元皇女なのはヒミツです!
「あ~~~、死ぬかと思った……」
半刻後、目が覚めたセルゲイは横になったまま天井を仰ぐ。私たちは風通しの良い東屋のベンチで休んでいた。
「ごめん、セルゲイ。本当にごめんなさい」
私は申し訳ない気持ちでいっぱいで、何度も何度も彼に謝った。
「リナに殺されかけたのは二度目だな」と、彼はくすりと笑う。
私は眉を顰めて、
「はぁ? 私がいつセルゲイを殺しかけたのよ? 失礼しちゃうわね」
「リーズに来て初めて会ったとき、覚えているか?」
セルゲイはいたずらっぽくニヤリと笑った。
「あっ……」
にわかに過去の出来事が脳裏に過ぎった。
そういえば彼と再会したとき、帰宅する受験生たちの中で本名を呼ばれそうになって、慌てて氷魔法で口を塞いだんだっけ。
私はみるみる顔を上気させて、
「あ、あれは仕方がなかったのよ! だって、まさかストロガノフ家の令息がこんな遠方の国にいるなんて思いも寄らなかったんですもの」
リーズ王国はアレクサンドル連邦国からかなりの距離がある。移動するのに時間も掛かるし道中も険しいので、二国間を行き来する人間は基本的に行商人くらいだ。
「思い切ってリーズに留学して良かったよ」と、セルゲイがぽつりと呟いた。
「そう」と、私はそっけなく返事をする。
私たちはしばらく黙り込んで、草花を揺する風の音だけが辺りに響いた。
「私もここに来て良かったわ」と、私も小さな声で言った。
ただフレデリック様にお会いしたい一心でリーズにやって来たけど、皇女では味わえないような貴重な経験ができたし、なによりセルゲイやオリヴィアやグレースといった大切な友人が出来た。それだけで、私はリーズまではるばるやって来て良かったと思う。現在進行形で他では味わえない体験をしているから。
それは、私にとって宝石よりも大切な財産だ。
「全く、リナのせいで平穏な生活とは程遠いけどな」と、セルゲイはまたぞろニヤリと笑う。
「わ、悪かったわねぇ!」
私は一瞬だけ眉を吊り上げるが、すぐに顔を綻ばせた。
辛いことのほうが多かったけど、それも今では楽しい思い出だ。
セルゲイと思わぬ再会をして、彼と一緒に登校したり、毎日のように定食屋に食べに来てくれたり、グレースみたいな意地悪な令嬢から私を庇ってくれたり、パーティーでダンスをしたり、皆で集まって魔法のテスト対策をしたり、お茶会をしたり、王都に遊びに行ったり、悲しくて泣いている私を慰めてくれたり…………。
――あぁ、そうか。
私はやっと気が付いた。
私の隣には、いつもセルゲイがいるのよね。
楽しいときも、悲しいときも、きっと……これからも、ずっと――……。
◆◆◆
私は王都に戻るなり、グレースに頼み事をした。
辛うじて残っていたフレデリック様の手紙を……全て燃やして欲しい、と。