スノーフレークに憧れて

第18話

フットサルを試合を終えて、みんな帰りの支度をしている頃、
菜穂は、電話をして父の将志を呼ぼうとしたが、迎えに行けないと言われる。


「えー、なんで?」


『ごめん、おばあちゃんにずっと着いていないといけなくて、お母さんに電話したんだけど、もうお酒飲んじゃって車運転できないんだって。前もって菜穂の迎えを言っておかなかったんだわ。お母さんが、何か仕事で疲れたって言ってたからさ。菜穂、帰ってこれる?雨は止んでるみたいだけど…。』


 菜穂は、ラウンジにある自動販売機で電話していた。

 スマホをテーブルの上に置いて、半泣きの状態で、落ち込む。


 両親という後ろ立てがいてもどうしようもないこともあるんだとがっかりした。

 家までは、歩いて帰れる距離ではない。

 タクシーという考えもあるが、知らないおじさんとの空間はあまり作りたくなかった。


 その横を下野、滝田、龍弥の順で通りすがろうとする。


 下野と滝田の2人は会話しながら、まっすぐ外に出る扉に向かっていて、菜穂に気づかず、進んでいく。


 遅れて2人の後を追っていくとふと菜穂がいることに龍弥が気づいた。



「ん? 菜穂、そこで何してんの?トイレならあっちだよ。」


 立ち止まって、トイレを指差した。


「…どうやって帰ればいいかわからなくて…悩んでた。」



「何、泣きそうになってんのよ。お前、高校生だろ。」


 頭にポンと手を置いて撫でた。

 菜穂は手ににぎり拳の両手を口元につけていた。


「雨止んでるかな? 俺のバイクの後ろ乗ってく?乗るのに怖くなければだけど、ヘルメットもあるし。」


 言葉にならず、こくんと頷く。

 頬に涙の跡が残っていた。

 指で涙を拭う。


「やけに素直やね。」




「うっさい!!」




 龍弥の腰をバシッとたたく。


「送ってもらう人への態度なの?それぇ。」


 冗談めいて言う龍弥。


「……。」


「…悪かった。ほら、行くぞ。」



真剣な表情に冗談は言えないなと思った。


 ラウンジのイスに置いてたバックを背負って菜穂は龍弥の後ろを着いていく。


いつの間にか滝田と下野は早々に帰っていた。


 駐車場に出ると水たまりがたくさんできてはいたが、雨は止んでいた。


 屋根からしたたり落ちる雨粒が水たまりに落ちて波紋が浮かぶ。


 ポケットに入れていたバイクの鍵をつけてエンジンをつけた。

キックスターターペダルを勢いよく蹴った。


 龍弥はフルフェイスヘルメットをかぶった。菜穂には、半ヘルメットを渡された。


「これ、どうやってかぶるの?」



「はいはい。」

 
 龍弥は自分のヘルメットをかぶりおえると、ぱかっと小窓を開けて、菜穂の頭にヘルメットをパコっと被せた。


「あと、このベルトをカチッととめるだけ。よし、OK。はい、乗って。俺の腰つかまらないと後ろに倒れるかもよ。」


 龍弥はバイクにまたがり、手招きする。


「……。」


車に乗るならこんなに密着することないのにと少し後悔しながら、致し方なく、龍弥の後ろに乗って腰に数センチ両手を伸ばした。



「それじゃ、危ないっての。」



 ぐっと手を引っ張られて、腰に手を回す形になった。かなり近い。


 今更ながら、数分前の自分を恨んだ。



 なんでイエスと言ったんだろう。



 顔の色が熱が出てんじゃないかって言うくらい真っ赤になった。



 半ヘルメットでかなり見えるし、龍弥の方はフルフェイスヘルメットだから全然表情見えない。


何だかずるく感じた。


駐車場の街灯があったが、よく見えなかったらしく何も言われなかった。





「え、どこに行けばいいんだっけ、ウチってどこなん?」




「……高校の近くのコンビニらへん。」



「ああ、そう。」


 ハンドルを回して、方向転換し、アクセルを回した。


