スノーフレークに憧れて
第29話
花火を終えてすぐに、菜穂はいろはが寝ている部屋に移動した。ベッドですやすやと寝ているいろは。
菜穂は、現実を受け止められない心情が揺れ動く。
なんで、どうして、素直になったがいいとアドバイスを受けたのに素直になったらなって、あっさり突き放された。
何だか今になって涙が出てきた。
いろはのベッドの横に敷かれたふとんの上に寝転んだ。
壁をずっと見つめて、寝返りを何度も打ちながら、時間を潰した。
寝ようと思っても眠れなかった。
いろはのいびきが静かに響く。
その頃の龍弥もベッドで横になっていたが、あんなこと言わなきゃよかったと少し後悔した。
時間を巻き戻せるのなら、「俺のことはやめておけ」のところまで戻って、何も言わなければ良かった。
言ってしまったことで、胸がざわざわして、落ち着かなかった。
2人とも一睡もできずに朝を迎えていた。
午前7時。
スマホの目覚ましが鳴った。
いろはは、スヌーズ機能を停止して、腕を伸ばした。
「ふわぁーーー。」
いろはは口に手を当てて、大きなあくびをした。
「菜穂ちゃん、おはよう。よく眠れた?」
目をぱっちりと開けて、寝ながら、スマホの電子書籍の漫画を読み漁っていた菜穂に声をかける。
目が充血していて、
尋常じゃなかった。
目の下にクマが出来ていた。
「……まぁ、ちょっとだけ。何だか、いろいろあって眠れなかった。」
「ん?」
いろはは、菜穂の顔をじっと見る。
泣いたであろう涙の跡が筋になって残っていた。
「何かあった? 変な夢でも見たのかな?」
目やにのついていたところを人差し指でこすって菜穂は、はにかんだ。
「そうかも。怖いお化けに追いかけられる夢…だったかな。」
「菜穂ちゃん。無理しないで。笑えて無いよ…。」
無意識にまた頬に涙が伝った。
自分では笑ってるつもりでも、
体は正直だった。
いろはは、菜穂をそっとハグをして、
背中をそっと撫でていた。
温かくて、優しくて、嬉しかった。
いろはの優しさに触れて感動を覚えて、また涙がとまらない。
「いろはちゃん…。ありがとう。」
数時間前に出したかった涙が今たっぷりと流れた。
気持ちが落ち着いて、
乾いた服に着替えた。
いろはの部屋にハンガーで干してくれていた。
とても助かった。
服に着替えた後、
龍弥の部屋の前を通っていかないと
トイレに行けない。
菜穂は、少し緊張しながら、廊下を通ろうとしたら、人の気配がしない。
(いないのかな…。)
少し開いていたドアの隙間からそっと覗くとベッドの上のタオルケットがぐちゃぐちゃになっていた。
龍弥は部屋にいなかった。
「お?菜穂ちゃん、おはよう。昨日はよく眠れたかな? もしかして、龍弥を探してる?」
良太が菜穂の近くを通りかかった。龍弥の部屋の前でウロウロしているのが気になった。
返事を待たずに声をかける。。
「龍弥なら、早くにバイトに行くって出てったよ。ご飯いらないって。んー、30分くらい前だったかな。」
「あ、そうなんですか。確かにバイトあるって言ってましたもんね。」
「でもさ、龍弥、バイト行くのいつも8時まで行くんだけど、何か用事あったのかな?早すぎるよねぇ。今、7時15ふん…。」
良太は丸い掛け時計を指さして、言う。菜穂は、頷いた。
トイレだったことを思い出した。
「あ、お手洗いをお借りします。」
「どうぞどうぞ。」
良太は、両手で菜穂を誘導する仕草を見せた。
トイレに入って、改めて考え直す。
(きっと私のこと避けたんだ…。
気まずいから…。
来週からどんな顔で教室入れば
いいんだろう。
しかも席替えして、真隣だし…。
そこまで考えての返答だったのかな。
はぁ…。)
ため息が止まらない。
そもそも、
龍弥のことだけじゃなくて
父親のことが
すっかり解決したわけじゃなかった。
悩み事がさらに増えて、
頭にハゲができないか
心配になってきた。
****
すずめと鳩が交互に鳴く。
龍弥は朝早く、バイクに乗って、
