スノーフレークに憧れて

第14話

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 息を荒くして、龍弥は目を覚ました。                
 汗をかいていた。

 目の前に見えているのは白い天井にLEDのシーリングライトが見える。



その横には、天井式のエアコン。



 視線を自分の体に移すと、ふと横にはパイプ椅子に座っている菜穂がいた。
 疲れたのか壁によりかかり、こっくりとうたた寝をしていた。

 あ、あと少しで倒れそうとなっているところを龍弥は慌てて右手で、菜穂の体をさっと支えた。

 
 ががっと点滴スタンドが動いた。


 左腕には点滴の針が刺さっている。


 龍弥は病院の処置室にいるようだった。

 目の前には薬や包帯などたくさん入った棚だったり、水道の蛇口だったり、看護師が使うであろう道具などが見えた。

 外来診察も終えて、辺りは静まり返っている。

 何床かのベッドが並んであったが、自分たち以外誰もいなかった。


「うへ!? あー、あれ。起きた??」



 龍弥の右腕の上で目が覚める。
 元の位置に龍弥は戻った。

 目をこすって菜穂は立ち上がる。


「もしかして、俺、倒れてたの?……あれ、包帯外れてる。」


「うん、そうだよ。レストランのトイレで倒れたのを、近くに座っていたご夫婦いたでしょう。旦那さんの方に見つけてもらって、奥さん破水したって言ってたからついでに病院連れてってもらった感じ。救急車と思ったけど、アーケード内って車両入れるの大変でしょう?めんどいからって洸さんが龍弥背負ってくれて車で送ってくれたのよ。」


「……あぁ~。そうだったんだ。ってその奥さんは大丈夫だったの?」


「あー、なんかまだ赤ちゃん出てこないって結構時間かかっているみたいだよ。気になる?後で様子見に行こうか?同じ病院だから。産婦人科だけど。」



「…うん。気になるけど。大丈夫かな。」



「助けてもらったし、お礼に行きたいよね。それより、龍弥、さっきうなされていたけど、大丈夫?」



「ああ。ちょっとやな夢見てて…。そういや、ごめん。オムライス、お腹すいてたのに、途中で帰ってきたみたいで、会計とかできてた?」


「全然、平気だよ。オムライス食べられたし。会計は…洸さんがまとめて払ってくれたよ。龍弥、倒れていたし、私が払えばよかったんだけど、2人分の持ちあわせ無くて…。」


「どんくさ。だから、俺に奢れってことだったのね。」


「ひどいな。そこまで言わなくても…。その通りなんだけどさ。あ、着信、ちょっと出るから。」


「ああ。どうぞ。」


 菜穂は、スマホを見ると電話着信画面が出てきた。将志と表示された。父からの電話だった。



『菜穂?今どこにいんの?』


「え、あのね。今、龍弥が倒れて、点滴してるよ。杜とみどりの総合病院にいるんだけど、迎え来れるかな。」


『え、龍弥くんと一緒なの?珍しい組み合わせだね。倒れたって、大丈夫なの?まぁ、お酒飲んでなかったから行けるけど、駐車場で待ってればいい?そうだなぁ、あと20分くらいで着くから。』