曲がるたびに後ろが気になるのか、龍弥は菜穂を手をこまめに元の位置に移動させていた。


 心臓の音がいつもよりも大きくて呼吸もきちんとできているかなと心配になった。



 約20分間、水たまりが時々ある道路をバイクに乗って進んで行った。もちろん車道を走っているため、時間は22時を過ぎていたが通りすがる車の人にチラチラとのぞかれた。

 結構恥ずかしい。

 夜でも街灯の灯りではっきり顔は見えていた。

龍弥は、後ろに人を乗せているという緊張感で運転するのは神経を使う。


 角曲がるたびに菜穂のズレた手を動かすには理由があった。



 バランスが崩れないように落ちないようにと細心の注意を払っていた。





菜穂の家の前について、ヘルメットを外した。


何も言わずに手渡した。


「ここがウチなのね。」



「あまりジロジロ見ないで不審者扱いするよ。」

一戸建ての家にぼんやりと灯りがついていた。ガレージには軽自動車の一台のみ停まっていた。

ジロジロするのはやめろと言われた龍弥は諦めてバイクに跨ろうとすると菜穂は龍弥のライダーズジャケットからはみ出るの服の裾をギュッと引っ張った。



「な、何?伸びるからやめて欲しいんだけど。」





「送ってくれてありがと…。」



「あ、ああ。何、チューでもしろってか。」



ずっと動かない菜穂は、数秒間固まってから素顔を見せた。



「はっ?!違うし、やめてよ。」



 半ば照れている。



「そうですね。俺ら別に付き合ってませんもんね。んじゃな。俺は帰るよ。」




不機嫌そうに言う。


バイクにまたがり、アクセルを回した。


雨上がりの路面はタイヤと水たまりを走る音が響いた。


右折するのを見送りとバイクの走行音が住宅街に響いた。


昔はこの辺で、バイクの暴走族がよく走っていたが、龍弥の乗るバイクの音は心地良く通り過ぎるまでいつまでも聞いていたかった。



 素直になれない自分に歯痒さを感じた。




***



「おはよう。」の挨拶が飛び交う教室で、菜穂はクラスメイト達がたくさん来ている時間に入った。


 遅刻ギリギリだった。


最近の朝は、何故かいつも龍弥の席の周りに女子たちが集まることが定番になったらしい。

 特に受け答えするわけではないんだろうけど、自然に龍弥の周りに人がいる。


もちろん、1番近くにいるのはまゆみだった。

その中にいるまゆみに挨拶するのは気が引ける。龍弥にも気づかれたくない。

 2人に見えないよう、後ろの出入り口から来たかわからないように座席に座る。


「あ、おはよう。雪田さん、昨日は大丈夫だった?」

 隣の席の悠仁が気を遣って声をかけてくれた。傘を借りていたことをすっかり忘れてしまい,家の傘立てに置いてきてしまっていた。

「あ!」

割と大きな声を出してしまった。

周囲にチラッと見られたが、何も言われなかった。


「木村くん、ごめんね。昨日、傘貸してくれたのに、持ってくるの忘れちゃった。明日忘れず持ってくるから。でも、凄く助かったよ。ありがとうね。」


「そうだろうなって思った。今日は凄い晴れてるもんね。良いよ良いよ。大丈夫、持ってきたらさ、学校の傘立てに置いて声かけてもらえる?ここまで持ってくるの大変でしょう。俺は、ほら、バックに折りたたみ傘あるからさ。」


「あ、そうなんだね。わかった。そうするよ。木村くんは、帰り、大丈夫だったの?折りたたみ傘ではびしょ濡れだったんじゃ・・・。」


「平気だよ。俺のウチは近くにあるから傘無くてもすぐ帰れるから。」


 木村悠仁は嘘をついた。本当は電車に乗らないと帰れない距離に家はある。しかも学校からの最寄り駅は約20分は歩いて行かないといけない。

 菜穂への優しさだった。


「そっか。ありがとう。」

 菜穂は安堵した。
 その2人の様子を人だかりができている前の席の龍弥が頬杖をついて隙間から見ていた。


(あいつら…何、話してんのかな。)



