スノーフレークに憧れて
第40話
会いたくないと行って走って
逃げるように龍弥の前から
いなくなってどれくらい
経っただろう。
見えなくなってからゆっくり歩いた。
パッと見た時は
フラッシュバックして
怖かった。
でもそれは一瞬で、
本当は怖いって思ったのは
池崎のことじゃなかったのかも
しれない。
龍弥が池崎のことばかり見て
自分を見てくれなかったことに
悲しかったから。
嫌いって、大っ嫌いって思った。
自分中心かと思ったら
周りのことよく見てて
あの人もこの人も、
考えなきゃって思ってて
そう考えれば考えるほど
目の前にいる菜穂を忘れていく。
本当はどこを見ているのか。
龍弥の企みは分かっていた。
菜穂のことを傷つけてしまうかも
しれないけど
池崎のことも助けたいって
言いたかったこと。
知っていたけど
言葉にあらわすのは
嫌だった。
自分がものすごく嫉妬してることに
気づきたくなかった。
龍弥自身、池崎と同じ状況になったと
聞いて、多分救いたかったんだ。
過去の自分が苦しかったから
同じ気持ちになって欲しくないって。
菜穂は知っていた。
龍弥が池崎を呼び出して一緒の
部活に入らせようと
考えているんだって。
優しい気持ちはすごい。
尊敬に値するし、
自分にはできない行動力だって。
でも、池崎の手によって
傷ついてしまった菜穂は
どこか腑に落ちない。
やっぱり警察に届けて
罪つぐなってもらったほうが
良かったのかな。
下唇を噛んだ。
でも、届を出すことによって
自分自身の恥ずかしい気持ちまで
さらすのが嫌だった。
裁くことがすべてではない。
思い出したくない過去を
引っ張り出したくない。
学校や家族に全て知れ渡る。
それが嫌だった。
犯人は知りたかったけど
そっとしてほしい気持ちもあった。
家に着いてすぐに
自分の部屋のベッドにドサっと
うつ伏せになって寝転んだ。
やっぱり家の中は落ち着く。
アクアソープの芳香剤の香りが
漂っていた。
スマホが鳴った。
うつ伏せのまま画面を見ると
龍弥の名前が表示する。
どれくらいまで鳴らし続けるか
少し待ってみた。
「……。」
体を起こして通話を押し、
スピーカーに切り替えた。
『菜穂?』
「うん。」
クローゼットから服を取り出して
着替えた。
『聞こえる?』
「うん。」
『さっきからうんしか言ってない。』
「はい。」
『そうじゃなくてさ。』
「……。」
『ごめん、電話切るわ。』
「待って!話聞くから。
何?」
『初めから話せって。』
「……今、服着替えてたから
遠かったの!」
『はいはい。』
「どうぞ。」
『明日、下野さんから
誘われてた
花火大会なんだけど
行くかなって思って。
でも、菜穂、
俺に会いたく無いって
言ってたから
断った方いい?』
「……。」
『断るね。ごめん。』
「行くよ。」
『いいよ、無理しなくて。』
「無理してない。」
『ああ、そう。
何か瑞紀ちゃんが浴衣着るから
菜穂も着てきてって下野さん
言ってたよ。
着ていける?』
「……気が向いたら着るから。
何時に行くの?」
『夕方5時までに現地で待ち合わせ。
4時くらいに迎えに行くよ。
仙台駅4時16分発だから
菜穂の家から間に合うよね?』
「うん、間に合うと思う。
龍弥は浴衣、着ないの?」
『俺は、いつもの服で行くよ。
持ってないもん。』
「1人だけ浴衣、恥ずかしい。」
『瑞紀ちゃんも着てくるってよ。
むしろ、
菜穂が着ないと着ないって
向こうも言ってるって。
ちゃんと俺が隣にいるから
着ておいで。』
「うー、うん。」
『あ、それと午前中、
サッカーの練習あるけど、
菜穂は休むの?
行く?』
「明日は、
ちょっとお休みしようかな。
恭子先輩に伝えといて。」
『ああ。適当に合わせておくよ。
んじゃ、おやすみ。』
「あ……。」
『なんかあんの?』
「ううん、なんでもない。」
『あー、今日は本当、ごめんな。
池崎のこと、菜穂の気持ち
理解できてなくて…
俺、池崎のことを他人事に
思えなくて助けたいって
考えちゃうんだよね。
だから、菜穂が傷ついていること
スルーしてたところあった。
痛いのに痛くないって
アドバイスしてるみたいで…
悪かったかなと。』
「うん。知ってたよ。
龍弥が考えそうなことだから。
…でも、私のことを放って
おかれてる気がして
悔しかったから、
何だか落ち着かなかっただけ。」
『俺、池崎を恋人とは
思ってないけど…。』
「そういうことじゃなくてね。
上手く言えないだけどさ。」
『好きって毎日伝えてても
伝わらないことってあるんだな。
帰るわ。』
電話の向こうでバイクのエンジンをかける音がした。
菜穂の家の近くでも同じ音がする。
菜穂は窓のカーテンを開けて
外を見た。
ヘルメットをかぶってバイクにまたがる龍弥がいた。
龍弥は、電話をかける前から
菜穂の家の前にいた。
直接会って、話そうと思ったら、
結局、きっかけをつかめなくて
電話だけになってしまっていた。
返事もろくにしてなかった菜穂は
後悔した。
玄関を飛び出して、
バイクに乗っている龍弥の横に
立った。
着替えた服は前にも見た水色の
ワンピースだった。
「それ、前にも着てたやつ…。
今頃気づいたのかよ。
ずっとここにいたのに。」
ヘルメットをかぶってまたがる
龍弥を横からハグをした。
「気づかなくてごめん。」
「俺が言ってないからな。」
「うん。」
菜穂の頭を撫でた。
「朝はゆっくり休んで、
夕方準備して待っててな。
俺は部活行ってくるから。」
「うん。」
「そろそろ帰るわ。んじゃな。」
龍弥はヘルメットの目元の小窓を
閉じた。
2段階でエンジンの音が変化した。
排気音が響き渡った。
まるで夏の虫のように鳴いている。
菜穂はどこか寂しげに
龍弥が見えなくなるまで見送った。