Einsatz─あの日のメロディーを君に─
第36話 待望の知らせ
「美咲? どうかしたんか?」
「ううん。休憩してるだけ……」
秋のコンサートが近づいた土曜日の午後、美咲は家のソファでごろんとしていた。Ei-Harmonieとして最初のステージはえいこんにいたピアニストに伴奏を担当してもらえることになったので、美咲は珍しく歌の練習をしていた。一軒家に住んではいるけれど本気で歌うのはやはり近所迷惑なので、朋之と一緒に朝からスタジオへ行き、帰ってきてから昼ご飯を食べた。ちなみに美歌は朝から森尾家へ遊びに行っている。
「それなら良いけど……風邪ひかんようにな。最近あんまり調子良くなさそうやし」
「うん……大丈夫」
少ししてから美咲は起き上がり、溜まっていた家事を片付けてからピアノの前で楽譜を広げた。音を鳴らしていると朋之もやってきて、声のボリュームを抑えて練習をした。コンサートで歌う二曲のうち一つは、以前に美咲がヒールを履いて後悔した曲だ。もう一つは伴奏経験がないけれど非常に難しいことはわかっていたので、ピアニストに弾いてもらえると決まってから安心していた。だから気が緩んで力が入らない──ではないけれど、美咲の体調は確かに良くはなかった。
「夜……出前でも取るか?」
美咲は自分が用意出来ると言ったけれど、『たまには楽しぃ』という朋之に甘えて、美歌が森尾親子と食べたものを除いて出前を取ることになった。候補をいくつか挙げていると、家の前に森尾の車が停まるのが見えた。
「ただいま!」
「美歌、良い子にしてたか? 森尾、悪いな」
玄関には朋之が先に出て、美咲はあとから追った。
「ううん。俊も喜んでたし、いつでも言って」
「森尾君ありがとう……って、彩加ちゃん?」
「ミカ、お姉ちゃんといっしょにクッキー作った!」
森尾と一緒に玄関に入ってきた美歌の後ろに彩加の姿があった。もちろん俊も一緒だ。美歌は彩加と作ったらしいクッキーの入った袋を嬉しそうに美咲に見せた。
「わぁ、上手に出来たなぁ。彩加ちゃん──美歌、あちこち汚さんかった?」
「ううん。綺麗にしてたで。子供向けのレシピ本があったからそれ見ながら、ほとんど一人でやってた」
美歌は美咲が料理をしているとき、特にお菓子を作っているときは近くに見に来ていた。簡単な作業はお願いすることもあったので、自分でやってみたくなったのだろうか。ちなみに子供向けのレシピ本は、森尾が自分のために買っていたらしい。
「山口君──あのな」
男同士、女同士で話をしていると、森尾が改まって朋之に話しかけた。
「日はまだ先やけど、結婚することにしてん」
「おっ? ──佐方と? 良かったな」
朋之は本当に安心したらしい。
「わぁ! おめでとう!」
美咲が少し大袈裟に拍手をすると、彩加は照れ臭そうにしていた。中学の頃は森尾のことを変人扱いしていたけど今はいい人だ、と顔に書いていた。隣で見ていた美歌と俊は『どうしたん?』と首を傾げた。
「あのな、お姉ちゃんが、俊のママになんねん」
「え? ぼくのママ? やったぁ!」
俊は大喜びし、美歌も一緒に喜んでいた。彩加は仕事を探す予定にしていたけれど、俊が小さい間は家にいることにしたらしい。
「先生には言ったん?」
「ううん。明日、練習の帰りに言うから、美咲ちゃん、黙っといてな」
夜、美歌を寝かしつけてから、美咲と朋之は翌日のEi-Harmonieの練習に向けて準備をしていた。何をするかは篠山と相談してメンバーにも連絡済みなので、練習の必要がありそうなところを過去の録音を聴きながら確認する。
「なんか、懐かしいなぁ。確か、私がHarmonieに入って最初の秋のコンサートの帰りやったよなぁ」
「……なにが?」
「トモが──私に過去のこと話そうとしたの。マンションまで車で送ってくれて、帰り際に何か言いかけたやろ?」
けれど朋之は何も言わずにそのまま帰り、忘年会を兼ねた歓迎会のあと、美咲が元夫の親戚から勘違いをされているときに朋之が打ち明けた。紆余曲折あって二年後、美咲と結婚することになった。美咲が朋之にプロポーズの返事をしたのも秋のコンサートの帰り際だった。
