Einsatz─あの日のメロディーを君に─
第5話 両サイドの男子
美咲が大人になった今は生徒数が激減していて教室も半分以上が余っているらしいけれど。
当時は一クラス三十六人で学年で八クラスあって、全校生徒は九百人ほどだった。だから校舎も継ぎ足しだらけで部分的に木造で、職員室や保健室、会議室等が一階の中央にあったおかげで一年生の教室は三ヶ所に分かれてしまっていた。
だから創立当初に作られたグラウンドでは狭すぎたようで、正門を出た正面に広い第二グラウンドを作りました、というのは小学生のときに説明会で聞いた。体育の授業や部活動等が行われるのは基本的に広いほうで、山を拓いて作っているので野球部の打ったボールが山に消えていった、とは何回か聞いた。
体育館での学年集会のときは、わりと余裕があったのでゆったりと座れていたけれど。それでも床は固くて冷たいし、隣には高井と森尾がいてうるさくしていたので、良くはなかったけれど。全校集会になったときは非常に窮屈だった。すべての出入り口に靴箱は置かれていたけれど、もちろん全員分は入りきらなかった。
「なんでいっつもあんたがおんのよ?」
「うっさい黙れ」
美咲はもちろん他の女子たちも全員、高井が近くにいるのを嫌がった。並んだときは必然的に、美咲の隣になってしまうのだけれど。学年のほとんどの生徒が彼のことを知っていて、誰と話しても高井の話題になると〝変な人〟という前提が存在していた。森尾は初めはキザな優等生という印象だったのに、高井と一緒にいるおかげで既にそれは崩れてしまっていた。
ただでも右隣にいる高井と森尾が嫌だったのに、隣のクラスの男子たちも美咲は嫌だった。大人しく座っている左隣にも、じゃれている男子がいた。
並ぶと隣になるけれど、校舎の都合で教室は離れたところにあった。だから美咲は詳しいことは知らず、名簿を見たり友人に聞いたりして想像するしかなかった。
特に興味がない先生たちの話を聞きながら、美咲は両サイドの男子たちにそこそこ苛ついていた。美咲が何かされることはなかったけれど、女子たちは静かに座っているのに、全く落ち着けなかった。
しばらくしてから、隣のクラスのじゃれている男子が一人だけ誰なのかわかった。それは小学校で一緒だった山口剛だった。顔を確認したわけではなかったけれど、美咲の視界に入ってきた靴に名前が書いてあった。彼と同じクラスになったことはなかったけれど、人気者だったはずだ。
(あの人かぁ……。でも、まだいてるよな……誰や……)
その答えを持っていたのは小学校からの友人・植田知子だった。帰り道で一緒になって、彼の話になった。
知子は剛と同じクラスらしい。
「山口剛と同じクラスやねんけどさぁ、『つよし』ってなかなか読めんらしくて、みんな『ゴウ』って言ってんねん」
「ははは。確かにゴウやなぁ。そっか、ゴウなんかぁ」
「そんで、クラスにもう一人、山口って人おんねん」
「あっ、そういえばおったなぁ。どんな人?」
学年の名簿を貰ってから美咲は、隣のクラスに山口という名前の人が二人いることを知った。剛のことはすぐにわかったけれど、もう一人はわからなかった。
「うちもまだよく知らんねんけど、二人で一つって感じ? 仲良いみたい。ダブル山口とか言ってる。山口剛と、もう一人は山口朋之って人で、みんな〝山つ〟、〝山と〟って呼んでる」
その話を聞いてからの集会で、やはり美咲は隣のクラスのダブル山口の存在が気になっていた。いつも二人でじゃれているのは絶対ダブル山口だ、そう思った。右側で高井と森尾がじゃれているように、左側ではダブル山口がじゃれている。
先生の話を聞きながら横目で確認すると、やはり左には山口剛の足が見えていた。そしてもう一人を──。
(あーっ! やっぱり山口って書いてある!)
