀伊、これやるわ」
とりあえず受け取ったけれど、本当に何の形なのかわからなかった。
顎が長い男の先生がいた。
美咲と彩加がクイズ大会に参加すると、彼のことがクイズになっていた。
「先生のあごは五センチ以上ある、マルかバツか!」
もちろん参加者は全員笑っていて、教室にいた先生はあごを隠していた。
「えー……あご……」
勝ち残っていた美咲と彩加は、自分の親指が五センチだと知っていた。それをじっと見てから、
「五センチある!」
自信たっぷりにマルを示すと、
「正解は、マル! 計ったら六センチくらいありました!」
長すぎだ。
勝ち進む生徒が減って彩加が座っても、美咲は強かった。
「さぁ、最後の問題……おっ、女子は紀伊だけで、男子二人か……」
けれどそこで間違えてしまい、美咲は結局三位という結果になった。
その数日後に公立高校の合格発表があって、美咲は両親と三人で見にいった。
思っていた通り、不合格だった。けれど、悲しくはなかった。在学中に合格していた私立高校の倍率が二十倍に近かったからだ。嬉しかったけれど、一クラスの募集に対して出願が多すぎたので三クラスに増やしました、と入学式で聞いた。ガックリときたけれど、クラスを増やさなくても合格していただろう、と知ることになるのはそれから二年後の話だ──。
森尾や朋之のその後がわからなくなるのは寂しかったけれど、考えるのはやめた。
(彩加ちゃんが高井と大倉君のこと教えてくれるやろうし)
三人とも私立一本の専願で、しかも同じ学校だった。美咲の友人に森尾や朋之と同じ学校になった人はいなかったけれど、いつかきっとどこかで会うはずだ。公立高校に合格すれば通っていた塾の系列の予備校にも自動的に入れるようになっていたけれど、それは塾に電話をしてから取り消してもらった。そのまま行っても良かったけれど、授業が週に何度か七時間あったので通う余裕はなかったし、学校できちんと学べた。
三年の終わりごろのクラスメイトや篠山の謎の行動は、他のクラスにも伝わっていたらしかった。
同じ高校に通うことになった小学校からの友人が電車の中で「湯浦君って△◇高校行ったでな?」と言っていたけれど、美咲は知らなかったし、どうでも良かった。彼女がそんなことを言うほうが不思議だった。
(高校はどんなんかな……楽しいかな……)
女子校なので危険物体のような変な男子がいないのは良かったけれど、それは彼らの存在を忘れられなくなる日々の始まりでもあった。
(問題は解けたけど……やっぱ内申点低いからあかんかな……)
受験したのは森尾や朋之と同じトップレベルの高校だったけれど、合格に必要と言われる内申点は美咲にはなかった。クラブでアンケートをとった頃の担任との懇談で、志望校のランクを三つくらい落とさないと合格は無理だと言われた。悔しすぎて、アンケートで知った応援歌のようなヒット曲を泣きながら聴いていた。それでも受験したのは可能性に懸けたかったのと、滑り止めで受験していた私立高校には満足のいく結果で合格していたからだ。
受験の翌日、かなり早い三年五組の焼肉同窓会があった。卒業してすぐの頃に友人から電話で話を聞いていた。企画したのは高井らしい。
美咲は侑子と駅で待ち合わせていた。早くに到着してしまったので、切符を買って待った。
しばらくすると、湯浦が現れた。数日前までは同級生だったけれど、既に卒業してしまっているので何となく変な感じがした。しかも彼は謎な面が多すぎて、美咲はあまり好きではなかった。
「紀伊さーん、どこ行くん?」
その言葉を美咲は、なぜ美咲がここにいるのか、という意味で聞いた。だから余計に嫌になって、離れて侑子を探しに行った。
侑子と一緒に駅に戻ると、湯浦はまだそこに立っていた。美咲は気にせず侑子と話しながら改札を通った。──湯浦が『どこまでの切符を買えば良いのか』と聞きたかったとわかったのは、それから何ヵ月も経ってからのことだ。
