炎の魔女と氷の皇帝*転生したら弟子と契約結婚をすることになりました*
氷でできた半地下の部屋
――一ヶ月後。
「まったく! 陛下は人使いが荒いです!」
「そうか、耐えろ」
静かに舞う白い雪を避けて、回廊を移動するリアムはジーンの小言を聞き流していた。
「氷の宮殿がやっと……! 修繕工事に入ったというのに、もう壊すおつもりですか?」
「壊していない。穴があったから氷で塞いだだけだ」
「そして、中で作業している者たちを閉じこめたと? 彼ら、助け出されたときの顔は真っ青で、がたがたと震えていましたよ!」
「だから悪かったって。次から気をつける」
ミーシャはリアムとジーンの少し後ろをついて行く。幼少期から変わらない息の合った二人のやりとりを邪魔しないように見ていたが、思わずくすりと笑ってしまった。すると、ジーンが振りかえった。
「ミーシャさま! あなたの旦那さま、おかしいですよ!」
「ジーン宰相。陛下はまだ私の旦那ではないです。婚約者です」
肩を竦めてみせた。
「旦那でしょう? 式ができていないだけで!」
オリバーの襲撃によるグレシャー帝国の被害は、主に帝都と、氷の宮殿だけだった。
帝都にはいまだ爪痕の残っている。家を失った避難民の住まいの確保、宮殿の修繕、物資の補給をしながら、自国に侵攻してきたカルディア王国との休戦と捕虜の交換などの交渉も、平行で行われた。
リアムとジーンは休む間もなく、ずっと働きどおしだった。住まいでもあり、国の中枢でもある宮殿が半崩壊したからだ。
「……おっと、僕は準備がありますので、ここで失礼しますが陛下とミーシャさま、いいですね? 時間厳守でお願いしますよ!」
「はい。ジーン宰相殿」
ミーシャは去って行くジーンをほほえみを添えて、見送った。
「人使いが荒い? ジーンだって一緒だ」
リアムのぼやきが聞こえてきて振りかえる。
「二人とも、尊敬しています。私もできることから手伝うね」
背が高い彼の顔を覗くように上を向き、にこりと笑いかけると、眉間にしわが寄っていた彼の表情がほぐれた。
「それにしても、リアムって本当にすごい。かまくらやイグルーを作るだけじゃなく、今度は氷の宮殿を造ってしまったんだもの」
氷の宮殿は広い。役割ごとに施設が別れて建っている。
それを繋ぐのが回廊で、上空から見ると雪の結晶の形をしていたが、中央の広い庭を中心に泉と地下の氷は溶け、地盤が沈み大きな穴が空いてしまった。
流氷の結界を維持する必要がなくなったリアムは、余り過ぎている魔力で地下空間をふたたび氷ですべて埋め尽くした。完全に凍った湖上に、氷と雪でできたブロックを積み重ねて文字どおり、『氷の宮殿』を造ってしまった。
天気はよく、白い宮殿はうっすらと空を写し、青く輝いている。
「……きれい」
近くで見る氷でできた宮殿はとても大きく、内側から輝くように美しかった。日中は陽の光で淡い薄水色だが夜は、氷のブロックの中をくりぬき火を入れた氷の灯籠のおかげで、オレンジ色の温かみのある幻想的な雰囲気を醸し出す。
室内は意外と暖かく、想像よりも広かった。天井を支える太い柱は透明で美しい氷のブロックだ。これをほぼすべてリアムが魔力を使って一人で作ったという。
「新しい宮殿には、仮眠室や執務室、応接室や、食事やお酒を飲むバーまで造ってしまったんでしょう?」
「ああ。ジーンが今後も活用しようと、壊さず維持するつもりみたいだ」
話しながらミーシャたちは中へ入った。
新しい宮殿は一カ所だけ、半地下の部屋がある。分厚い氷のドアの前には護衛兵二人と、イライジャがいた。
「イライジャ、戻ってきていたのか」
「はい。ただ今、帰還いたしました、陛下。そして、ミーシャさま。お久しぶりです」
イライジャは、この一月ずっと、カルディアとの交渉で国境警備についていた。
「イライジャさま、お戻りだったのですね」と声をかけると、彼は「ミーシャさま、申し訳ございませんでした」と謝ってきた。