元皇女なのはヒミツです!
噴水の周りは既に人でごった返していた。心なしか男女のペアが多いような……。まぁ、当然と言えば当然か。
「あら……。もうちょっと早く来れば良かったわ」
「リーズの恋人たちは毎年毎年飽きないわね」
私たちは人だかりの後ろをそわそわと歩きながら、噴水が見えやすい場所を探した。
「リナ、ここからだと隙間から見えるぞ」
私は手招きするセルゲイの前の位置に立った。ちょうど人の頭の間が噴水まで空いていて絶好のポジションだった。
「本当だわ! ありがとう、セルゲイ。終わるまでこのまま人が動かないといいわね」
「途中で見えなくなったら後ろから抱っこしてあげようか?」
「なっ……なに言ってるのよ! 馬鹿!」
私はみるみる顔が熱くなってそっぽを向いた。心臓がばくばくする。セルゲイったら、冗談にしてもたちが悪すぎる。
「あら?」私はキョロキョロと辺りを見回した。「オリヴィアとグレースがいない!」
「あぁ、人が多すぎるから後ろで待ってるってさ」
「そっか、一緒に見たかったのに残念ね……。まぁ、二人は何度も見ているみたいだか――きゃっ!」
いつの間にか背後にも大勢の人々が集まっていて、それが波のようにどっと押し寄せてきた。もうすぐ開始の時間だからだ。
私はバランスを崩して前のめりになる。すると、セルゲイが後ろから掬い上げてくれた。
「悪い、大丈夫か?」
「う、うん……。ありがとう」
またもや顔が上気した。セルゲイの綺麗な顔が私のすぐ横にある。鼓動が早くなる。見慣れているはずの芸術品みたいな整った造形に、思わず見惚れてしまった。
「も、もうだいじょ――ぎゃあっ!」
みるみる見物人が増えて、箱の中に詰め込めれているみたいにぎゅうぎゅうだった。恥ずかしくてセルゲイから離れようとしても、身動きが取れない。むしろ、彼にくっついていないとこのまま倒れそうだ。
「あ、始まった」
「えっ!?」
頑張って顔を噴水に向けると、下のほうから徐々に赤く染まっていくところだった。
あれを見るためにも……仕方ないわ。このために来たんですからね。
私はままよとセルゲイにぎゅっと抱き着いた。恥ずかしすぎて彼の顔は見られない。今の状況を考えないように、目の前の情景に集中した。
「可愛いっ……!」
歓声が上がる。赤く染まったハート型の噴水は意外にも濃い鮮やかな色で、キャンディみたいでとっても可愛らしかった。そのままペロリといけそうね。
「リナ、今美味しそうって思っただろ。食うなよ」
「お、思ってないから! 食べないし!」
「やっぱりな」と、セルゲイはくつくつと笑った。
もうっ、なんでこんな状態なのに平然としているのかしら! 信じられない!
「……リナと一緒に見られて良かったよ」
セルゲイはふっと微笑んだ。彼の腕の力が少しだけ強くなったのを感じた。
「そうね」と、私は呟いた。
ハートの上に虹が架かる。それは明るい未来を予感しているようで、晴れやかな気持ちになった。
私たちは互いに抱き合ったまま、いつまでも噴水を眺めていた。