「ねぇ!?龍弥くん、聞いてる?」


「…聞いてない。」


「もう、昨日ねぇ、私たち一緒に帰ったんだよ。」


 まゆみは、取り巻きの友達にアピールした。

「え、そうなの?抜け駆けずるいよ。どうして、まゆみ、龍弥くんと一緒に帰ってるの?」

「だってねぇ、龍弥くん、私たち一緒に帰るだけじゃないんだから。ね?」

 左側にそっと近寄って龍弥の左腕を握る。

「は?」


まゆみは小声で

「キスした仲でしょう?」


「あれは事故だって。違うから。」


「え、何の話!?」


「私ね、実は龍弥くんと…。」

耳打ちで龍弥のファンクラブのような女子たちに報告するまゆみ。

 血相を変えて、驚く。

「嘘ぉ、やだー。何?まゆみ、龍弥くんと付き合ってるの?」


「さぁ?どうでしょう?」


「……。」


 勝手に事が進む。何を言いたくなかった。

 まゆみはニヤニヤして、あることないとこと根掘り葉掘りファンクラブリーダーのような#齋藤麻子__さいとうあさこ__#に報告する。


「そ、そ、それは本当なんですか?」

「龍弥くん、そうだよね??」


 質問の意味が分からず、面倒になって適当に答えた龍弥。それが引き金となって、学校中に噂が広がった。


 龍弥とまゆみは交際してるという流れになってしまった。

 返事もしてないし、告白してなければ、されてもない。

何がどうなってしまったか分からないが、周りの話ばかりがふわふわと伝言ゲームのように瞬く間に広がる。


まゆみはそれが作戦のようで、自分で核心をつく前に周りから攻めていくようだ。

 当の本人は訳がわからない。


 なんだかんだで、放課後になる。

 いつの間にか、教室から出て廊下を歩くと彼氏彼女らしくしなきゃと思ったまゆみが龍弥の腕をつかんだ。


「????」


急に腕つかむのには疑問符だった。

さっと腕を上げてまゆみの手を外したが、何回も同じようにつかもうとする。

何かのゲームをしているみたいだ。イライラして、頑張るのを諦めた。

 ため息をついて、くっついてくるまゆみとは会話するのをやめた。


ふと視線を教室を見ると、菜穂は杉本と何か話していた。木村の次は杉本かと、男子と会話してるのを逐一チェックしていた。


龍弥には見えていなかったが、杉本の他に石田紘也も話しかけていた。


「ねえ、雪田さん。山口さん、放っておいて大丈夫なの?あれ、暴走しているよね。嘘ついてるじゃん。」

 杉本は心配する。


「私、あんまり関係ないけどなぁ。」

 頭をぽりぽりかく菜穂。はっきり言って、学校では龍弥に関わりたくないし、まゆみの件に関してもトラブルが起きそうで極力避けていた。

「だって、雪田さん、山口さんの友達じゃないの?」


「友達っちゃ友達だけど…。」


「まゆみはさぁ、言っちゃうけど、いろんな男子に声かけるタイプだぞ。雪田知らなかった?」


机の上に少し座って話す紘也。
菜穂は帰る準備をしていたため、自分の座席の前に立っていた。手にはバックを持っている。

「え、まぁ、ちょっとずつ知ってきたけど、何だか私には手に負えないかもしれない。」


「友達ってなんでも話せるってことでもないんだな。俺も関係はないけどさ。元カレとしても手に負えないわ。白狼がかわいそうだけどな。」


「……雪田さん、外野のまま見守っていこう。手を出したら、きっと、とばっちりが来そうだわ。俺が声をかけておいて解決方法が変だけども。」


「それが最善だよね。多分だけど。」


 菜穂は、外側からずっと見守っていこうと思っていたが、まさか、内野側に行くとは思っていなかった。


 龍弥の不注意で、同じ土俵に入らなければならないとは思いもしなかった。



 結局のところ、言われるがまま龍弥はまゆみに腕をつかまれ、また一緒に帰ることになった。
 通学路にある墓地の通りでは、誰も人がいないと思ったまゆみは、龍弥を引き寄せた。