電話では店まで歩いて行くと聞いていたけれど、送迎バスがあった。参加者は男女共にクラスの約半分。座敷の机に男女別に座り、女子の参加者は温子たちの他に、パンダやカエルだった。しかも、美咲は女子の机の角に座っていて、隣の男子の角にいたのは湯浦だった。けれど特に美咲は気にせずに、嫌だったパンダたちとも楽しく食べて笑った。会計は千八百円だったのに、高井が「二千円出せ。お釣りいらんやろ」と言っていたことははっきりと覚えている。
それから地元に戻って男子はボーリング、女子は二手に別れてカラオケをしようと言っていたけれど、美咲たちが選んだゲームセンターのカラオケは、あいにく満室だった。
「仕方ない。ボーリング見とこ」
しばらく何もせずに見ていたけど、やがて温子たちが男子と込み入った話を始めてしまった。美咲と侑子は暇になったので、そのまま帰宅した。
その翌日にはまた友人たちと遊んだらしいけれど、それは全く美咲の記憶にない。彩加からもらった手紙の中に『みんなと遊ぶのは今日が最後やね』というのがあるからわかるけれど、いろんな人に待ち合わせの電話をかけたことだけしか思い出せず、どこで何をしたのかは全く覚えていない。
それから数日後、塾の卒業式、というより卒業パーティーがあった。いつも教科書やノートを広げて勉強した教室が、綺麗に飾られてまるで別世界になっていた。ある部屋ではクレープ、また別の部屋ではお好み焼き、またある部屋ではゲーム大会やなぜか合コンまで、先生も一緒になって楽しんでいた。
何かを見ているときに美咲の隣に塾長が座っていて、風船を持っていた。バルーンアートに挑戦したらしく、一体それが何の形なのか、塾長自身わかっていなかった。
しかも、
「紀伊、これやるわ」
とりあえず受け取ったけれど、本当に何の形なのかわからなかった。
顎が長い男の先生がいた。
美咲と彩加がクイズ大会に参加すると、彼のことがクイズになっていた。
「先生のあごは五センチ以上ある、マルかバツか!」
もちろん参加者は全員笑っていて、教室にいた先生はあごを隠していた。
「えー……あご……」
勝ち残っていた美咲と彩加は、自分の親指が五センチだと知っていた。それをじっと見てから、
「五センチある!」
自信たっぷりにマルを示すと、
「正解は、マル! 計ったら六センチくらいありました!」
長すぎだ。
勝ち進む生徒が減って彩加が座っても、美咲は強かった。
「さぁ、最後の問題……おっ、女子は紀伊だけで、男子二人か……」
けれどそこで間違えてしまい、美咲は結局三位という結果になった。
その数日後に公立高校の合格発表があって、美咲は両親と三人で見にいった。
思っていた通り、不合格だった。けれど、悲しくはなかった。在学中に合格していた私立高校の倍率が二十倍に近かったからだ。嬉しかったけれど、一クラスの募集に対して出願が多すぎたので三クラスに増やしました、と入学式で聞いた。ガックリときたけれど、クラスを増やさなくても合格していただろう、と知ることになるのはそれから二年後の話だ──。
森尾や朋之のその後がわからなくなるのは寂しかったけれど、考えるのはやめた。
(彩加ちゃんが高井と大倉君のこと教えてくれるやろうし)
三人とも私立一本の専願で、しかも同じ学校だった。美咲の友人に森尾や朋之と同じ学校になった人はいなかったけれど、いつかきっとどこかで会うはずだ。公立高校に合格すれば通っていた塾の系列の予備校にも自動的に入れるようになっていたけれど、それは塾に電話をしてから取り消してもらった。そのまま行っても良かったけれど、授業が週に何度か七時間あったので通う余裕はなかったし、学校できちんと学べた。
三年の終わりごろのクラスメイトや篠山の謎の行動は、他のクラスにも伝わっていたらしかった。
同じ高校に通うことになった小学校からの友人が電車の中で「湯浦君って△◇高校行ったでな?」と言っていたけれど、美咲は知らなかったし、どうでも良かった。彼女がそんなことを言うほうが不思議だった。
(高校はどんなんかな……楽しいかな……)
女子校なので危険物体のような変な男子がいないのは良かったけれど、それは彼らの存在を忘れられなくなる日々の始まりでもあった。