「うん。わかった。お願いします。」


 菜穂は電話を終えて、スマホをバックにしまった。龍弥のする点滴の薬液の量を確認するともうまもなく終わる様子だった。


「これが落ちてきたら終わりだから、あと少しだね。入院するわけじゃないからこれ終わったら終わりだよ。」



「あ、ああ。」


 当たり前のようにこなしてくれて、菜穂に感謝したいところだったが、何だか気恥ずかしくなって、言えなくなった。

 自然の流れで菜穂の父に送られることになったが、さっき言ってた夫婦の出産はどうなったか気になった。


「なぁ、菜穂、さっき言ってた洸さんって人。初対面の人におごってもらったって申し訳ないし、お礼言いに行きたいから案内してよ。」

 点滴を終えて、看護師に針を外されて、処置室を出る際に聞いた。


 今いる龍弥と菜穂は外来スペースで、美嘉や洸がいるのは産婦人科の入院スペース。


 総合病院で大きいところのため、場所を確認するのにマップを見ないといけないようだ。


「…と言われても、広すぎて私もよくわからない。ナースステーションに聞いた方早くない?確か奥さんの名前は…宮島美嘉さんだったかな。」

病院のマップの前で現在位置を確認すると入院病棟のナースステーションに向かった。

「そうなんだ。とりあえずあっち行こう。」


2人は看護師に確認して、どうにか、宮島夫妻に会うことができた。


 陣痛室で、陣痛のがしの真っ最中だった。

 産まれる直前の痛みと美嘉は戦っていた。

 予定日より早くランチタイム中に破水したため、陣痛が来るのを病院の陣痛室で待っていた。



「あれ、君たち。大丈夫だった??ごめんね、今、奥さん痛みと闘ってる最中だから…。」


 宮島洸が菜穂たちに気づいて話しかけてくれた。


「ご、ごめんなさい。苦しいところ、お邪魔しちゃって…。」


「ぅうぅうううう~。はぁはぁはぁ。」



 テニスボールを背中にあてて、痛みに耐える美嘉。

 まだりきむには早いようだ。


「……。」



 龍弥はなんとも言えない表情で見つめる。


「龍弥くんだっけ? トイレで倒れてた時はびっくりしたけど、貧血だったのかな? 大丈夫? ごめんね、慌てて背負って運ばせてもらったけどさ。元気になってよかった。」



「あ、その件に関しては、ありがとうございました。どうにか点滴をされて元気になりました。それに、何だかレストランのお会計をしてくれたそうで、申し訳ないです。代金支払うので、いくらだったか教えていただけますか?」


「もういいから。お見舞いだと思っておごられて…。今、悪いんだけどそれどころじゃない…かな…。美嘉、呼吸して、ヒーヒーフーって。」


「今、頑張っているんだけど、苦しくて、あ、陣痛のペースが早くなってきた。」


「宮島さん、子宮口開いてきたからそろそろ分娩台に行きましょうか。」



 看護師に声をかけられて美嘉はゆっくりと痛みに耐え、震えながら歩く。



「ていうか、こんなに苦しくて痛いのに分娩台まで自力って意味わからないんだけどぉ~!!」



そう言いながらも目的の場所まで歩いた。



 どさくさ紛れに菜穂と龍弥は、出産の瞬間を廊下の待合室で待つことになった。

 洸は美嘉の額を汗をタオルで拭いて、美嘉の隣で手を繋ぎ、今か今かと出産を待ち侘びた。


 数分後、廊下にも聞こえる産声が響き渡った。


「元気な男の子ですよぉ。」


 美嘉の胸元には青いシートに包まれて、赤ちゃんが乗せられた。

 洸は感動しすぎて、涙が溢れている。


「美嘉~、お疲れ様。がんばったなぁ。男の子だってよー。俺、嬉しいよー。」


「私よりも泣いているしぃ。ずるいよ。」


ベッドに歩いて移動して、看護師に押されて病室に移動する美嘉。

 ベビーベッドに寝かせられた産まれたての男の子。

 名前はまだ未定のため、母親の名前が貼り出されていた。


さっきまでギャンギャン泣いていた赤ちゃんは泣き疲れたのか、すぅーと眠りに落ちた。


「出産おめでとうございます。初めて、産まれたての赤ちゃん間近で見られて、感動しちゃいました。というか、すいません、いつの間にか出産まで居座ってしまって…。」


「あー、菜穂ちゃん。ごめんね、なんかいろいろ龍弥くんのことで忙しかったのに私のことまで。でも、いい勉強になるでしょう?高校生だもんね。これは見ておいた方がいいぞぉ。」