今は集会中、しかもダブル山口は美咲よりやや後ろにいたので顔を確認することは不可能だったけれど、確かに山口と書かれた体育館シューズの右側が二つ前後に並んでいた。体自体は後ろなのに、足は何故か美咲の隣だった。
(なんで自分のとこで足収めといてくれへんの……)
美咲は後期から体育係になったので、そのときから列の先頭に並ぶようになってストレスからは解放されたけれど。
それまでの半年間は、じゃれている両サイドがどうしても受け入れられなかった。高井と森尾とは話すことも増えていたので多少は我慢できたけれど、左側のダブル山口は足が美咲の陣地に入ってきていたこともあって最後まで嫌だった。
「ダブル山口がさぁ、クラス隣やん? だから集会のとき並んだらちょっと後ろなんやけど、いっつも足が私のとこに入ってきてんねん」
「ははは、そうなん?」
「自分とこで収めといて欲しいわ」
「今度、言っとくわぁ」
また知子と一緒になった帰り道に、美咲は愚痴をこぼした。
知子は、言っておく、と言ってくれたけれど、実際に言ってくれたかはわからないけれど、ダブル山口の右足が美咲の視界から消えることはなかった。
山口剛はもともと好印象しかなかったのに、だんだん嫌いになった。
山口朋之は何の情報もないまま存在を知ったのに、好印象を持つことがないまま一気に嫌いになった。
だから美咲は二年生になる時にクラス替えが行われるのが非常に怖かった。二人のどちらか、強いて言えば朋之と同じクラスになるのがとても嫌だった。
──その後、山口剛とは卒業まで関わることはほとんど無く、卒業した今も関わる気配は全くないけれど。
──その後、山口朋之には別の印象を持つことになり、二十年も経ってから結婚することになるとは思いもせず。
二年生の始業式の朝、美咲が侑子と一緒に登校すると、正門前で彩加が待っていた。彩加とは違う小学校だったので通学路も別だ。彩加は紙を一枚持っていた──それは、先生たちが配っているクラス発表だ。
「彩加ちゃん、もうクラス発表見た?」
「見た。美咲ちゃん一緒のクラス。侑ちゃん、離れちゃった」
そして自分の名前を見つけた美咲は、すぐに出席番号の最後のほうを見た。
当時は一クラス三十六人で学年で八クラスあって、全校生徒は九百人ほどだった。だから校舎も継ぎ足しだらけで部分的に木造で、職員室や保健室、会議室等が一階の中央にあったおかげで一年生の教室は三ヶ所に分かれてしまっていた。
だから創立当初に作られたグラウンドでは狭すぎたようで、正門を出た正面に広い第二グラウンドを作りました、というのは小学生のときに説明会で聞いた。体育の授業や部活動等が行われるのは基本的に広いほうで、山を拓いて作っているので野球部の打ったボールが山に消えていった、とは何回か聞いた。
体育館での学年集会のときは、わりと余裕があったのでゆったりと座れていたけれど。それでも床は固くて冷たいし、隣には高井と森尾がいてうるさくしていたので、良くはなかったけれど。全校集会になったときは非常に窮屈だった。すべての出入り口に靴箱は置かれていたけれど、もちろん全員分は入りきらなかった。
「なんでいっつもあんたがおんのよ?」
「うっさい黙れ」
美咲はもちろん他の女子たちも全員、高井が近くにいるのを嫌がった。並んだときは必然的に、美咲の隣になってしまうのだけれど。学年のほとんどの生徒が彼のことを知っていて、誰と話しても高井の話題になると〝変な人〟という前提が存在していた。森尾は初めはキザな優等生という印象だったのに、高井と一緒にいるおかげで既にそれは崩れてしまっていた。
ただでも右隣にいる高井と森尾が嫌だったのに、隣のクラスの男子たちも美咲は嫌だった。大人しく座っている左隣にも、じゃれている男子がいた。
並ぶと隣になるけれど、校舎の都合で教室は離れたところにあった。だから美咲は詳しいことは知らず、名簿を見たり友人に聞いたりして想像するしかなかった。
