Einsatz─あの日のメロディーを君に─
第10章 現在─はじまり─
第34話 次に向けて
えいこんとHarmonieは合併の方向で話が進んでいる、と話すと井庭はしばらく黙って考え込んでいた。十二月のいつものHarmonieの練習の日、メンバーが帰った後だ。
美咲も美歌を連れて一緒に来ていたので、話を聞いていた。井庭はHarmonieが無くなることが寂しかったようで、このままでは無理か、と何度も朋之に聞いたけれど、彼の決意は変わらなかった。
「出来るなら、そうしたいです。でも……」
朋之は言葉を切って、美咲と美歌を見た。
「仕事が忙しくなってるし、家のこともあるし、時間ないです。篠山先生と二人やったら負担も減るし、学校の用事で会うこともあるし、……いつかは、俺一人ですることになるんやろうけど」
「まぁ……そうやなぁ……山口君、まだまだ働き盛りやしな。……わかった、任せるわ。ただし、ないと思うけど、メンバーが困ることにはせんといてや?」
そして井庭からも了承をもらえ、えいこんとHarmonieは、井庭が引退する夏以降に合併することになった。先に事情を聞いていたえいこんは既に賛成してくれているので、Harmonieのメンバーから反対が出ないことを願った。
クリスマスコンサートのあとの忘年会で、乾杯の前に井庭はメンバーを注目させた。コンサートお疲れさまでした、という改めての労いのあと、『こないだ話した私の引退の件ですが』と言うと、メンバーは静かになった。
「結論から言うと──えいこんと合併することになりました。変わることはいくつかあるやろうけど、大きくは変わらんと思います。えいこんにはときどきお世話になってたし、良い指導受けれるんちがうかな」
ざわめきはもちろん起こったけれど、反対意見は誰も言わなかった。
「合併したら……代表は篠山先生ですか?」
「元々は、合併は無しでHarmonieのまま引き継いでくれ、って山口君に頼んでたんやけどな」
「えっ、そうなんですか?」
メンバーの視線が、座って一緒に話を聞いていた朋之に集中した。朋之は立ち上がった。
「それが一番良いんやろうけど、俺にはそんな力もないし、時間もない。えいこんが人数減ってるのは前から聞いてたし、篠山先生のことも子供の頃から知ってるし──しばらくは先生の下で一緒にやります」
「まぁ、今までも私の下でやってくれてたし、そのまま見習いみたいなもんやな。篠山先生が引退するときは山口君が代表やろな」
「たぶん、そうです、はい」
それから合併後のことで質問が出たけれど、それはまだ何も決まっていない。
練習日時に場所や出演イベント、費用や衣装まで全てを見直す必要がある。衣装はどちらもポロシャツが一枚あるだけなので、デザインを考え直すことになった。
「名前は? どうなるん?」
「それも、こらから考えます。しばらくはモタモタするかもしれんけど、解散するよりは……」
「みんな、山口君と篠山先生に協力してくれるか?」
井庭の言葉のあとには少し間があったけれど、頑張ろう、とか、何でも言って、とか前向きな声が上がった。メンバーたちに励まされ、勢いづいた朋之はそのまま乾杯の音頭をとった。
「へぇ。決まったんや。トモ君そしたら、忙しくなるなぁ」
特に用はなかったけれどHair Make HIROに顔を出すと、裕人は休憩中だった。店内には客がいてアシスタントが対応していたので、店の外で話すことになった。
裕人には朋之が前に会ったときに『井庭から後任の依頼が来たが難しいので、えいこんとの合併を考えている』と話していた。
「しばらくは篠山先生と一緒にやって、いつかは俺が一人でやることになると思う」
「そうなんや。紀伊も大変になるな。子育てあるし」
「うん……でも、美歌はトモのこと大好きやから、お手伝いする、って張り切ってる」
「はは!」
もちろん美歌は、両親がどう忙しくなるかなんて理解していない。
「そうか……。美歌ちゃん、パパのこと好き?」
「うん、だいすき!」
裕人の質問に美歌は笑いながら答え、朋之にしがみついた。朋之は美歌の頭を撫でながら嬉しそうに笑った。