昨夜、菜穂が1人で過ごした
公園のベンチに座って、
鳩にスナック菓子を与えていた。
あいかわず、鳩も見た目で判断するのか、お腹が空いてるにもかかわらず、食べようとしない。
チョンチョンと逃げるように
ジャンプして移動する。
鳩も人を選ぶらしい。
いつも来ているであろうおじいさんの持っている餌にはがっつり食いついていた。
「鳩にまで離れられるのか…。」
ベンチの後ろ側に両手をつけて天を仰いだ。
昨日と打って変わって、雲一つなく晴れていた。
夏ということもあってか午前7時でも、ギラギラと太陽が照り始めていた。
この時間でも20℃は超えている。
シャツをわさわさと動かして、風を送り込んだ。
ふと、鉄棒を見ると小学生らしい男の子がこちらを見ていた。
豚の丸焼きという格好の動きをしたり、おふとんと声を出しながら、ぶら下がっていた。
何となく、負けず嫌い魂に火がついた龍弥は相手をしてやろうと大人サイズの鉄棒をつかんだ。
見てろよっというような顔をして、男の子を見て、体を動かしてみた。
鉄棒競技技名として、つばめからスイングしたかと思えば、ひこうき飛びを披露してみせた。
まさかの拍手をされて、
照れてしまう。
鉄棒をやり終わった後に
ドヤ顔を披露しようと思っていた
龍弥は、やって良かったと
逆に思った。
さすがの男の子も小さいサイズの鉄棒でしていたため、がんばって真似しようとしていたが、筋肉が足りず、無理だと思って、諦めていた。
スマホの時計を見て、そろそろバイトに行く時間だと思い、名前の知らない男の子に笑顔で手を振って別れを告げた。
フルフェイスヘルメットをかぶって、バイクのエンジンをかける。
昨日菜穂と一緒に入っていた赤いトンネルくぐりには小さな女の子と男の子がキャキャといいながら、中で鬼ごっこを楽しんでいた。
小さいうちは無邪気で素直に遊べていいなと羨ましがった。
****
「菜穂ちゃん、またいつでも遊びにおいでね。これ、お土産。お母さん、お父さんによろしくね」
龍弥の祖母の智美は、どっさりビニール袋にお土産というおかずや果物をたくさん入れて渡してきた。
タッパに入ってるということは返しに来ないといけないんだと少しモヤモヤした気持ちをしながら、笑顔で受け取った。
「ありがとうございます。たくさん頂いて、申し訳ないです。ごちそうさまです。」
菜穂は龍弥の祖父の良太の車に乗せられて、家まで送ってもらった。
後部座席に乗った菜穂は、良太に話しかけられる。
「龍弥のやつはさ、結構面倒くさいと思うのよ。家族関係でいろいろあったもんだから、本音で話せるというか信用するまでに時間がかかる子だと思うのよ。喧嘩できるくらいの仲っていろはから聞いてるからさ、菜穂ちゃんは龍弥にとってはいろはよりも家族みたいになってると俺は見てるんだけど、どう?」
菜穂は気まずそうな空気を作りながら、無理して気丈にふるまった。
「いやぁ、それは、建前だと思いますよ。友達だから、放っておけないって私のこと見てるだけでお人好しなんじゃないですかね…。他にも女友達いるみたいですから…。」
龍弥の真実なんて見えてない。
むしろ見たくても見つけられない。
菜穂は口から出まかせのように適当に交わした。
「そうか…。場所ってここであってるかな?」
「はい、すいません。送って頂いて、ありがとうございました。」
ぺこりと頭を下げて、菜穂は車のドアを閉めて、憂鬱な家のドアを開けて中に入る。
乱雑したリビングは昨日のままの割れた食器が片付けられずに置きっぱなしだった。
(まさか、喧嘩続行中なのかな…。)
ガチャとリビングのドアが開く。
片付ける余裕もなく、ソファに座っていた菜穂は肩をビクッとさせた。
「菜穂?! あんた、どこ行ってたの??探したのよ。警察にも届けようか迷ってたくらいで、お父さんが、やめておけって言うから、待ってたけど…。」
母は、菜穂をぎゅっとハグをした。
「無事で良かった。」
「うん…。」
