元皇女なのはヒミツです!
私たちはしばらく無言で見つめ合った。そして意を決して声を掛けようとしたとき、
「エカチェリーナ皇女で――」
「駄目ええぇぇぇぇぇぇぇぇええっ!!」
公爵令息が私の昔の名前を口にして、慌てて氷魔法で彼の口を塞いだ。そして白目を剥いて気絶した彼を人気のない場所までズルズルと引きずって連れて行った。
「はぁ、はぁ……。し、死ぬかと思った……」と、公爵令息は荒く呼吸をしながら自身の胸を押さえ付けた。
「ご、ごめんなさい。つい……。こ、殺すつもりはなかったのよ!」
公爵令息は怪訝そうに私を見るが、息が落ち着いたところで卒然と膝を付いて頭を下げた。
「まさか、生きていらっしゃったとは……! ご無事でなによりです、皇女殿下」
「ちょ、ちょっと! やめて! 顔を上げて!」と、私は訴えるが公爵令息は聞く耳を持たない。
「父も最後まで生死不明だった殿下のことを心配しておりました。私も殿下がご存命で心より嬉しく存じます」
「立ってよ! 人に見られちゃうわ!」
私はなんとか公爵令息を立たせようと躍起になるが、彼は重い銅像のように微動だにしなかった。
もうっ、お固い挨拶はいいから早く立ってよぅ! こんな所を他の人に見られたら厄介なことになるわ!
「エカチェリーナ皇女殿下、恐れ多くもこのセルゲイに殿下のエスコートを――」
「立ちなさいっ! セルゲイ・ミハイロヴィチ・ストロガノフ!」
「はっ!」
自棄になって大声で叫ぶと、公爵令息はすっと立ち上がって一礼をした。ほっと胸を撫で下ろす。はぁ、最初からこうすれば良かったわ……。
私はキョロキョロと周囲の様子を確認した。よし、誰も見ていないわね。
「セルゲイ公爵令息? 私の手を煩わせないでちょうだいね?」と、私は念を押すように笑顔で彼に言った。
「申し訳ありません、皇女殿下」
「だ、か、ら、その皇女殿下と呼ぶのはおやめなさい。私は平民のリナ、です」
「で、ですが……」と、公爵令息は当惑顔をする。
「今やあなたのほうが身分が上なのですよ? むしろ私のほうがセルゲイ様とお呼びしなければなりませんわ」
「そんな! とんでもないことでございます、皇女殿下!」
「はぁ……」
私は深くため息をついた。頭が痛い。このままじゃ埒が明かないわ。
不意にアレクセイさんとの約束が頭を過ぎる。私の正体は絶対に知られてはならない。
……でも、これは想定外の緊急事態よね。仕方ないわ。
「セルゲイ公爵令息、これからお話することは他言無用でお願いしたいのですが――……」
私は革命後に起こった身の上の話を彼に語り始めた。