特に興味がない先生たちの話を聞きながら、美咲は両サイドの男子たちにそこそこ苛ついていた。美咲が何かされることはなかったけれど、女子たちは静かに座っているのに、全く落ち着けなかった。
しばらくしてから、隣のクラスのじゃれている男子が一人だけ誰なのかわかった。それは小学校で一緒だった山口剛だった。顔を確認したわけではなかったけれど、美咲の視界に入ってきた靴に名前が書いてあった。彼と同じクラスになったことはなかったけれど、人気者だったはずだ。
(あの人かぁ……。でも、まだいてるよな……誰や……)
その答えを持っていたのは小学校からの友人・植田知子だった。帰り道で一緒になって、彼の話になった。
知子は剛と同じクラスらしい。
「山口剛と同じクラスやねんけどさぁ、『つよし』ってなかなか読めんらしくて、みんな『ゴウ』って言ってんねん」
「ははは。確かにゴウやなぁ。そっか、ゴウなんかぁ」
「そんで、クラスにもう一人、山口って人おんねん」
「あっ、そういえばおったなぁ。どんな人?」
学年の名簿を貰ってから美咲は、隣のクラスに山口という名前の人が二人いることを知った。剛のことはすぐにわかったけれど、もう一人はわからなかった。
「うちもまだよく知らんねんけど、二人で一つって感じ? 仲良いみたい。ダブル山口とか言ってる。山口剛と、もう一人は山口朋之って人で、みんな〝山つ〟、〝山と〟って呼んでる」
その話を聞いてからの集会で、やはり美咲は隣のクラスのダブル山口の存在が気になっていた。いつも二人でじゃれているのは絶対ダブル山口だ、そう思った。右側で高井と森尾がじゃれているように、左側ではダブル山口がじゃれている。
先生の話を聞きながら横目で確認すると、やはり左には山口剛の足が見えていた。そしてもう一人を──。
(あーっ! やっぱり山口って書いてある!)
今は集会中、しかもダブル山口は美咲よりやや後ろにいたので顔を確認することは不可能だったけれど、確かに山口と書かれた体育館シューズの右側が二つ前後に並んでいた。体自体は後ろなのに、足は何故か美咲の隣だった。
(なんで自分のとこで足収めといてくれへんの……)
美咲は後期から体育係になったので、そのときから列の先頭に並ぶようになってストレスからは解放されたけれど。
それまでの半年間は、じゃれている両サイドがどうしても受け入れられなかった。高井と森尾とは話すことも増えていたので多少は我慢できたけれど、左側のダブル山口は足が美咲の陣地に入ってきていたこともあって最後まで嫌だった。
「ダブル山口がさぁ、クラス隣やん? だから集会のとき並んだらちょっと後ろなんやけど、いっつも足が私のとこに入ってきてんねん」
「ははは、そうなん?」
「自分とこで収めといて欲しいわ」
「今度、言っとくわぁ」
また知子と一緒になった帰り道に、美咲は愚痴をこぼした。
知子は、言っておく、と言ってくれたけれど、実際に言ってくれたかはわからないけれど、ダブル山口の右足が美咲の視界から消えることはなかった。
山口剛はもともと好印象しかなかったのに、だんだん嫌いになった。
山口朋之は何の情報もないまま存在を知ったのに、好印象を持つことがないまま一気に嫌いになった。
だから美咲は二年生になる時にクラス替えが行われるのが非常に怖かった。二人のどちらか、強いて言えば朋之と同じクラスになるのがとても嫌だった。
──その後、山口剛とは卒業まで関わることはほとんど無く、卒業した今も関わる気配は全くないけれど。
──その後、山口朋之には別の印象を持つことになり、二十年も経ってから結婚することになるとは思いもせず。
二年生の始業式の朝、美咲が侑子と一緒に登校すると、正門前で彩加が待っていた。彩加とは違う小学校だったので通学路も別だ。彩加は紙を一枚持っていた──それは、先生たちが配っているクラス発表だ。
「彩加ちゃん、もうクラス発表見た?」
「見た。美咲ちゃん一緒のクラス。侑ちゃん、離れちゃった」
そして自分の名前を見つけた美咲は、すぐに出席番号の最後のほうを見た。