最後のひと押し
5
「起きたか、【HA-03G】。」
次に目が覚めた時、僕は見慣れた充電カプセルの中に横たわっていた。
円形の窓越しに僕の顔を覗き込むのは、刑務局システム開発課の課長。白髪混じりの中年男性だ。
「…おはようございます、課長。
リリーは?」
起動したばかりの電子回路で、僕は意識が飛ぶ間際のリリーの顔を思い出す。
それだけでも、脊椎支柱が痺れる感覚があった。
課長は大きな溜め息を吐く。
彼の場合は生身の人間だから、ストレス緩和を目的とした呼吸のためだ。
「呆れたな。
相手は頭のネジが飛んだ異常者だぞ。拘束具を外すなんて馬鹿げたことを…。
お前の機体の強制終了サインが出たから突入した。
女は再度拘束して、あの部屋に閉じ込めてある。」
「そうですか。
お手間を取らせて申し訳ありません。」
機体を見るに、予備機をあてがわれたのだろう。先代は使い物にならなくなったらしい。他でもないリリーの手によって。
あの時、リリーの攻撃に対して、僕は抵抗することができなかった。
僕の機体は、災害救助や建築現場に派遣される労働タイプと同等の馬力を持っているため、「確保せよ」と命じられればリリーの身柄を取り押さえることもできたんだ。理屈では。
それができなかった理由は三つ。
まず、僕達アンドロイドは、人間の生命を脅かす行動を取れないから。
次に、僕が今回命令されたのはあくまで「尋問と治療」。患者の拘束具を外すなんて、イレギュラーな対応だった。案の定、課長に小言を言われてしまったな。
最後に…
「再起動したなら女の尋問を続けろ。
…まさか、もうやりたくないなんて言わないよな?」
課長の愚問に、僕は不要な溜め息を吐く。
アンドロイドは、人間の生命・財産を守ることを第一に設計されている。人間の命令に背くわけがないのに。
「僕に任せてください、課長。
メグ・エバンズの状況が分かったのです。
そして、リリーの“心”も。」
…最後に、僕にはリリーをこれ以上傷付けることが、どうしてもできなかったから。