元皇女なのはヒミツです!

13 炎の道を行く

「アレクセイさん……ごめんなさい!」

「いやぁ~、リナからの手紙と同時にストロガノフ家からの使者が来て焦ったよ……」

 平民が出した手紙は、高位貴族の短い旅よりも遅れてアレクセイさんのもとへと届いたのだった。
 彼はストロガノフ家の馬車の中で私からの手紙を大慌てで読んだらしい。あっという間に屋敷に到着して……これだ。


 応接間はまるで裁判所のように、ストロガノフ一族の美しい双眸が副大統領を見据えていたのだった。

「皇女殿下を匿って、平民として教育していたようだな」

 公爵の峻厳な声が、静まり返った室内に重たく響いた。

「はい、閣下。当時の皇室を取り巻く環境を顧みると、この対応が最良なのではと考えまして」

「それで……我々に無断で、我が国の皇女殿下を、下位貴族ではなく、平民に…………?」

 にわかに、公爵の顔が険しくなる。凝縮したような緊迫した空気が広がった。

 これは……かなりご立腹でいらっしゃる?
 私は別に構わないんだけどなぁ。平民は苦労も多いけど、皇族の頃より自由度が高くて意外に楽しいのよね。

 それに、アレクセイさんとターニャさんは私の第二の両親だからね。これだけは、いくら公爵でも絶対に譲れないことだわ。

 副大統領が震える口を開いて、

「閣下、私は――」


 そのとき、ガタリと大きな音を立てながら、出し抜けにストロガノフ公爵が立ち上がった。

 そして、

「カトコフ副大統領、感謝する」

 アレクセイさんに向かって、深々と頭を下げた。
 電撃のような動揺が走る。アレクセイさんもおろおろと狼狽していた。

「閣下、どうか頭を上げてください! 私はなにも……」

「いや、あなたは我々貴族ができなかったことを行ってくれたのだ。皇族を守ることは、帝国貴族たちの使命だった。しかし、我々はその最優先すべきことを怠った。アレクサンドル皇家の血――いや、エカチェリーナ皇女殿下が奇跡的ににも生存されていたことは、あなたのおかげた。ありがとう」

「アレクセイさん、私からもお礼を言うわ……! 本当にありがとう!!」

 私も立ち上がって、公爵閣下に並んで深く頭を下げる。
 自分が今ここにいて、友達や……大好きなセルゲイと一緒に笑っていられるのは、全部が全部、アレクセイさんのおかげなのだ。
 普段は照れくさくてなかなか言えないけど、こういう時くらいは、素直に感謝の言葉を述べないといけないわよね?

「そんな……。殿下も、頭をお上げください。私は当然のことをしたまでですよ」と、アレクセイさんは照れ隠しの苦笑いをした。

「皇女殿下」

 ストロガノフ公爵は今度は私のほうに向いて、

「あなた様をお守りできず、誠に申し訳ありませんでした」

 またぞろ深々と頭を下げた。

「中央貴族たちが、私たち皇族のために命を賭して革命を乗り越えてくれたことは、新政府から聞き及んでおります。ストロガノフ公爵、本当にありがとうございました」

 私は、カーテシーで応える。

 当時は革命で宮廷どころか国内自体が大混乱していて、私自身も地下牢に閉じ込められたままだったので、最後まで皇族を支持をしてくれた貴族たちにお礼の一言も言えなかったから。


 元皇女としての、最後の最敬礼だ。


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