恋人同士だったふたり
最後の日
ずっと甘い夢を見ていたかった。
ひとりになりたくなくて、ずっと一緒にいて欲しくて、彼のことを考えずに自分のことばかり考えた結果だった。
なんて自分勝手だったんだろう。
隣で笑う彼が、いつからか貼り付けた笑顔ばかりになっていたのに気付いていた。
だけど私は彼の気持ちに胡座をかいて何もしなかった。
彼はどんな気持ちで今の言葉を告げたんだろうか。
心臓の辺りがぎゅっと握りしめられたかのように痛くて、苦しい。
目頭が熱くなってじわりと涙が滲んだ。
せめて零すまいと必死に歯を食いしばったせいで、ぐしゃりと顔が歪む。
_______泣くな。
今、泣きたいのは私じゃなくて、彼の方なんだから。
目の前の彼を見て一層胸が痛んだ。
大きくて体もがっしりしていて男らしい見た目をしているのに、私よりもずっと泣き虫な彼。
いつもだったらもう既に泣いていてもおかしくない状況の今。
眉間に皺を寄せ、今にも泣きそうな顔をしているけれど、彼は泣いていなかった。
きっと優しい彼のことだから、自分の言葉が私を傷付けていると思って、そんな自分は泣く資格なんて無いとか思っているんだろう。
……ほんと、馬鹿なんだから。
けれど。
そんな彼だから好きになったのだ。
もう、解放してあげなくては。
彼を離したくはないけれど、私に縛り付けていては駄目なのだ。
彼は私のものじゃない。
彼は彼自身のものなのだから。
「_____…うん、分かった。今までありがとう。
私のことを好きになってくれて、たくさん我儘を聞いてくれて。
一緒に居てくれて本当にありがとう。
大好きだったよ。……さよなら」
上手く笑えていただろうか。
もしかしたら、歪んでしまったかもしれない。
分からないけれど、今出来る精一杯の笑顔を作った。
告げた言葉は心からの本心だ。
……ひとつだけ、嘘だけど。
でもそれを彼に伝えるつもりはない。
ちっぽけだけど、これが私なりの彼への誠意だ。
彼にくるりと背を向け歩き出す。
目からは大粒の涙が雫となってぼたぼたと頬を伝っていた。
もう、隣にいてくれた彼はいない。
優しく涙を拭ってくれた大きな手も。
大好きな彼は、もう私を大好きじゃないのだ。
それが辛くて苦しくて仕方ない。
でも耐えなくてはいけないのだ。
これからはひとりなのだから。
ぎゅっと両手で自分のことを抱き締めた。
今まで抱き締めてくれた彼はもういないから。
それを受け止めるように必死に自分を抱き締める。
強く、強く。
痛いくらいに。
彼の腕を、忘れるために。
今日から私の隣には誰もいない。
それでも私は生きていく。
どんなに辛くても、苦しくても。
いつかこの恋を後悔してしまうことがないように。
強くあれ。
嘘を嘘にしないために。
足掻いて、生きろ。