炎の魔女と氷の皇帝*転生したら弟子と契約結婚をすることになりました*

結界を見つめる男


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 星一つない夜に、雪が、音を立てずに荒ぶっている。
 さえぎる木や建物がない川辺に立ち、男は仄かに碧く光る『流氷の結界』を眺めていた。

 ざくざくと雪を踏みわけ入ってくる音がして、ゆっくりと振りかえる。

「来たか、イライジャ」

 神妙な顔のイライジャ・トレバーが重い足取りで近づいてくる。背ばかり高くなった彼に、右手を上げてあいさつしようとしたが、肩に痛みが走りやめた。
顔を歪めると、イライジャは心配そうに駆け寄ってきた。

「オリバー大公殿下! 大丈夫ですか?」

 自分より少し目線が高い男に、オリバーは笑みを向けた。

「私はいい。リアムの身体のほうが、そろそろ限界だろう? こんな膨大な魔力を使う結界など作って……。目覚めときは驚いたよ」

「申しわけございません。止めたんですが、聞き入れてもらえませんでした」
「甥がすまないな。イライジャたちには苦労かける」
「いえ。陛下のためですから」

 オリバーは苦笑いを浮かべた。

「まあ、いい。私が皇帝につけば、すべてが終わる。リアムをこの忌々しい血から解放してやれる」

 イライジャはオリバーに向かって深々と頭をさげた。 

「さっそくすまないが、イライジャ。報告を」
「はい。概ね計画どおり進んでおります」
「そうか。魔女の護衛はどうだ?」
「毎日草花を採取してまわっておりますが、宮殿からは出ておりません」
「炎の使いが、雪と氷の宮殿にいれば魔力はさらに削がれていくだろう。引き続き、つなぎ止めよ」
「御意」

 オリバーはふうっと白い息をはきだした。

「他にはないか?」
「その魔女ですが、あの場所に立ち入りそうになりました。ビアンカ皇妃があらわれて、踏み入ることはありませんでした」
「……魔女が入りこんだ? それは、偶然か?」
「はい。偶然、迷いこみました」

 オリバーは腕を組んで考えこんだ。

「……少し、急いだほうがよさそうだな」

 イライジャは目を見張ったあと、戸惑いながら言った。

「ですが、まだオリバー大公殿下のお身体が万全じゃありませんよね?」
「そうだなあ。急いては事を仕損じる。……が、私もいい加減、リアムに会いたい。その魔女にもお目にかかりたい」

 オリバーはおもむろに懐へ手を入れると、サファイア原石を元に作った魔鉱石を一つ、取り出した。
 指でつかみ、しばらく輝き具合を確かめると、そのまま流氷の結界の中へ投げ入れた。

 しばらくイライジャと眺めるが、流氷にはなんの変化もない。

「イライジャ。おまえを信じている。……『彼女』の為にも、しっかり頼む」
「仰せのままに」
 
 流氷の結界に背を向けると、オリバーは以前よりも動かなくなった身体を引きずるようにして雪の中を歩き出した。
 そのあとをイライジャがついてくる。
 
 雪まじりの白い風が目の前を横ぎる。オリバーは立ち止まると、一度空を見あげた。

「あと、少しだ。待っていろ」

 オリバーは、雪と暗闇を慈しむようにしばらく眺めた。


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