「そんなことあったな……。そういえば森尾、結婚式するって言ってたよな?」
「うん。彩加ちゃんは一回目やから」
仕事関係の人は呼ばず、近い親戚と友人のみの小規模なものを予定しているらしい。
「美歌のドレス買わなあかんな。あー、私も服ないわ……あ、エイハーのポロシャツも決めなあかんなぁ……」
「どんなんが良いやろな。ポロシャツか、Tシャツか」
まだロゴが決まっていないけれど、秋のコンサートもクリスマスコンサートも、どちらも服装は自由なので今のところ問題はない。夏の定演や、えいこんが出ていた合唱祭やコンクールに出ることになったので、それに間に合えば良い。
「美咲──ほんまに大丈夫か? ……熱はないな」
晩御飯は美歌の希望でピザになった。配達を予定していたけれど、持ち帰りでもう一枚貰えるサービスがあったので朋之が取りに行った。
選ぶときは美咲も希望を出していたけれど、美咲はあまり食べなかった。二切れと美歌の残りを少しずつ食べた。
「大丈夫やって。風邪じゃないから」
「……風邪じゃない? 貧血か?」
「そんな感じ……。来年の定演は出られへんかもしれん」
「え? どういうこと?」
「美歌が──お姉ちゃんになる」
「……まじで? できたん?」
美歌が朋之に懐いているのでそれは良かったけれど、朋之や義両親が二人目を希望していることを美咲は知っていた。諦めかけてはいたけれど、数日前に妊娠が発覚した。美咲は病院に行ってから報告するつもりにしていたけれど、朋之が先に美咲の不調に気づいた。
「どっちかなぁ。俺に似るかなぁ」
「それはわかれへんけど……男の子でトモに似たら、……」
「俺に似たら何?」
「別にぃ? ははは!」
双子みたいにそっくり、には、おそらくならないけれど。
朋之の顔立ちが遺伝すれば、確実にイケメンだ。性格や体格も遺伝すれば、女の子にモテるだろう。もしも女の子だった場合も、それはそれで可愛いかもしれない。
「ううん。休憩してるだけ……」
秋のコンサートが近づいた土曜日の午後、美咲は家のソファでごろんとしていた。Ei-Harmonieとして最初のステージはえいこんにいたピアニストに伴奏を担当してもらえることになったので、美咲は珍しく歌の練習をしていた。一軒家に住んではいるけれど本気で歌うのはやはり近所迷惑なので、朋之と一緒に朝からスタジオへ行き、帰ってきてから昼ご飯を食べた。ちなみに美歌は朝から森尾家へ遊びに行っている。
「それなら良いけど……風邪ひかんようにな。最近あんまり調子良くなさそうやし」
「うん……大丈夫」
少ししてから美咲は起き上がり、溜まっていた家事を片付けてからピアノの前で楽譜を広げた。音を鳴らしていると朋之もやってきて、声のボリュームを抑えて練習をした。コンサートで歌う二曲のうち一つは、以前に美咲がヒールを履いて後悔した曲だ。もう一つは伴奏経験がないけれど非常に難しいことはわかっていたので、ピアニストに弾いてもらえると決まってから安心していた。だから気が緩んで力が入らない──ではないけれど、美咲の体調は確かに良くはなかった。
「夜……出前でも取るか?」
美咲は自分が用意出来ると言ったけれど、『たまには楽しぃ』という朋之に甘えて、美歌が森尾親子と食べたものを除いて出前を取ることになった。候補をいくつか挙げていると、家の前に森尾の車が停まるのが見えた。
「ただいま!」
「美歌、良い子にしてたか? 森尾、悪いな」
玄関には朋之が先に出て、美咲はあとから追った。
「ううん。俊も喜んでたし、いつでも言って」
「森尾君ありがとう……って、彩加ちゃん?」
「ミカ、お姉ちゃんといっしょにクッキー作った!」
森尾と一緒に玄関に入ってきた美歌の後ろに彩加の姿があった。もちろん俊も一緒だ。美歌は彩加と作ったらしいクッキーの入った袋を嬉しそうに美咲に見せた。
「わぁ、上手に出来たなぁ。彩加ちゃん──美歌、あちこち汚さんかった?」