「ね、誰もいないよ。」


「ああ、そうだな。墓地だしな。午後は基本的にお墓参りはしないほうがいいって言われるしね。」


「学校の噂、知ってる?」


「何?」


「この墓地で愛を育むとずっと続くんだって、ジンクス。」


「へぇ、知らないなぁ。」


「なんか暑くない?台風過ぎたからかな。」

 
 まゆみはワイシャツのボタンを外し始める。


「昨日の続きしようよ。」


「…てか、始まってもないし。」


「嘘、冗談。もう、始まっているって。学校でもう、噂になっているし、うちら理想のカップルだってみんな言ってるもん。美男美女だってさ。」


「…それって言わせてんじゃねえの?って近いから…。付き合っているなんて言った覚えがないんだけどな。」


ジリジリと壁ぎわにせまるまゆみ。追い詰められる龍弥、後ろには墓地のブロック塀の囲いがあった。


 足元の石がずれる。砂利の音がする。


「わかった。んじゃ、今、相手してくれたら、もう近づかないよ。交換条件ってどう?」


 その言葉を鵜呑みにした龍弥。

 何もかも面倒になった。それが解放されるならと、歯止めが効かない。
 龍弥はヤケクソでまゆみの望み通りに上から順番に愛撫した。

 好きでもないのに、
 なんでこんなことしなきゃないのか。

 嫌なことから解放されるならそれでいい。


 ただ一心だ。


 人の言うことを鵜呑みにするのは疑う余地をしなかった。


 学校での龍弥は良い人を演じているから、多少言葉使いが荒くても、根っこの部分には優しさが残っている。


 結局、まゆみは龍弥に体を委ねた。
 事が済んで、満足したのか、舌なめずりをしたまゆみ。


(これで、1年の同級生イケメン全員制覇したわ。まずまず、石田よりうまいかもしれないなぁ。)

 まるで、女版吸血鬼のようだった。

 
 龍弥はまさか、初めてが外でしかもなんで好きでもないこの女としなくちゃいけないんだと後悔でしかない。


 ある意味ストーカー行為をやめてくれると言うんだから致し方ないのかと思っていた。


「明日もね。」


「ちょっ、話が違うっしょ。やめるって言ったじゃん。」


「交換条件はその都度変わるの。覚えておいて。」


「……。」


 反論する力もなかった。

 優しすぎる代償がここであらわれる。



 やっぱり、素顔は出すべきではなかったなと自責の念にかられた。



 まさか、この一部始終を見ていた近所の自治会長だった。

 近づくにも近づけなくて最後まで見学していたらしい。

 プライバシーの問題で録画や撮影はしてないと言う。


 制服でどこの学校か分かり、
 即報告された。




 全校生徒に知れ渡った。


 さすがに名前は公表はされなかったが、誰と誰がだといろんな噂が広がっていく。


翌日、まゆみはご機嫌だったが、龍弥は耳まで赤くして、そこからまた龍弥のだんまり生活が始まった。


 見た目は銀髪でピアスのままだが、反応は黒髪で眼鏡の頃と同じになった。


 取り巻き女子たちもさらりといなくなり、ファンクラブも姿を消した。


 噂は怖い。


 龍弥は女子を信じることを恐れた。

 
 そんな状況があろうと、まゆみは龍弥に近づいてくる。帰りに音楽を聴いていると、手元にスマホを持っていることに気づかれて、連絡先を交換しようと言うことになった。

本当は警戒してガラケーの連絡先を教えようとしたが、手遅れだった。

電話番号の他に、ラインも友だち追加させたいと言ってくる。

龍弥は招待画面を開き、QRコードを表示させて登録した。

登録してすぐにトーク画面を開くと友だち登録そのものが少ない龍弥のスマホ画面を横から覗いたまゆみは、菜穂の名前があることに気づいた。

一切話をしてないのになんで龍弥とラインの交換をしているのか許せなかった。


「ちょっと龍弥くん!? ラインに書いてる菜穂って雪田菜穂でしょ?なんで友だち登録してるの?学校で話したこともないのにどう言う関係!」



 まゆみは、怒りがおさまらなかった。
2人して自分に黙って言わなかったこと、友達だと思ってたのに信用がないなと思っていた。


「それは、部活一緒だから。」


まゆみは信じられないと言う顔をする。





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