「昨日はごめんね。お父さんと喧嘩しちゃって…私、どうしてもあの事があってから心配で心配で…。思わず、皿とかコップとか投げちゃった。驚かせてごめんね。」
「お母さん、まだ消化しきれてなかったんだね。高級なバック買ってもらっても、確かに許されないよね。」
「そう!!本当そう。200万する、この仕事のバックをね、お詫びのつもりで買ってくれたけど、それでも過去の裏切りは隠しきれない事実だからね。忘れたいとは思うんだけど…これが出来なくて。お金では変えられないね。過去のことって…。」
母の沙夜は、食卓近くの下の方に置いていた仕事バックを持って説明する。
明らかに200万もの高い素材ではないんだろうけど、ブランドはそれくらい跳ね上がる。
定価で買っても買取が上がるものもあるものだった。
「…うん。そうだよね。いくらお金がたくさんあっても過去は戻れないもんね。お母さん、私昨日眠れなくて、今眠くなってきた。これ、友達の家に泊まったから、友達のおばあちゃんから頂いたお土産。」
「あら、タッパにきんぴらごぼうと、お赤飯じゃない。果物も高級なシャインマスカット、桃?随分、奮発しているわね。どこの誰なの?お友達の名前は?後でお礼の電話したいから。」
「えっと、白狼いろはちゃんのお家。ここからだと、あのセブンマートの裏の住宅地かな。自宅の電話番号はわからないから。いいよ、電話しなくて。もし行くなら、このタッパ、返すときかな。」
「あぁ、あの辺のお家なのね。確かに住宅密集地のところね。んじゃ、菜穂、お母さんの仕事休みの時に一緒にタッパ返しに行きましょう。お詫びとお礼しなくちゃ。」
「…うん。わかったよ。ごめん、寝るね。おやすみ。」
朝の9時、菜穂は、目をこすりながら、自分の部屋へと移動して、すぐに横になった。ずっと寝ないで過ごしたため、限界が来た。やはり、自宅が1番だと感じる。
将志は菜穂とは反対に今、目を覚ました。ベッドから起きて、リビングに向かう。
「あ、菜穂帰ってきたの?」
「うん。さっき帰ってきて、昨日眠れなかったら、今から寝るって言ってる。起きたらで良いから、あなたからも謝っておいてね。菜穂は、友達の家に泊まってきたんだって、ほら、これお土産も頂いて…逆に持っていく側なのに申し訳ないわよね。」
沙夜は、食卓に置いていたタッパを見せた。
「あー、本当だ。お赤飯も。助かるね。俺、赤飯好きだし。友達って?誰だったの?」
「えっと、白狼いろはちゃんだって。」
「え、白狼?いろはちゃん。妹さんかな? そうなんだ。あ、あれ?ん?伊藤だっけかな。白狼? 龍弥くんじゃないの?」
「え?何の話?」
「ほら、菜穂も一緒にフットサル連れてって仲良くしてるって言う龍弥くん。本人は彼氏じゃないんだって絶対違うっていうんだけど、喧嘩しながら、フットサルしてるからさ、仲良さそうにしてるんだよね。一緒だったのかなと思って…。」
「えー、そうなの?菜穂にも彼氏がいたのね。遂に菜穂も彼氏かぁ。いいなぁ、若いっていいなぁ。でも、いろはちゃんって言ってたよ。なんで、そんな嘘つくのかしら。」
「…龍弥くんと何かあったのかな。今度行って…って俺は行かない方がいいんだっけか。」
「そうね…その方がいいわね。でも、菜穂はフットサルに送迎してあげればいいじゃない。せっかくの彼氏かもしれない人、会わせてあげられないのは可哀想よ。自転車じゃ、夜道は危ないから。」
「はいはい。わかりました。そうします。それにしても、菜穂、昨日家飛び出して、全然連絡来なかったな。いつも帰りの時間とかまめに教えてくれてたのに…。」
「若い2人にはいろいろあるのよ。そっとしておきなさい!!その龍弥くんだっけ?今度、菜穂と一緒にこのお借りしたタッパ、返しに行くから、その時に確かめてくるわ。」
「うん。さりげなくね。俺から聞いたって絶対言うなよ?」
「わかってるわよ。」
沙夜は、タッパに入ったお赤飯を少し味見して食べてみた。ちょうど良い味付けで美味しかった。
