Einsatz─あの日のメロディーを君に─

第6話 学年制覇をしよう

「誰が同じクラスかにゃーん」
「に、にゃーんって何よ、にゃーんって?」

 自分の席に座る美咲と、前の誰かの席を借りて後ろを向いている彩加。美咲がクラス発表の用紙を見ているところに彩加がやって来て楽しそうにしていた。黒板には担任からの挨拶が書いてあって、クラスメイトも楽しそうに話したりしていたけれど、美咲は全く楽しくなれなかった。

(うわ……あの人一緒……あーあ……終わった……)
 最も同じクラスになりたくなかった山口朋之と一緒になってしまった。それを知った瞬間から、美咲は憂鬱だった。
(なんで、なんで、なんでぇー?)

「とりあえず危険物体はおらんね」
 彩加の言う危険物体とは、例えば高井のことだ。
(いや、いてますけど!)

 ダブル山口のことを彩加には話していなかったので、話題には出さなかった。おそらく同じ小学校だったので知っているかもしれないし、人数が多かったので知らないかもしれない。美咲は彩加と一緒にクラスメイトを観察しなから、一人で凹んでいた。

 自分たちがそうだったので人のことを言える立場ではないけれど、女子たちはいくつものグループに分かれてしまっていた。一年の時に仲良くしていたと思われる数人でまとまって、他のグループとは距離を置いていた。よそよそしすぎて、雰囲気が悪かった。

 一方で、大人数で盛り上がっているのは男子たちだった。中には数人で話している人もいたけれど、一番大きいグループは十人くらいいた。しかもそれは、朋之の席の周辺で(たむろ)していた。けれど美咲が見ていた限り、集会のときにじゃれているようなイメージの人はいなかった。
(どういうことなんやろう……まだ来てないとか?)

 美咲はチャイムが鳴って担任が現れるギリギリまでその集団を見ていたけれど、もちろん彩加や他のクラスメイトと話をしていたので常にではなかったけれど、それらしき人は見つけられなかった。しかし担任は『良かった、全員出席。休んでる人いないね』と言った。
(うーん……?)
 朋之の席は出席番号から確認しているけれど、美咲のほうが前の列なのでなかなか後ろを向くことは出来なかった。誰かが彼を呼んで返事をするのも聞いたけれど、姿がわからなかった。
(どうなってるんやろう……)

 数日後のホームルームで、学級目標を決めることになった。
 担任は教卓の前で指示を出しているけれど、もちろん話を聞いて考えている生徒もいるけれど、良いアイデアはなかなか上がらない。

「あ、先生、はい! 良いの思い付いた!」
「はい、大倉君、どうぞ」
「絶対良いで。〝学年制覇をしよう!〟」
 担任はもちろん、クラスメイトもみんな笑っていた。
「良いと思えへん?」
「学年制覇……、他に誰か、何かある?」
 担任は苦笑しながら聞いたけれど、それ以上の意見は出なかった。

 大倉裕人はわりと真剣に言ったようで結局それに決まったけれど、美咲は真っ先に『無理だ』と思った。女子たちはまだまだまとまっていないし、男子たちはキャラが濃そうな人が集まっているし、それよりも美咲は朋之の謎が残っていたので学級目標どころではなかった。

「なんか……濃いなぁ」
「なにが?」
「いやぁ……このクラス……学年制覇なんか、できるんかな?」
 その休み時間、美咲はため息をついた。前の席に座りに来ていた彩加と一緒に、改めて教室を見た。去年一年間で学年の危険物体(・・・・)は把握しているつもりだったけれど、それは違ったらしい。

「あの人、大倉君って塾で一緒やわ」
「そうなん?」
「うん。……うわ、このクラス、塾一緒の人めっちゃおる! わー! あ、でも大倉君とは違うクラス」
 ちなみに、森尾も同じ塾で彩加と同じクラス、とは去年聞いていた。
「大倉君と……山口君は同じクラスやわ……あとは──」
 彩加がその人のほうを見ながら説明してくれたおかげで、美咲はようやく朋之の姿を確認することができた。
(ん? ……え、待って待って)

 席が離れていたので正面から見たことはなかったけれど、確かに彼のことは何度か視界に入っていた。それがダブル山口の二人目だとは、全く思わなかった。
(えええ……、ちょっと──)
 美咲がこれまでに出会った男子たちの中で、ダントツのイケメンだった。今まで持っていたマイナスのイメージが全て消えた瞬間だった。
(なるほど……あの人か……)

「美咲ちゃん? 聞いてる?」
「え? うん。私も塾行こうかなぁ」
「おいでおいで! 塾長ちっちゃいで。私と変わらんくらい」
 美咲は一旦、両親に反対されたので、塾に通いだすのはまだ先のことになってしまったけれど。

 彩加から塾の話を聞くときは関係している人たちのほうを見ていたせいか、彼らと少しずつ話すようになった。特に『学年制覇をしよう』と言った裕人は明るい性格だったので、いつの間にか近くにいることが増えた。
「佐方さんって、同じ塾やでな」
「うん」
「クラスは俺のほうが一個下やけどな」
「彩加ちゃんって頭良いん?」
「まぁ()えんちゃう? 選Sやし。俺の周り、みんなSやよなぁ……トモ君もSやしなぁ」
 塾は普段は五クラスあって、上から順に選抜S・A・B、JA・B、らしい。Jが何の略かは、聞いたことはない。ちなみにSは難関校を狙えるレベルらしい。
「みんな頭良いんやなぁ」
「美咲ちゃんも、そんな悪くないやろ?」
「さぁ……どうやろなぁ」

 塾の話はさておいて──。

 友人たちと話をしながら、美咲は急に増えた情報を整理していた。
 クラスの三分の一ほどの生徒が同じ塾に通っているらしい。中でもこれから関わることになりそうなメンバーは成績優秀らしい。

 そして──問題だった朋之は美咲がイメージしていたのとは真逆の印象だった。背は高いほうでイケメンで、成績優秀で運動神経も良い。性格にも問題はなさそうで、良い声をしていた。

 女子たちもなんとかまとまりを見せるようになって、休み時間に話をしていて『○○ちゃんが山口君──あっ、秘密やった、はははっ』と聞くことも増えた。もちろん美咲も既に、彼を好きになってしまっていた。
< 6 / 37 >

この作品をシェア

pagetop