 美嘉は菜穂と龍弥がいても、全然気にしてなかった。

 無我夢中で陣痛と闘っていたようだ。


「逆に俺もまともに君たちを対応できなくてごめんなぁ。龍弥くんも、病み上がりなのに待たせてごめん。大丈夫だった?」



 病室で2人は温かく受け入れてくれた。

 何だかほんわかする。

 人と人との境界がない2人に心の底から安心した。

 拒否られると感じていたからだ。


 横にいた龍弥はあんなに子ども嫌いとか,家族見たくないって言っていたのに間近すぎる現場を見て、むしろ嫌という気持ちよりもこの場にいる自分が信じられなかった。




 出産を目の前で見ることなんて一生無いと思っていた。


「菜穂ちゃん、抱っこしてみる?」


「え!?いいんですか。」


 嬉しそうに菜穂は美嘉から赤ちゃんを受け取ってそっと抱っこしてみた。


 まだ産まれたばかりで目は開かず、手と足は不規則に動いている。


 そっと指を手の中に入れると自然と握り返してくれる。

 把握反射というものでそこに指があると握る仕草をする。


 赤ちゃんは、寝ていたと思ったら、ご機嫌だったようだ。


 菜穂は自然とはにかんだ。

 
 赤ちゃんがすごく可愛くて愛しかった。



「龍弥は抱っこする?」




「…俺はいい。落としそうで怖いから見てるだけで。」



 菜穂が抱っこする赤ちゃんに龍弥はそっと指を差し出すと菜穂と同じで誰でも優しく指を握り返してくれた。



 反射だと言うことは分かっていても、握り返してくれる優しさがとてつもなく心地よかった。


 温かく優しくて、爪の色も綺麗なピンク色をしていた。


 菜穂はそっと、ベビーベッドに寝かせた。



「菜穂ちゃん、抱き慣れてるね。初めてじゃなさそう?」



「姪っ子ちゃんを数年前に抱っこしたことがあって、歳の離れたお姉ちゃんの子どもなんですけど。いつ見ても赤ちゃんは可愛いですね。」




「…菜穂、そろそろ…。」


龍弥はやはり苦手意識があるのか、今の空間から逃げ出したくなる衝動にかられる。




「あ、そうだよね。お父さん、きっと駐車場に来てるわ。美嘉さん、赤ちゃん見せてくれてありがとうございます。洸さんもありがとうございます。そろそろ帰りますね。」



「あぁ。ごめんね、なんか引き止める感じで、また今度、うちに遊びおいでよ。赤ちゃん、見に来ていいから。な、龍弥くん。」



 背中をとんと軽く叩くと、洸は龍弥に名刺を渡した。


「俺、ここで働いてるから、ぜひラグドールに食べに来て。あと連絡先も書いてるし。食事のお礼とか気にしなくていいからさ。気軽にね。」


「あ、ありがとうございます。」


 龍弥は名刺をまじまじと見て、菜穂とともに病室を立ち去った。



「そういやさ、なんで包帯外れてるの?」


「ああ、言うの忘れてたね。内科の先生が外科の先生に連絡してくれてついでに
抜糸しましょうってことで、やってくれたよ。カルテに手術のデータ残ってたから、もう大丈夫ってことみたい。良かったね。寝てる間に事がすぎて…。痛くなかったでしょう?」



「あー、まあ。来る手間省けたから良いけど,内科と外科で会計が膨らむね。財布の中が,寂しくなるわ。」



「別にいいじゃん。バイト代入ったんでしょう。それにお昼は奢ってもらったわけだし。」


「そりゃそうだけど、バイトのシフト先月少なかったから入るお金もこの病院代金でほぼ消えるだよなぁ~。」


2人は病院の会計待合室で、知らず知らずのうちに隣同士座って会話していた。


自然と溶け込んで、普通に会話していることができていたなんて、うちに帰ってから気がついた。




 龍弥の中で心境の変化が生まれたのはこの時からだった。




 菜穂が空気のように近くにいても、違和感なくいつの間にかお互いに自然と他愛のない話もできるようになっていた。



 ただ、子どもや赤ちゃんの話題になるとどうしても頭の中で拒絶反応が出て、その場から逃げ出したくなる衝動にかられる。
 




フラッシュバックして

自分が自分ではなくなる。



フットサルしている
陽なキャラでもなければ、


学校に通う陰なキャラでもない。



なんでもない真っ暗な世界に
閉じ込められたような
感覚の自分に陥る。


厚い厚い壁が体を覆っていて
そこから抜け出せない。


自分はどこの誰の子どもでもない。
 
いるはずの母はいない。

名前も知らない。

生まれた場所もわからない。

父親さえも知らない。




あの時、あの「太陽の下で」のお店で
倒れた龍弥は、貧血ではない。



自分じゃない何にでもない者になって
思考停止になった。




 菜穂は、その時、龍弥本人も知らないもう1人の誰かを見たのかもしれない。




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