作ったおばあさんの顔が見たくなった。
レシピを是非とも知りたいと感じた。
菜穂は、現実を受け止められない心情が揺れ動く。
なんで、どうして、素直になったがいいとアドバイスを受けたのに素直になったらなって、あっさり突き放された。
何だか今になって涙が出てきた。
いろはのベッドの横に敷かれたふとんの上に寝転んだ。
壁をずっと見つめて、寝返りを何度も打ちながら、時間を潰した。
寝ようと思っても眠れなかった。
いろはのいびきが静かに響く。
その頃の龍弥もベッドで横になっていたが、あんなこと言わなきゃよかったと少し後悔した。
時間を巻き戻せるのなら、「俺のことはやめておけ」のところまで戻って、何も言わなければ良かった。
言ってしまったことで、胸がざわざわして、落ち着かなかった。
2人とも一睡もできずに朝を迎えていた。
午前7時。
スマホの目覚ましが鳴った。
いろはは、スヌーズ機能を停止して、腕を伸ばした。
「ふわぁーーー。」
いろはは口に手を当てて、大きなあくびをした。
「菜穂ちゃん、おはよう。よく眠れた?」
目をぱっちりと開けて、寝ながら、スマホの電子書籍の漫画を読み漁っていた菜穂に声をかける。
目が充血していて、
尋常じゃなかった。
目の下にクマが出来ていた。
「……まぁ、ちょっとだけ。何だか、いろいろあって眠れなかった。」
「ん?」
いろはは、菜穂の顔をじっと見る。
泣いたであろう涙の跡が筋になって残っていた。
「何かあった? 変な夢でも見たのかな?」
目やにのついていたところを人差し指でこすって菜穂は、はにかんだ。
「そうかも。怖いお化けに追いかけられる夢…だったかな。」
「菜穂ちゃん。無理しないで。笑えて無いよ…。」
無意識にまた頬に涙が伝った。
自分では笑ってるつもりでも、
体は正直だった。
いろはは、菜穂をそっとハグをして、
背中をそっと撫でていた。
温かくて、優しくて、嬉しかった。
いろはの優しさに触れて感動を覚えて、また涙がとまらない。
「いろはちゃん…。ありがとう。」
数時間前に出したかった涙が今たっぷりと流れた。
気持ちが落ち着いて、
乾いた服に着替えた。
いろはの部屋にハンガーで干してくれていた。
とても助かった。
服に着替えた後、
龍弥の部屋の前を通っていかないと
トイレに行けない。
菜穂は、少し緊張しながら、廊下を通ろうとしたら、人の気配がしない。
(いないのかな…。)
少し開いていたドアの隙間からそっと覗くとベッドの上のタオルケットがぐちゃぐちゃになっていた。
龍弥は部屋にいなかった。
「お?菜穂ちゃん、おはよう。昨日はよく眠れたかな? もしかして、龍弥を探してる?」
良太が菜穂の近くを通りかかった。龍弥の部屋の前でウロウロしているのが気になった。
返事を待たずに声をかける。。
「龍弥なら、早くにバイトに行くって出てったよ。ご飯いらないって。んー、30分くらい前だったかな。」
「あ、そうなんですか。確かにバイトあるって言ってましたもんね。」
「でもさ、龍弥、バイト行くのいつも8時まで行くんだけど、何か用事あったのかな?早すぎるよねぇ。今、7時15ふん…。」
良太は丸い掛け時計を指さして、言う。菜穂は、頷いた。
トイレだったことを思い出した。
「あ、お手洗いをお借りします。」
「どうぞどうぞ。」
良太は、両手で菜穂を誘導する仕草を見せた。
トイレに入って、改めて考え直す。
(きっと私のこと避けたんだ…。
気まずいから…。
来週からどんな顔で教室入れば
いいんだろう。
しかも席替えして、真隣だし…。
そこまで考えての返答だったのかな。
はぁ…。)
ため息が止まらない。
そもそも、
龍弥のことだけじゃなくて
父親のことが
すっかり解決したわけじゃなかった。
悩み事がさらに増えて、
頭にハゲができないか
心配になってきた。
****
すずめと鳩が交互に鳴く。
龍弥は朝早く、バイクに乗って、
昨夜、菜穂が1人で過ごした
公園のベンチに座って、
