スノーフレークに憧れて

第16話

教室の窓をのぞくと眩しいくらいに太陽が照っていた。
 

 雲はもくもくとわたあめのように浮かんでいる。


 中庭では、スズメやつばめが行き交っている。


 世界史の授業ではナポレオンが出てくるフランス革命のことを先生がズラズラと文字を敷き詰めて黒板に書いていた。


 うだるような暑さの中でこれをノートを書かなきゃないと思うと、ペンを回しまくってちびキャラ動物を描いて現実逃避したくなった。


 あたりを見渡すと下敷きをうちわ代わりにする人や、ハンカチ、タオルで汗を拭いたり、授業中にも関わらず、制汗スプレーをする人がいた。


 窓を全開に開けていても、風なんて一つも入ってこない。



「なんだなんだ。今、シューってしたやつ誰?暑いのわかるけど、そういうのは休み時間だろぉ。……良い匂いだからまぁ、許す!!ほら、みんな続き書けよ~。テストに出すからな!!」


 黒板に全て書き終えたのか、チョークを置いてバンバンと黒板を手のひらで叩いた。


「マジで長すぎぃ。これ無理だし。暑すぎるぅ。」

 石田がうなだれて広げたノートの上に体を預けた。

「書いたノート集めるからな!!学級委員の木村と雪田、みんなのノート集めて終わったら持ってきて。」


「はい、わかりました。」


「え、私?」


「いや、たまたま隣にいたから、今日、木村の相方の齋藤美穂子休みだから、代わりにやって。」


「はぁ、わかりました。」



 学級委員でもなんでもないのに選ばれる菜穂。ちょっとがっかりした。本来ならば、元々学級委員の木村悠仁と齋藤美穂子だった。今日、風邪で欠席のため、代わりに菜穂がすることになる。

 席替えをしたばかりで木村の隣になっていた。


「雪田さん、ごめん、よろしくね。」


「うん、大丈夫。」


 授業終了のチャイムが鳴った。


 世界史のまとめと問題の答えをきちんと書いてるかの確認のため、ノートの回収が時々あった。
 この回収も抜き打ちのため、丁寧に書くか書かないかはその時によって違うのによりによって少し雑に書いてる。菜穂は納得できなかった。


「菜穂、はい、ノートお願いね。ん?字、綺麗じゃん。まとめ方、うまいね。」

 まゆみが自分のノートを菜穂の席に置いて、菜穂の書いたノートの中身を見た。雑になったと言う割には丁寧すぎるくらいに綺麗に書いている。まゆみは羨ましかった。


「木村、ほいよ。よろしく。」


 石田が、2つ前の席にいた。そこから目の前の女子を気にしないで、ノートを木村の席に投げた。


「石田くん、投げないで届けに来てよ。織笠さんが困っているから。」


「あ、悪りぃ悪い。いいじゃん、届いたから。」



「そういうことじゃなくてさ。」


 木村はイラっとした。


「さぁさぁ、昼飯だ。パン買いに行こうっと。」


 人のことも気にせずに石田が購買部に行こうとする。


「はい。ノート。」


 龍弥は両手で、木村の前にノートにそっと置いた。


「ああ。白狼くん、ありがとう。君は見かけに寄らずだよね。助かるよ。」



「別に…。」




 ポケットに両手をつっこんで、教室を出ようとする。


 まゆみは慌てて、出ていく龍弥を追いかけた。



「白狼くん! お昼ってどこで食べるの?」



「…外のベンチだけど。」



「私も一緒に食べていい?」



「……。」


 まゆみを無視して、龍弥はチラッとクラスの女子のノート集めをしている菜穂の横顔を覗くが、気持ち切り替えて、トイレに向かった。


「ねぇ、白狼くん!無視しないでよ。」


***

「雪田さん、係じゃないのにありがとうね。」
 

 木村は両手にクラスメイトのノートをまとめて持って職員室に移動していた。


「別に良いよ。先生に頼まれたわけだし、女子男子で分かれて集めないと困る人いるだろうから。渡辺先生、職員室いるかな?失礼します。」


 悠仁よりも先に菜穂は職員室のドアを開けて、中に入ると、担任の渡辺先生は昼休みだからか、席には居なかった。


「いないみたいだね。席に置いておこう。」

「そうだね。ここで良いかな。」


 木村と菜穂は、渡辺先生の机の上にクラスメイトの全員分のノートを重ねて置いた。


「失礼しました。」


 丁寧にお辞儀をして職員室をささっと出た。


「雪田さん、本当にありがとう。助かったよ。」


「大丈夫、大丈夫。昼休みだし、早く戻ってお昼食べないと。」


「そういや、白狼くん。黒髪ってカツラだったって話聞いてた? 俺今日初めて知って、先週は包帯巻いてたから気づかなかったんだけど、銀色の髪してるってびっくりしたよ。」