「ううん。綺麗にしてたで。子供向けのレシピ本があったからそれ見ながら、ほとんど一人でやってた」
美歌は美咲が料理をしているとき、特にお菓子を作っているときは近くに見に来ていた。簡単な作業はお願いすることもあったので、自分でやってみたくなったのだろうか。ちなみに子供向けのレシピ本は、森尾が自分のために買っていたらしい。
「山口君──あのな」
男同士、女同士で話をしていると、森尾が改まって朋之に話しかけた。
「日はまだ先やけど、結婚することにしてん」
「おっ? ──佐方と? 良かったな」
朋之は本当に安心したらしい。
「わぁ! おめでとう!」
美咲が少し大袈裟に拍手をすると、彩加は照れ臭そうにしていた。中学の頃は森尾のことを変人扱いしていたけど今はいい人だ、と顔に書いていた。隣で見ていた美歌と俊は『どうしたん?』と首を傾げた。
「あのな、お姉ちゃんが、俊のママになんねん」
「え? ぼくのママ? やったぁ!」
俊は大喜びし、美歌も一緒に喜んでいた。彩加は仕事を探す予定にしていたけれど、俊が小さい間は家にいることにしたらしい。
「先生には言ったん?」
「ううん。明日、練習の帰りに言うから、美咲ちゃん、黙っといてな」
夜、美歌を寝かしつけてから、美咲と朋之は翌日のEi-Harmonieの練習に向けて準備をしていた。何をするかは篠山と相談してメンバーにも連絡済みなので、練習の必要がありそうなところを過去の録音を聴きながら確認する。
「なんか、懐かしいなぁ。確か、私がHarmonieに入って最初の秋のコンサートの帰りやったよなぁ」
「……なにが?」
「トモが──私に過去のこと話そうとしたの。マンションまで車で送ってくれて、帰り際に何か言いかけたやろ?」
けれど朋之は何も言わずにそのまま帰り、忘年会を兼ねた歓迎会のあと、美咲が元夫の親戚から勘違いをされているときに朋之が打ち明けた。紆余曲折あって二年後、美咲と結婚することになった。美咲が朋之にプロポーズの返事をしたのも秋のコンサートの帰り際だった。
「そんなことあったな……。そういえば森尾、結婚式するって言ってたよな?」
「うん。彩加ちゃんは一回目やから」
仕事関係の人は呼ばず、近い親戚と友人のみの小規模なものを予定しているらしい。
「美歌のドレス買わなあかんな。あー、私も服ないわ……あ、エイハーのポロシャツも決めなあかんなぁ……」
「どんなんが良いやろな。ポロシャツか、Tシャツか」
まだロゴが決まっていないけれど、秋のコンサートもクリスマスコンサートも、どちらも服装は自由なので今のところ問題はない。夏の定演や、えいこんが出ていた合唱祭やコンクールに出ることになったので、それに間に合えば良い。
「美咲──ほんまに大丈夫か? ……熱はないな」
晩御飯は美歌の希望でピザになった。配達を予定していたけれど、持ち帰りでもう一枚貰えるサービスがあったので朋之が取りに行った。
選ぶときは美咲も希望を出していたけれど、美咲はあまり食べなかった。二切れと美歌の残りを少しずつ食べた。
「大丈夫やって。風邪じゃないから」
「……風邪じゃない? 貧血か?」
「そんな感じ……。来年の定演は出られへんかもしれん」
「え? どういうこと?」
「美歌が──お姉ちゃんになる」
「……まじで? できたん?」
美歌が朋之に懐いているのでそれは良かったけれど、朋之や義両親が二人目を希望していることを美咲は知っていた。諦めかけてはいたけれど、数日前に妊娠が発覚した。美咲は病院に行ってから報告するつもりにしていたけれど、朋之が先に美咲の不調に気づいた。
「どっちかなぁ。俺に似るかなぁ」
「それはわかれへんけど……男の子でトモに似たら、……」
「俺に似たら何?」
「別にぃ? ははは!」
双子みたいにそっくり、には、おそらくならないけれど。
朋之の顔立ちが遺伝すれば、確実にイケメンだ。性格や体格も遺伝すれば、女の子にモテるだろう。もしも女の子だった場合も、それはそれで可愛いかもしれない。