鳩にスナック菓子を与えていた。
あいかわず、鳩も見た目で判断するのか、お腹が空いてるにもかかわらず、食べようとしない。
チョンチョンと逃げるように
ジャンプして移動する。
鳩も人を選ぶらしい。
いつも来ているであろうおじいさんの持っている餌にはがっつり食いついていた。
「鳩にまで離れられるのか…。」
ベンチの後ろ側に両手をつけて天を仰いだ。
昨日と打って変わって、雲一つなく晴れていた。
夏ということもあってか午前7時でも、ギラギラと太陽が照り始めていた。
この時間でも20℃は超えている。
シャツをわさわさと動かして、風を送り込んだ。
ふと、鉄棒を見ると小学生らしい男の子がこちらを見ていた。
豚の丸焼きという格好の動きをしたり、おふとんと声を出しながら、ぶら下がっていた。
何となく、負けず嫌い魂に火がついた龍弥は相手をしてやろうと大人サイズの鉄棒をつかんだ。
見てろよっというような顔をして、男の子を見て、体を動かしてみた。
鉄棒競技技名として、つばめからスイングしたかと思えば、ひこうき飛びを披露してみせた。
まさかの拍手をされて、
照れてしまう。
鉄棒をやり終わった後に
ドヤ顔を披露しようと思っていた
龍弥は、やって良かったと
逆に思った。
さすがの男の子も小さいサイズの鉄棒でしていたため、がんばって真似しようとしていたが、筋肉が足りず、無理だと思って、諦めていた。
スマホの時計を見て、そろそろバイトに行く時間だと思い、名前の知らない男の子に笑顔で手を振って別れを告げた。
フルフェイスヘルメットをかぶって、バイクのエンジンをかける。
昨日菜穂と一緒に入っていた赤いトンネルくぐりには小さな女の子と男の子がキャキャといいながら、中で鬼ごっこを楽しんでいた。
小さいうちは無邪気で素直に遊べていいなと羨ましがった。
****
「菜穂ちゃん、またいつでも遊びにおいでね。これ、お土産。お母さん、お父さんによろしくね」
龍弥の祖母の智美は、どっさりビニール袋にお土産というおかずや果物をたくさん入れて渡してきた。
タッパに入ってるということは返しに来ないといけないんだと少しモヤモヤした気持ちをしながら、笑顔で受け取った。
「ありがとうございます。たくさん頂いて、申し訳ないです。ごちそうさまです。」
菜穂は龍弥の祖父の良太の車に乗せられて、家まで送ってもらった。
後部座席に乗った菜穂は、良太に話しかけられる。
「龍弥のやつはさ、結構面倒くさいと思うのよ。家族関係でいろいろあったもんだから、本音で話せるというか信用するまでに時間がかかる子だと思うのよ。喧嘩できるくらいの仲っていろはから聞いてるからさ、菜穂ちゃんは龍弥にとってはいろはよりも家族みたいになってると俺は見てるんだけど、どう?」
菜穂は気まずそうな空気を作りながら、無理して気丈にふるまった。
「いやぁ、それは、建前だと思いますよ。友達だから、放っておけないって私のこと見てるだけでお人好しなんじゃないですかね…。他にも女友達いるみたいですから…。」
龍弥の真実なんて見えてない。
むしろ見たくても見つけられない。
菜穂は口から出まかせのように適当に交わした。
「そうか…。場所ってここであってるかな?」
「はい、すいません。送って頂いて、ありがとうございました。」
ぺこりと頭を下げて、菜穂は車のドアを閉めて、憂鬱な家のドアを開けて中に入る。
乱雑したリビングは昨日のままの割れた食器が片付けられずに置きっぱなしだった。
(まさか、喧嘩続行中なのかな…。)
ガチャとリビングのドアが開く。
片付ける余裕もなく、ソファに座っていた菜穂は肩をビクッとさせた。
「菜穂?! あんた、どこ行ってたの??探したのよ。警察にも届けようか迷ってたくらいで、お父さんが、やめておけって言うから、待ってたけど…。」
母は、菜穂をぎゅっとハグをした。
「無事で良かった。」
「うん…。」
「昨日はごめんね。お父さんと喧嘩しちゃって…私、どうしてもあの事があってから心配で心配で…。思わず、皿とかコップとか投げちゃった。驚かせてごめんね。」