「うん、そうだよね。いいんじゃない?素の自分でいた方が。」


「それはそうかもしれないけど…。」

悠仁は何だか納得できなかった。そう思いながら、元の教室に戻り,菜穂は、バックからイヤホンとお弁当を取り出して、1人で食べようとした。悠仁も同じく席でお昼を食べていた。



 菜穂はいつもだと、まゆみと一緒に食べていたが、自分のことは眼中にないようでまあそんな日もあるなと思いながら、イヤホンをスマホのBluetoothに接続した。




「あれ、雪田さん、1人?珍しいね。山口さんと食べないの?」




「…別にそれぞれだから、気にしてないよ。好きな曲聴けるし。杉本くんだって、いつも1人で食べてるじゃん。」



「俺は、別に1人でも平気だし。慣れてるから。女子はそう言うの気にするんじゃないの?」


「……。」


 音楽に集中して、頭をリズムにのせて、お弁当を開いて、箸ケースから箸を出した。
 今日はチキン竜田と卵焼き、ポテトサラダに梅干しの日の丸弁当になっていた。


「仕方ないなぁ。一緒に食べてあげるよ。」


 椅子をひっくり返して、菜穂の机に自分のお弁当を置いた。


「は?頼んでないし。」


「いいから、そのイヤホン1個貸して。」


「聞くの?はい。」

 菜穂は嫌がる素ぶりをしながら、本当は嬉しかった。

 杉本に両耳につけていたイヤホンの1つを貸した。


「何これ。雪田さんの趣味って変だね。」


 かなりのパンクミュージックを聴いていたようだ。杉本はイメージと違ってかなりびっくりしていた。


「うっさいな。興味無いなら、聴かなくていいよ。」


 イヤホンを取り返そうとした。


「いやいや、聴いてると意外とイケるかも。こういうのもありだよね。」


「あのさ、聴いてるのコレだけじゃないから、私は幅広くいろんなの聴いてるの。」


「へぇー、そうですか。」


「杉本はオタクだから、アニソンばっか聴いてるんでしょう。」


「そうだね。くま娘とかの主題歌、ゲームBGMとか、流行りの曲は鉄板だね。俺もジャンルは幅広く洋曲だって聴くよ。オタク、なめんなよ。」


「開き直るんだね。やっぱオタクなんだ。私服とかチェックのシャツにジーンズが合いそうだもん。メガネだもんね。」


 2人は案外、話が盛り上がっているようで、龍弥はお弁当が入ってるバックを取りに行く際に、菜穂と杉本の様子を見て、羨ましそうな目で立ち去った。
 
 胸の奥がざわついた。


 菜穂に話したいことがあったはずなのにこの間のお礼も言いたかったはずなのに、唾を飲み込んで言うのをおさえた。




「龍弥くん、下に行くんでしょう。」
 

 廊下で待ち伏せしてたまゆみがバックを持って声をかけた。


「……。」


 なんとなく返事をするのが面倒になって、黙って廊下を通り過ぎる。

 まゆみと約束なんてしていない。

 勝手に着いてきてるだけ。

 1人でずっと過ごしてきたのにこんなに話しかけられることもなんだか窮屈さを覚えた。

 
 お弁当をベンチで座って膝に広げ、自販機で買ったお茶を飲んだ。

 自然とお弁当を食べている自分を信じられなかった。

 これが弁当なのかとしみじみ感じる。

 自然に隣に座ったまゆみは、弁当の中からおにぎりを出して頬張った。
 隣にはミルクティーのペットボトルが置いてあった。


「あのさ、白神くんって、なんで今まで、黒髪のカツラかぶってたの?」


「別に…。」


「そのピアスって自分で開けたの?」


「うーん、まぁ。安全ピンで。」


 話が途切れ途切れだった。まゆみは何となくご不満だった。


「そ、その髪は自分で染めたの?」


「うん。」


 話がブツっと切れる。


「白狼くん、私に全然興味ないの?おにぎり何食べてるのとか。」