「はは、良いなぁ、トモ君」
「毎日これやからな……」
「紀伊も負けてられへんな。でもあれちゃうん? えいこんと合併したら……佐方おるんやろ?」
「あ──ははは! それ、言って良いんかなぁ……彩加ちゃん、森尾君と付き合ってる」
「え? ちょ、なにそれ、どういうこと?」
裕人は初耳だったようで詳しく聞きたがっていたけれど、休憩時間が終わっていたので店内に戻っていった。ドアを閉めながら、詳細を連絡するように朋之に約束させていた。
えいこんとHarmonieの合併が決まったことは、年が明けてからそれぞれのホームページで同時に告知された。それぞれがいま練習している市の広報にもそのお知らせは載せてもらった。
合併に至った経緯は、一旦は伏せておいた。特に隠してはいないので、直接メンバーに質問が来たら答えることにした。練習場所などまだ決まっていないことは、入団希望の問い合わせのときに伝えることにした。
「そんなに心配せんでも、私がなんとかなってるんやから大丈夫よ」
美歌の年度末の三者懇談には美咲が学校へ行き、学校生活の話のあとで今後の相談をした。ちなみに美歌は朋之の影響か勉強は全般得意なようで、特に音楽は伸びそうな気がするらしい。
「私もえいこんを作ったときは不安だらけやったけど、周りの人が助けてくれて何とかなったの。しばらくは私も一緒にやるし、井庭先生も引退はしても助けてくれると思うよ」
「そうですよね……。急に一人になるんじゃないし」
「そうよ。あと、来年も私が美歌ちゃんの担任を持ち上がるから。何かあったらいつでもおいで」
「ミカもおてつだいする!」
「ありがとう美歌……」
面談の予定時間を過ぎてしまっていたので、そろそろ切り上げようと美咲は立ち上がった。篠山に挨拶をして歩きだしてから、ふと思いだしたことがあって振り返った。
「先生──森尾君から何か聞いてますか?」
「え? 森尾君? ううん、何も。何かあったの? 俊君のこと?」
「いや、私もはっきり知らんから……悪いことではないんですけど──たぶん、本人から連絡あると思います」
楽しみにしといて良いんかな、と笑う篠山に改めて挨拶してから、美咲は美歌を連れて学校を出た。
美咲も美歌を連れて一緒に来ていたので、話を聞いていた。井庭はHarmonieが無くなることが寂しかったようで、このままでは無理か、と何度も朋之に聞いたけれど、彼の決意は変わらなかった。
「出来るなら、そうしたいです。でも……」
朋之は言葉を切って、美咲と美歌を見た。
「仕事が忙しくなってるし、家のこともあるし、時間ないです。篠山先生と二人やったら負担も減るし、学校の用事で会うこともあるし、……いつかは、俺一人ですることになるんやろうけど」
「まぁ……そうやなぁ……山口君、まだまだ働き盛りやしな。……わかった、任せるわ。ただし、ないと思うけど、メンバーが困ることにはせんといてや?」
そして井庭からも了承をもらえ、えいこんとHarmonieは、井庭が引退する夏以降に合併することになった。先に事情を聞いていたえいこんは既に賛成してくれているので、Harmonieのメンバーから反対が出ないことを願った。
クリスマスコンサートのあとの忘年会で、乾杯の前に井庭はメンバーを注目させた。コンサートお疲れさまでした、という改めての労いのあと、『こないだ話した私の引退の件ですが』と言うと、メンバーは静かになった。
「結論から言うと──えいこんと合併することになりました。変わることはいくつかあるやろうけど、大きくは変わらんと思います。えいこんにはときどきお世話になってたし、良い指導受けれるんちがうかな」
ざわめきはもちろん起こったけれど、反対意見は誰も言わなかった。
「合併したら……代表は篠山先生ですか?」
「元々は、合併は無しでHarmonieのまま引き継いでくれ、って山口君に頼んでたんやけどな」
「えっ、そうなんですか?」
メンバーの視線が、座って一緒に話を聞いていた朋之に集中した。朋之は立ち上がった。