「お母さん、まだ消化しきれてなかったんだね。高級なバック買ってもらっても、確かに許されないよね。」
「そう!!本当そう。200万する、この仕事のバックをね、お詫びのつもりで買ってくれたけど、それでも過去の裏切りは隠しきれない事実だからね。忘れたいとは思うんだけど…これが出来なくて。お金では変えられないね。過去のことって…。」
母の沙夜は、食卓近くの下の方に置いていた仕事バックを持って説明する。
明らかに200万もの高い素材ではないんだろうけど、ブランドはそれくらい跳ね上がる。
定価で買っても買取が上がるものもあるものだった。
「…うん。そうだよね。いくらお金がたくさんあっても過去は戻れないもんね。お母さん、私昨日眠れなくて、今眠くなってきた。これ、友達の家に泊まったから、友達のおばあちゃんから頂いたお土産。」
「あら、タッパにきんぴらごぼうと、お赤飯じゃない。果物も高級なシャインマスカット、桃?随分、奮発しているわね。どこの誰なの?お友達の名前は?後でお礼の電話したいから。」
「えっと、白狼いろはちゃんのお家。ここからだと、あのセブンマートの裏の住宅地かな。自宅の電話番号はわからないから。いいよ、電話しなくて。もし行くなら、このタッパ、返すときかな。」
「あぁ、あの辺のお家なのね。確かに住宅密集地のところね。んじゃ、菜穂、お母さんの仕事休みの時に一緒にタッパ返しに行きましょう。お詫びとお礼しなくちゃ。」
「…うん。わかったよ。ごめん、寝るね。おやすみ。」
朝の9時、菜穂は、目をこすりながら、自分の部屋へと移動して、すぐに横になった。ずっと寝ないで過ごしたため、限界が来た。やはり、自宅が1番だと感じる。
将志は菜穂とは反対に今、目を覚ました。ベッドから起きて、リビングに向かう。
「あ、菜穂帰ってきたの?」
「うん。さっき帰ってきて、昨日眠れなかったら、今から寝るって言ってる。起きたらで良いから、あなたからも謝っておいてね。菜穂は、友達の家に泊まってきたんだって、ほら、これお土産も頂いて…逆に持っていく側なのに申し訳ないわよね。」
沙夜は、食卓に置いていたタッパを見せた。
「あー、本当だ。お赤飯も。助かるね。俺、赤飯好きだし。友達って?誰だったの?」
「えっと、白狼いろはちゃんだって。」
「え、白狼?いろはちゃん。妹さんかな? そうなんだ。あ、あれ?ん?伊藤だっけかな。白狼? 龍弥くんじゃないの?」
「え?何の話?」
「ほら、菜穂も一緒にフットサル連れてって仲良くしてるって言う龍弥くん。本人は彼氏じゃないんだって絶対違うっていうんだけど、喧嘩しながら、フットサルしてるからさ、仲良さそうにしてるんだよね。一緒だったのかなと思って…。」
「えー、そうなの?菜穂にも彼氏がいたのね。遂に菜穂も彼氏かぁ。いいなぁ、若いっていいなぁ。でも、いろはちゃんって言ってたよ。なんで、そんな嘘つくのかしら。」
「…龍弥くんと何かあったのかな。今度行って…って俺は行かない方がいいんだっけか。」
「そうね…その方がいいわね。でも、菜穂はフットサルに送迎してあげればいいじゃない。せっかくの彼氏かもしれない人、会わせてあげられないのは可哀想よ。自転車じゃ、夜道は危ないから。」
「はいはい。わかりました。そうします。それにしても、菜穂、昨日家飛び出して、全然連絡来なかったな。いつも帰りの時間とかまめに教えてくれてたのに…。」
「若い2人にはいろいろあるのよ。そっとしておきなさい!!その龍弥くんだっけ?今度、菜穂と一緒にこのお借りしたタッパ、返しに行くから、その時に確かめてくるわ。」
「うん。さりげなくね。俺から聞いたって絶対言うなよ?」
「わかってるわよ。」
沙夜は、タッパに入ったお赤飯を少し味見して食べてみた。ちょうど良い味付けで美味しかった。
作ったおばあさんの顔が見たくなった。
レシピを是非とも知りたいと感じた。