「は?あぁ・・・何の具が入ってるおにぎりなの?」

 棒読みで質問する龍弥。若干、まゆみの相手をするのが面倒になっている。


「えっと…。これは、あれ、中身食べ終わってた。何だったかな。ん?ごめん、忘れちゃった。」


「プッ。」


 龍弥は吹き出して笑った。


「マジ受ける。」


「え?!うそ、笑った?そんな顔するんだね。」

 まゆみは嬉しそうだった。紫のカラーコンタクトを入れた龍弥の目がふと柔らかい表情に瞬間だった。

 笑ったと言われてすぐに素の顔に戻した。見られたくなかったようだ。


「もう1回笑って。」


「やだ。絶対やだ。」


 不機嫌そうになる。思いがけず、まゆみの前で素を出したことに失敗したと後悔した龍弥。

 自然に笑う龍弥を見て、喜ぶまゆみ。


 そんな絡みを2階の教室の窓から菜穂は窓の淵をつかんで、見ていた。

「何見てるの?」

 今日はやけに杉本が絡んでくる。近くの席にいるためか、まゆみが菜穂のことを見てないからか可哀想に思ったのかもしれない。


「別に…。空は青くて今日はすごい暑いなぁって思っただけ。」

「ふーん…。」

 杉本は下をのぞくと中庭のベンチに龍弥とまゆみが座っているのが見えて、何となく悟った。


「あぁ、そういうことか。」


「え?何が。」



「雪田さんさ、龍弥のこと好きなの?」



「なんで?そんなこと聞くの?」



「オタクの勘?なんつって。」


「私、学校で交際相手は探さないって決めてるから。もし、他校に誰かいたら紹介してよ。」


 自分の席に座って、自分自身を納得させるかのように頷いて話す。


「なんか、家訓って感じの宣言だね。」


「私の中での決め事だから。ちょっと、トイレ行くから、ごめんね。」


 菜穂は、自分の気持ちに嘘ついているんだって最初からわかっていた。

 でも、そう言い続けないと、友達関係が崩れてしまう。

 駆け足でトイレの扉を閉めた。


 心臓が、気持ちと反対に早く打ちつける。

(落ち着け、落ち着け。私はこれで良いの。大丈夫。)


 深呼吸して、精神統一させた。

 トイレの個室の中に入っていると、手洗い場の方で女子たちが話しているのが聞こえた。


「ねぇねぇ、3組の白狼龍弥、見た?何、あの銀髪、今までと全然違うじゃんね。カツラだったって話でしょう。ちょっと気持ち悪くない?ピアスも大きく開けちゃってさ。マジビビったわ。」

「確かに…。全然気が付かなったよね。同じクラスのやつに聞いたんだけど、全然話とかしないし、メガネも分厚いのしてて、友達もいないらしいよ。それで、あの格好でびっくりするよね。でも、私、あのタイプ、結構好きかも。」

「え!智美はあんな感じが好きなんだ。意外~。前はどんな感じか知らないけど、やっぱやんちゃ系はモテるよね。石田紘也も結構、付き合った人多いらしいけど、すぐに相手されなくなるってさ。あいつはギャルタイプが好きって噂だよ。てか龍弥はどの女子がタイプなんだろうね。もう、意外と何人斬りしてますってやつかもしれないよ。隠してただけで。」


「あー、それ、言えてるかも。学校では隠して、外ではバリバリやるタイプっているもんね。年上好きとか。いや、1年 のイケメンレベル高くなったね。」

 笑いながら、トイレもせずに出て行く。化粧直しでもしていたのか。菜穂はそうっと個室から出ようとすると、次はまゆみと他の友達がやってきた。

 出るタイミングを失った。


「まゆみー、ずいぶん、白狼に積極的に動いてたね。お昼一緒に食べたんでしょう。どうだった?」


 2組のまゆみと仲が良い#坂本秋菜__さかもとあきな__#が声をかけていた。それともう1人、いろはと同じクラスの5組の#佐藤美鈴__さとうみすず__#が後ろから着いて歩いてきた。

