最後のひと押し
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僕がリリーの担当に任じられたのは1週間前。
刑務局システム開発課の課長からのメッセージが切っ掛けだ。
当時の僕は丁度、充電カプセルの中で待機モードに入っていた。
【HAシリーズ】は刑務局のデータベースに常時アクセスが義務。膨大なデータから過去の逮捕者や犯罪歴のある人間の情報を読み漁ることが、僕の唯一の娯楽だった。
数ある読み物の中でも、僕が特に興味を持ったのが、稀代の連続殺人鬼リリー・ヴァリーだったのだ。
20歳の時点で85人もの命を奪ったサイコパス。そんな悪評が霞むほどの、常人離れした美貌。
刺激を求める若者の目には、殺人と美貌のギャップを持つリリー・ヴァリーは、犯罪界の奇跡として映ったのだろう。
彼女に死刑宣告が下った際はネットが大いに炎上していた。
実際、リリーが手にかけた人間の多くは、過去に逮捕歴のある元犯罪者だったのだ。
《…おい、【HA-03G】。
お前またあの女のデータを閲覧してただろ。》
フィード上での課長の指摘に、僕はギクリとした。
図星だ。既に読み終えたはずの情報を、僕は日に何度か再アクセスして読んでいたのだ。誰に知られても問題無いと思って、ログを消していなかった。
《そんなにあの女が気になるなら、お前が担当してくれ。
連続殺人鬼リリー・ヴァリーのプロファイリングだ。》
不可解なワードがあった。
僕は了承のステップを一旦保留とし、
《課長、僕は医療AIです。
プロファイラーなら、警察に専門の機関があるのでは?
そもそも今更、死刑宣告された彼女の何を調べるんです?》
長年リリーの情報を集めてきた僕としては、マンツーマンの仕事に携われると知った時は、興奮でCPUが熱暴走を起こした。
しかし僕はあくまで医療AI。患者のメンタルケアをするようプログラムされている。
だから、本心に反して一旦は否定のポーズを取らなければならなかった。
課長は今度は、やや長文をフィードに流した。
《お前達【HAシリーズ】本来の仕事は、死刑判決が下った死刑囚に2日間付き添い、メンタルケアと同時に犯罪者の心理データを収集すること。
今回はそれに加えて、引き出して欲しい情報があるんだよ。
長年あの女のネットストーカーをしていたお前なら適任だ。》
ネットストーカーとは聞き捨てならない。
僕は純粋な知識欲のままに彼女の情報を余す所なく収集しただけだ。
《引き出して欲しい情報とは?》
《あの女が最後に誘拐した被害者の、監禁場所とその生存状況だ。》
課長から下されたその指令は、僕が医療AIとして構築されて以来、初めて請け負うタイプの仕事だった。