「それが一番良いんやろうけど、俺にはそんな力もないし、時間もない。えいこんが人数減ってるのは前から聞いてたし、篠山先生のことも子供の頃から知ってるし──しばらくは先生の下で一緒にやります」
「まぁ、今までも私の下でやってくれてたし、そのまま見習いみたいなもんやな。篠山先生が引退するときは山口君が代表やろな」
「たぶん、そうです、はい」
それから合併後のことで質問が出たけれど、それはまだ何も決まっていない。
練習日時に場所や出演イベント、費用や衣装まで全てを見直す必要がある。衣装はどちらもポロシャツが一枚あるだけなので、デザインを考え直すことになった。
「名前は? どうなるん?」
「それも、こらから考えます。しばらくはモタモタするかもしれんけど、解散するよりは……」
「みんな、山口君と篠山先生に協力してくれるか?」
井庭の言葉のあとには少し間があったけれど、頑張ろう、とか、何でも言って、とか前向きな声が上がった。メンバーたちに励まされ、勢いづいた朋之はそのまま乾杯の音頭をとった。
「へぇ。決まったんや。トモ君そしたら、忙しくなるなぁ」
特に用はなかったけれどHair Make HIROに顔を出すと、裕人は休憩中だった。店内には客がいてアシスタントが対応していたので、店の外で話すことになった。
裕人には朋之が前に会ったときに『井庭から後任の依頼が来たが難しいので、えいこんとの合併を考えている』と話していた。
「しばらくは篠山先生と一緒にやって、いつかは俺が一人でやることになると思う」
「そうなんや。紀伊も大変になるな。子育てあるし」
「うん……でも、美歌はトモのこと大好きやから、お手伝いする、って張り切ってる」
「はは!」
もちろん美歌は、両親がどう忙しくなるかなんて理解していない。
「そうか……。美歌ちゃん、パパのこと好き?」
「うん、だいすき!」
裕人の質問に美歌は笑いながら答え、朋之にしがみついた。朋之は美歌の頭を撫でながら嬉しそうに笑った。
「はは、良いなぁ、トモ君」
「毎日これやからな……」
「紀伊も負けてられへんな。でもあれちゃうん? えいこんと合併したら……佐方おるんやろ?」
「あ──ははは! それ、言って良いんかなぁ……彩加ちゃん、森尾君と付き合ってる」
「え? ちょ、なにそれ、どういうこと?」
裕人は初耳だったようで詳しく聞きたがっていたけれど、休憩時間が終わっていたので店内に戻っていった。ドアを閉めながら、詳細を連絡するように朋之に約束させていた。
えいこんとHarmonieの合併が決まったことは、年が明けてからそれぞれのホームページで同時に告知された。それぞれがいま練習している市の広報にもそのお知らせは載せてもらった。
合併に至った経緯は、一旦は伏せておいた。特に隠してはいないので、直接メンバーに質問が来たら答えることにした。練習場所などまだ決まっていないことは、入団希望の問い合わせのときに伝えることにした。
「そんなに心配せんでも、私がなんとかなってるんやから大丈夫よ」
美歌の年度末の三者懇談には美咲が学校へ行き、学校生活の話のあとで今後の相談をした。ちなみに美歌は朋之の影響か勉強は全般得意なようで、特に音楽は伸びそうな気がするらしい。
「私もえいこんを作ったときは不安だらけやったけど、周りの人が助けてくれて何とかなったの。しばらくは私も一緒にやるし、井庭先生も引退はしても助けてくれると思うよ」
「そうですよね……。急に一人になるんじゃないし」
「そうよ。あと、来年も私が美歌ちゃんの担任を持ち上がるから。何かあったらいつでもおいで」
「ミカもおてつだいする!」
「ありがとう美歌……」
面談の予定時間を過ぎてしまっていたので、そろそろ切り上げようと美咲は立ち上がった。篠山に挨拶をして歩きだしてから、ふと思いだしたことがあって振り返った。
「先生──森尾君から何か聞いてますか?」
「え? 森尾君? ううん、何も。何かあったの? 俊君のこと?」
「いや、私もはっきり知らんから……悪いことではないんですけど──たぶん、本人から連絡あると思います」
楽しみにしといて良いんかな、と笑う篠山に改めて挨拶してから、美咲は美歌を連れて学校を出た。