スノーフレークに憧れて

第41話

午前9時。
サッカーコートに部員達が集まった。
顧問の熊谷先生を中心に基礎練習と
部員同士での試合をしていた。

端っこの白いテントでマネージャーの
恭子が1人スポーツドリンクを作っていた。

「今日は、1人で作らないといけないのかぁ…。菜穂ちゃんいないの寂しいなぁ。」

 ブツブツ独り言を言っていると、コートの端の方で1人歩いてる人を見た。


「あれ、ん? あれって……。」


 恭子は気になって駆け寄った。


「池崎くんじゃん。
 あれ、入院中とかじゃなかったの?
 大丈夫?」

 暴行事件を詳しくわかっていない恭子はただ単に体調を崩して入院していると思っていた。


「……治療して、
 良くなった感じっす。」

 
 状況を読んで、合わせた返事をした。
 入院なんてしたこともない。
 
「そうなんだ。良かったね。
 何、復活するって感じ?
 白狼くんって知ってる?
 最近、部活に入ってくれたんだけど
 中学の時エースだったんだって。
 強力な助っ人来たから
 今年は県大会行けそうだよ。
 池崎くんも戻ってくればいいのに。」


「あぁ。そうなんすか。」


 池崎は、恭子と一緒にコートで動く部員たちの中に一際激しく、仲間に合図しながら、ボールをゴールに蹴っている龍弥を見た。

 チームをよく見ていて、
 1人でやっていない。
 パスを回して、声をかけて、
 立ち振る舞いもよく考えて
 やっている。


 サッカーはチームワークでする競技で
 1人独占で動いてはいけない。
 周りの状況をよく見ないと
 できない競技だ。

 池崎の場合は、ゴールすることだけ
 考えていて周りから反感買うことが
 多い。

 確かに攻め入るのも大事だが、
 1人ではできないのである。

 ゴールキーパーのことを見つつ、
 周りのチームの動きも
 把握しなければならない。


 サッカーが好きだ。
 でも、ボールを足で転がして
 ゴールにただ単に入れるだけなら
 1人で何度でもできる。
 
 他の人間のことも考えるなんて
 頭脳力がないとできないものだ。

 龍弥は、ボール以前に周りを
 よく見て、どういう動きをする人か
 まで確認してから相手が喜ぶことまで
 把握してからシュートに持ち込む。

 ある意味接待ゴルフならぬ、
 接待サッカーをしている
 ようなものだ。

 でも、自分のしたいシュートは
 やらせてもらうという良いところは
 しっかり頂くという戦略だった。

 チーム全体もまとまりがあった。

 龍弥だけじゃなく、
 木村も同じやり方でボール回しを
 することが多いが、
 龍弥ほどはよく見ていない。

 池崎のことも、そこまで把握し
 きれてなかった。

 把握できていたら、
 暴行事件まで達していなかったの
 かもしれないが、
 木村はそこまでの領域まで
 首つっこんで人のやり方を
 変えるとかしないタイプ
 だった。


 龍弥の場合は相手に変だなと違うなと
 思うことがあれば、
 すぐに言いに行くし、
 直すところは直そうと粘り強く人に
 対しても熱かった。

 比べたら、木村も人に言うが、
 良いところだけ褒めて
 ダメだと思うところはスルー
 している。

 キャプテンという肩書きがある
 3年の福田勇気はあくまで肩書きで
 ほぼリーダーとして活躍しているのは
 木村の方だった。

 まとめるのがうまい人に役回りを
 譲ろうと考えるキャプテンだった。

 木村が生徒会で留守の時だけ
 渋々、前に出て指示する役を
 していた。

「恭子先輩。うちのサッカー部ってキャプテンいるのに、何か木村がキャプテンみたいになっちゃってますもんね。
変ですよね。」


「まぁ、そうね。
 福田くん、ナヨっとしてるから
 自信ないのよ。
 木村くんは1年でも
 しっかりまとめ役してて
 すごいよ。
 今の時代は年功序列って
 無いらしいからね。
 できる人がやっていいじゃないの?
 熊谷先生が勝手に決めた
 キャプテンだから。
 …でも、今見てると
 木村くんより白狼くんの方が
 一歩リードみたいな様子よね。
 世代交代ならぬ、
 リーダー交代かしら。」


「……白狼が中学の時、
 リーダーしてたの知ってますから。
 俺、他校だったんですけど、
 中総体の試合で会ったんですよ。
 敵のリーダーでも
 俺にも挨拶してくれて、
 その時からずっと試合
 一緒にやってたんですけどね。
 あいつ、すごいなって思うっすよ。
 みんなのこと見てて、敵でもなんでも
 ちゃんと考えるって。
 普通、敵って言ったら、
 嫌な態度取りそうじゃないっすか。
 白狼は戦えることが嬉しいらしくて
 すごい笑顔で言ってくるんですよね。
 俺も、ああいう可愛げな性格に
 なりたいもんす。」


「池崎くん、どこをどう見て、
 白狼くんが可愛いの?
 結構、荒いわよ。
 口とか悪いし。
 ほら。」


「福田先輩、そっち違うって
 言ってんでしょうが!!」

「はぁ?」


「こっちパスくださいよ。」


「ったくよ。人使い荒いってーの。」

 そう言いながらもゴール前
 シュートにもち込んだ。
 なんだかんだでチームみんなで
 グータッチで勝利を喜び合った。

 なんだろう、この感覚はフットサルと
 同じじゃないだろうか。

 素の自分を学校でもかなり出せる
 ようになってきてるようだった。


 「口は悪いけど、
  ゴールにはシュートできてますね。
  言いたいこと言いまくってる
  ただのあほだったのかな。
  見間違いかな。
  俺の勘違いか。」

 池崎は目をこすった。
 確かに口が悪かったが、
 部員同士和気藹々と接してる。
 膝カックンしたりされたり、
 ポカポカ軽く頭を叩かれたり、
 両脇のこちょこちょ攻撃をされたり
 する龍弥。

 フォワードとしての指示は出すが、
 試合終わりの軽くいじられるのは
 多少受け入れているようだ。

 言葉が関係してるわけじゃない。
 相手を思って話してるのかが
 重要だったりするのかもしれない。


「お疲れさま~。」
 試合を終えて、コートの上にみな疲れて座っているところを恭子が飲み物を配りに行った。

 横で池崎もさらっと飲み物を
 配り始めた。
 
 変な空気が流れる。


「あれ、池崎? 来たんだな?」

 龍弥がタオルで汗をふきながら
 近づく。


「あ、ああ。ほら、飲み物。」


「さんきゅー。
 でも、女子からじゃないのって
 何かなぁ…。」


「贅沢言うなよ。」


「え、あ、君ら知り合いなの?」

 大友が声をかける。


「そう、大友覚えてない?
 中総体で試合した相手の選手。
 池崎が中心になってたやつ。
 あ、大友は名前知らないか。」

「うん。名前は知らなかったけど、
 顔は覚えてたかも。
 目の下のほくろ。
 珍しいし、まつげ長いなって
 いう感じで覚えてた。
 池崎だったんだな。
 ごめんな、気づかなくて。」


「いいよ、別に。」


「なんで、また。今日、来たんだ?」


 話を続けようとしたら、後ろから
 顧問の熊谷が声をかけた。

「あれ、池崎。もう、大丈夫なのか?」


「え、ああ、
 まぁ、そうなんですけど…。」


「先生!!すいません、
 呼んだの俺なんです。」


 龍弥が間を入って話し出す。


「え、白狼が? 
 何、知り合いだった?」

「中学の時にちょっと。」


「そうだったのか。」



後ろの方でキャプテンの福田と
他の取り巻きがコソコソと話し出す。

「ねぇ、なんであいつ来てるの?」


「しごいたの覚えてないのか。」


「よくのうのうと
 ここに顔出せたよな。」


「辞めたんじゃなかったのか。」



4人で話しているのを、龍弥は後ろから声をかける。

「何言ってるんですか?
 言いたいことあるなら本人に言えば
 良いんじゃないすか?」

「うわ、なんだよ。
 白狼びっくりするじゃねぇか。」

「いや、コソコソと話してるから
 どうしたのかなって思って。」


「いや、ムカつくんだよな。
 辞めたくせに来るから。」

 突然、大きな声で言う福田。

「なんで辞めたんですか?
 あれ、入院して辞めたんじゃ
 なかったんですか?」

 龍弥はどんどん質問する。


「あ、あのね、白狼くん。
 入院じゃないんだよね。」

 聞かれたくなかったのか、
 モゴモゴする福田。

 近くにいた顧問の熊谷が、
 まずいと感じたのか口を挟む。

「池崎は、病気で入院して、退部になったんだ。そうだよな?池崎。」

 うまく丸めようとするという魂胆か。
 熊谷先生も理由を知っているはずだ。 

「……。」


「俺、本当のこと知ってますよ。
 暴行事件あったって。
 本当ならば、警察に届けなきゃ
 いけないレベルだったん
 じゃないっすか?
 袖で隠してるけど、刃物で怪我
 させられたみたいで。」


 池崎は真夏だというのに
 長袖の白いシャツを着ていた。
 ハッと気づいて、まくっていた袖を
 のばした。


「どうしてそれを。」


 熊谷先生は隠していた事実を暴かれて
 目を丸くした。


「池崎から聞きましたよ。」


「警察には言いませんから
 条件があるんですけど
 いいですか。」


「え、それって脅し?」


「脅しも何も隠してる方が
 犯罪じゃないですか。
 お互いにWINーWINな関係で
 いたいじゃないですか。
 ねぇ、熊谷先生。」

「あ、ああ。条件って何だよ。」

「池崎を部活に
 もう一度入れてほしいんですけど、
 できますか。」


「本人が戻りたいって言うならば
 別にそれは。」


「池崎、どう?」


「……まぁ、戻れれば、
 戻りたいけど。」


「良いじゃないですか。
 それで大丈夫ですか?」


「あ、ああ。」

「一つ提案がありまして、
 俺がフォローするんで、
 池崎はミッドフィルダーじゃなく
 ディフェンダーで変更お願い 
 できますか?」

「俺が、ディフェンダー?
 やったことないけど。」

「まぁ、何とか大丈夫だから。
 あとで、教える。」


ミッドフィルダーは
中間の位置攻守
ともに貢献するポジションである。


ディフェンダーは
ゴールを守る役割がある。


龍弥は池崎が真ん中に
下がることにより、
チーム全体の役割を見てほしいという
考えがあった。


後ろから
チームワークを学んでほしい
という意味が込められていた。


「すいません、
 勝手に決めてしまって
 申し訳ないんですけど、
 もし池崎がミスしたりしたら、
 俺に言ってください。
 教え方が間違っていたことで
 俺のミスになるので、 
 よろしくお願いします。」

部員全員に声をかける龍弥。
何となく、保護者のようなセリフで
複雑な表情を浮かべる池崎。

「まぁ、それなら別にやりやすいか?」

「直接あいつに言わないなら
 ストレスも減るか。」

「こっちから言うとすