炎の魔女と氷の皇帝*転生したら弟子と契約結婚をすることになりました*
「あらあら。その手紙、正式な公文なのに」

 皺になるわよと、エレノアは冷静だが、ミーシャはそれどころじゃない。

「無理です、できません! 私、今生ではひっそり地味に生きると決めているのをご存じでしょう?」

 生まれ変わったからには前世の罪を粛々と償う。人目を避け、影ながらに人々のために働く。それがミーシャの考えで願いだ。薬を必要とする人に作って届けるのもそのひとつだった。
 
 かつての愛弟子は、今や立派な皇帝だ。
 悪い魔女に墜ちた元師匠が生まれ変わったと、のこのこ現われたところで困らせるだけ。しかも嫁なんて、とんでもない。彼に余計な負担も、迷惑もかけたくない。

 手紙を突き返したが、エレノアは首を横に振るだけだった。

「宰相のジーンさまが、陛下との婚姻の申しこみに何度も足を運ばれるの。そのたびに断る私の身にもなって」

「リアム皇帝陛下とジーン宰相さまがフルラに来るのは、いつものことじゃないですか」

 今年二十六歳になるリアムは、即位してからも師匠の命日に必ず国境を越え、墓参りをする。いつまでもクレアを師匠として慕っていると態度で示しているが、ミーシャの心は複雑だった。

 クレアは戦争激化の原因を作ってしまった。没後十六年たった今も、隣国グレシャー帝国民、フルラ国民の両方から嫌われ、恐れられている。

「ガーネット家は、あの大魔女クレアの血縁。英雄として名高いリアム陛下の妃には不適合です!」
「十六年前のことなど、もう誰も覚えていないし、気にしていない」

 エレノアは平然と言って退けた。

「いえいえ、しっかり覚えています! 娘は病弱で、部屋から一歩も出ない引きこもり。皇帝陛下のお妃なんてとても務められないと、いつものようにお断りしてくださいませ」

 ミーシャが手でバツ印を作ると、驚いた炎の鳥が飛び立った。

「貴族に政略結婚はつきもの。本人たちの意思よりも政治が優先されることは、理解して」

 エレノアは弱くほほえみ、眉根をさげた。

 婚姻関係になれば、同盟国としてさらに結束力が強められる。頭では理解できる、しかし――

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