 3人とも同じ中学の同級生だった。


「へへへ。まあまぁ。一緒にご飯食べられて良かったよぉ。龍弥の自然の笑顔が見られたしぃ、もうひと押しすればゲットになるかなぁ。」


「でもさ、白狼は、もともと陰キャラでしょう。まゆみあんまり、そういうの好きじゃないよね。大丈夫なの?」


「でも、今は違うじゃん。見た目は石田くんみたいじゃんよ。同じ空気感じるから、多分大丈夫かと…。」


「まゆみはすぐ、モテモテな男って分かると付き合うからなぁ。石田とも付き合ったんでしょう。すぐ別れたみたいだけど。」


秋菜が言う。



「…だって、あいつ、下手くそなんだもん。痛かったわ。まじで。」



「何が?」


美鈴は聞き返す。


「あれよ、あれ。すぐ、手つける感じ。前戯無しでさ。最悪だった。こっちも怒るとあっちもすぐ怒るし。やればいいってわけじゃないよね。」


「うっそ。最後までやったの?」
 

 秋菜は目を丸くして答えた。


「え、まぁ、最後までしちゃったけどさ。なんか、流された感じして…。やったらそれで完了。満足しましたって。一気に冷めたよね。付き合うって意味わからないみたい。」



「本当、レベルが高いお話でついていけないよ。私は、部活で忙しいからさ。」



 秋菜はため息をつきながら、持っていたくしで髪をとかした。


「まゆみは、顔、可愛いし、モテるからいろんな男子に言い寄られるはずなのにさ。何もアプローチされてもない龍弥に行くの珍しくない?待ってれば、すぐ彼氏できるタイプじゃん。」

 
 美鈴が不思議そうに言う。


「そこが良いんだよ。だめって言われた方が燃えない?」


「恋多き女の考え方には賛成できませんな。美鈴さん。」


「本当、秋菜さん。わかりませんよ。私はまだそこまでの領域に行きたくない健全な女子高生でいたいです。」


「もう、2人ともわかってくれないんだから、トイレ行っちゃうもんねぇ。」

 まゆみはバタンと個室に入って用を足した。

 菜穂はとっくの昔に用事が済んでいるはずだったが、まゆみが中に入ったのを見計らって手洗い場に行った。幸いにも、菜穂は秋菜と美鈴とは友達の関係ではないただの知り合いだったため、何も声はかけられないだろうとタカをくくっていた。

 さっきの3人の話を聞いて、何だかますます龍弥に近づけないなと末恐ろしくなっていた。


 自動で出る蛇口に手を伸ばして、泡を付けてゴシゴシと手を洗っていると。

「あれ、まゆみと同じクラスの…ごめん名前なんだっけ。」

 秋菜は、マスカラをつけていた手を止めた。

「あ、どうも。菜穂です。」

 声をかけられてしまった。冷や汗がとまらない。


「ごめんごめん、そうそう菜穂ちゃんだった。まゆみ、大丈夫かな。迷惑かけてない?」


「うん、全然、大丈夫。」



「迷惑ってどういうことよ、秋菜。」


 個室のドアを開けて出てきた。


「まゆみは、いろいろ構ってちゃんだからさ。菜穂ちゃん、気をつけてね。この子怒らすと大変よー。」


「あ、そうなんだ。」



「菜穂、秋菜の話にはスルーして良いからね。」


「あ、うん。わかった。」


 その場から逃げ出したい一心だった。


「菜穂、行こう。秋菜と美鈴は本当、いじわるなことしか言わないから。」


 急いで、手を洗って、菜穂の腕を組むまゆみ。

「う、うん。そうだね。行こうか。」

 とても小さい声で話した。

 感情を押し殺して話した。

 本当の自分を出すのが恐怖だった。

 秋菜と美鈴は手を振って別れを告げた。

 朝のおはようだけでまゆみと何も話すことはなかった菜穂は、昼休みの今、どうして絡んでいるのか不思議だった。


 放っておいたこと忘れたのかな。

 でも、自分も声かけなかったなと反省した。


「菜穂、私、頑張るから。白狼くんゲットするまでめげないよぉ。」

「そ、そうなんだ。うん、応援してるよ。頑張ってね。」


 なんとも言えない表情でガッツポーズを作り、まゆみを応援した。

 菜穂は、自分じゃない誰かになって演じているのがわかった。

 これは違う。本当の自分じゃない。

 本当の自分をさらけ出して友達を継続するには自信がなさすぎた。




午後の国語の授業が始まった。


 夏には、あまりにも暑くなると雨が土砂降りになることがある。
 
今、まさに遠くの方で雷が鳴り響いていた。


 ゲリラ豪雨だろう。


 菜穂は傘を持ってくるのを忘れていた。








 




















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