スノーフレークに憧れて

第24話

窓が開いて、カーテンが揺れ動く静かな教室に1人だけ机に座って、眠っている女子がいた。

 左腕を伸ばして枕のようにして寝ている。

 風が吹き荒んでいても起きようとはしない。

 校庭からは、サッカーをする声や野球のバットでボールを打つ音が響いている。

 陸上部ではスタートの合図のホイッスルの音がして、走っている間にハードルがガコンと倒れているもあった。


 季節は7月の真夏で、外に出ると午後の4時だと言うのに太陽はまるで昼間のように輝いている。暑くてうだってしまう。

 今日は木曜日の写真部の部活の日だった。
 龍弥は、教室のロッカーに一眼レフのカメラを置いてきたことを思い出し、戻ってきていた。


 寝ていたのは、菜穂だった。


 今日が木曜日で部活があることを忘れていて、木村にサッカー部が終わるまで待っててと言われて、教室でぼんやり待っていたら、眠くなっていた。

 静かに眠る菜穂は天使のようだった。恥ずかしげもなく、顔をこちら側に向けている。


 菜穂の隣は木村の席だったが、拝借して、龍弥は隣に座った。


 何も話さず、静かにずっと見ている。部活があることを教えるか、そのまま寝かしておくか考えた。

 昨日のフットサルで、菜穂は、龍弥よりもいつもよりかなりハードに動いていたことを思い出す。疲れているんだろうと理解した。ましてや、学校では小テストのオンパレードだった。


 菜穂は、意外にも神経使いなんだろうと感じた。

 こうやって、目を瞑っている菜穂を見るのは初めてだったかもしれない。

 顔なんて普段じっくり見たことない、目を凝視して話すわけでもない。

フットサルでは、なにかしらの反応がある菜穂を見て遊ぶ龍弥。怒ったり、泣いたり、騒いだり、笑ったり。学校では見せない菜穂の顔で遊んでいた。
 それが面白くて行ってるようなもんだ。

 菜穂といる時の方がごくごく自然で、自分のありのままで過ごせるのだが、それがどんな気持ちでどんな状況でその時の龍弥にはまだ自分自身でも気づいていなかった。


 友達という枠組みを超えて、フットサルを教えるという立場でもない。

 恋人でもない。

 兄妹という関係でもない。

 ただ、同じ空間に一緒にいることが居心地が良かった。

 風が強く拭いて、窓のカーテンが大きく揺れた。ちょうどカーテンが菜穂の近くの席で覆った瞬間、龍弥は、無意識に寝ている菜穂の前髪に触れ、そっと額にキスをした。

 さすがに、何か温かいものが近づいた菜穂は、目を覚ます。

「…ん?」


 龍弥は、少し顔を離してそのまま寝起きの菜穂を見続けた。


「あれ、なんでここにいんの?」


「今日、部活ある日だから、カメラ取りに来てて…。菜穂は行かないの?」


「え、うそ。今日、木曜日?忘れてた。カメラ、家に忘れて来てるし。あ、木村くんにも連絡しないと…。あ、でも、いいや。今日、サボるわ。」


「…何、今の。コント?」

 龍弥は腹を抱えて、涙を流しながら笑う。

「え…。コントじゃないんだけど。ちょっと笑いすぎ!!!」

 龍弥の肩を叩いた。

 どさくさ紛れに笑いながら、ハグをする龍弥。

「あー、マジ、うける。これで生きられるわ。いや、ご飯3杯は食べられるな…。」

笑いながら、菜穂は龍弥に背中をポンポンと叩かれる。

 ハグされて、気が気で無かった。

 フットサルでゴールが入るたびにみんなにハグしてハイタッチしてが多いなってそのノリなのかって思いながら、顔を真っ赤にして、どんっと龍弥の胸をおす。

「あ、悪い。無意識にやってた…。」
 
 急に笑いからしゅんと冷静になった。

「やめてよ。」

 髪をかきあげて、手で整える。

 ポケットから鏡を取り出して、変な前髪になってないか確認する。


「…いつも鏡なんて持ち歩いてないじゃんよ。どんな心境の変化?」


「は?別にいいじゃん。関係ないじゃん。龍弥に。放っておいてよ。今日、部活サボるから、具合悪いからって先生に言っておいて。」



「やだ。」



「なんでよ。」



「言いたくない。自分で言えば?」


 突然、不機嫌になる龍弥。立ち上がって、机に置いていたカメラを持って部室に向かおうとする。
 
 菜穂に急に突き放された対応にイラ立つ。嫉妬心が生まれた。


「はぁ?!何なの。あいつ。勝手にキレてるし…意味わからない。もう、顔出して終わらせるから良いわよ。ったく。」

誰もいなくなった教室でブツブツ文句を言いながら荷物を持って、菜穂も部室に行く。

 行く途中で、スマホを確認し、木村に部活があったことをラインで送っておいた。

 今日は、初めて一緒に帰る約束していた。

でも、付き合うってどこからがはじまるのか、友達のくくりってどこからどこまでで、境界線が定かではなかった。


***

 「みんな集まってくれてありがとう。特に今日は活動内容決めてなかったけど、何か希望ある?」

 顧問の竹下先生は言う。


「お休みがいいです。」


「あ、それはちょっと。活動ではないですね。」

どっと笑いが起こる。


「はい! エアコンがあるところで作業がいいと思うので、現像作業が良いです。」

「そうですね。それはいいアイデアです。んじゃ、ペア組んでてください。順番に作業していきましょう。この間のバスケ部の写真のフィルムがあったと思うので、それを現像していきましょう。みなさん、現像のやり方わかりますか?わからない方から先にやってもらったほうが良いかも。」

「はい。俺、やったことないです。」

 龍弥は手をあげて返事する。

 写真は撮るが、現像はしたことはない。

「白狼くんはまだ無かったのね。んじゃ、1年生ペアってことで雪田さん。一緒に入って。」


 後から、部室に来ていた菜穂に声がかかった。


「え?私?」

 顔を出すだけのつもりががっつり参加する感じになった。


「雪田さんは現像したことあるでしょう?白狼くんに教えてあげてよ。」

「あ、はぁ。まぁ良いですけど。」
(なんで、1年の写真部は私らしかいないのよ!)


 竹下先生は現像室のドアを開けて、案内した。


真っ暗な部屋にぼんやりと小さな電球が付いている。


「現像する時はライトをつけると全部フィルムをダメにしちゃうから、ライトは1番暗いものをつけてね。あとは雪田さんよろしくね。私は残りの部員に指導しておくから。」


「はい。わかりました。」

 
 菜穂と龍弥は真っ暗な空間に2人きりにされた。


「なんでよりもよって、龍弥とやらなきゃないのよ。」

「そんなの知ったこっちゃねぇよ。良いから、現像のやり方教えろって。」

「それが、教えてもらう人の態度なの?」

「あー、すいません。教えてください。」

「わかりました。教えます。」

 菜穂はブツブツ言いながら、小道具の説明と一連の流れ作業を説明した。

「今回は簡単な紙焼きの手順を言うからしっかり覚えてよ。まずここに現像してあるフィルムをセットして、紙の大きさに合わせて顕微鏡みたいに調整する。これは真っ暗なところでやらなきゃいけないから探り探りね。この位置を覚える。今からやるぞって時に電気を消して、紙手探りで探して、ここに置いて、ボタンを押して、焼き込み。そして、焼いた紙を2種類の液体に付けて、乾かす。よく刑事ドラマとかでぶら下げてるの見たことない?あれだよ。それにしてもこの液体がさ、酢だから臭いのよね。手についたらずっと臭いから気をつけて。」



「刑事ドラマね…俺あまり見たことないけど、イメージはあるよね。犯人がストーカーする女性の写真を貼っている感じ。あれか…。ちょっと見えないからよく見せてよ。たださえ暗いんだから。」


「ちょ、どこ触ってるのよ!!」



「あ、事故だって、触りたくて触ったわけじゃない。暗いんだから仕方ないだろ。えっとこれが、調整する機械ね、そしてここのボタンでスタートか。」



 さっと菜穂の体をよけようとしたら、胸に当たった。触ろうと思って触ったわけじゃないのにご立腹の菜穂。
 過剰に反応する。


「わかった?一回やってみて、電気消すよ。」

 龍弥は一回聞いて覚えたらしく、テキパキとこなしていく。覚えは早いらしい。途中、真っ暗な中で菜穂にドンっと当たるとことがあったが、綺麗に現像できてるようだ。

 酢の液体に浸していると、白黒の味のある写真がだんだんと浮かび上がってくる。

 それは龍弥が撮ったスノーフレークの花の写真だった。菜穂がその現像フィルムをセットしておいた。



「初めてにしては、すごいじゃん。むらなく、現像できてる。私は失敗しまくったのに…。全体的に真っ黒にしたりとかあったから。1発でできるって…。」

 鼻に人差し指をこすってどんなもんだいと言う龍弥。

「これを要領よくやるっつぅもんよ。失敗も成功の元とも言うけど、俺は失敗しないんで…。」

「ドラマの真似しないで…。あと、できたら上にぶら下げて干しておきなよ。乾いてから持ち運べるから。」

「ああ。こんな感じだな。はい、出来上がりっと、ご指導がよろしいですね、菜穂先生。」


「そうでしょう、そうでしょう。当たり前じゃん。」


「てかさ、全然関係ない話だけど、菜穂、木村と付き合ってるの?」


 現像室から出ようとした扉に左手で押さえて開けないようにした。


「え? いや、本当に関係ない話だよね。」

 聞かれたく無かったことを遂に言われた気がした。

 なんで、今、ここで、言われなきゃないのかよくわからない。

 ぼんやりと着くライトで暗い上に顔がよく見えなくて、龍弥は至近距離で言ってくる。

 写真部先生モードから普通の菜穂に戻った。


「んで?どうなんだよ。」


「別に言わなくてもよくない?」


「こっちは聞いてるの。」


「…だってわからないから。」


「は?」



「木村くんに友達からの付き合いでいいからって言われただけだし、彼女かどうかなんて知らないから、付き合っているかなんて…。てか、近い!!」

 耳まで真っ赤にする菜穂。

 龍弥は曖昧な感じに腹が立ってくる。


「それって、告白されたんじゃねぇの?菜穂はOKしたのかよ。」


「え…それは…その…。てか、龍弥に言わなくても良いよね。プライバシーの侵害だから、本当にやめて。」


「関係なくねぇよ。」


「なんで?」


「…それは……知らねえけど!!いや、もういいや。ちょ、避けて!」


 また言いかけて分厚いドアを開けた。現像室の中は思ってた以上に暑かった。いや、緊張のあまり汗がしたたりおちる。

 龍弥は猛烈に恥ずかしくなって外に出た。また言えなかった。


 菜穂は、心臓がまだドキドキしているのを確認した。深呼吸して落ち着かせる。

 龍弥に今まで、人の恋愛事情に首をつっこまれたことない。

 むしろ、宮坂の事件があった時は助けてくれたが、今は別に嫌がることはされていないし、むしろ良い方向へ進みそうだが、それを気にするってことはどうなんだろうと変に龍弥を意識し始めた。


 自分は誰が好きなんだろう。

 


「部活お疲れ様。」

 昇降口で音楽を聴きながら、木村を待っていた。荷物を持って着替えたばかりの制服で、こちらに近づいてきた。額には汗がほとばしっていた。

「ごめんね、おまたせ。」

「全然、気にしないで。私も部活あったこと忘れてたから。ちょうどいい時間潰しになったの。」

「そうなんだ。んじゃ、行こうか。帰りってどっち行くんだっけ?」


「私はここずっとまっすぐ行くよ。木村くんは?」


「うん。電車乗るから駅方向まで歩くから。」


「え、うそ。前、近くって言ってなかったっけ。」


「あ、あれ、嘘。心配させないようにって思って…。実は電車乗るんです。」


「そうなんだ。ん?んじゃ、あの時の傘、帰る時大変だったんじゃない? いや、もう、本当にごめん。ありがとう。」

 顔の前に手を合わせて申し訳なさそうに謝った。

 木村ははにかんだ。ニコッと笑顔で菜穂を見る。

「雪田さんのためだから、気にしないで。俺がしたかったことだからさ。」

 何かが胸にグサッと刺さった。

 嬉しかった。

 木村の一言で救われた。

 その後、緊張しすぎてお互い何も話すことができずに途中まで一緒に歩いた。ゆっくりとした時間が流れていた。



 
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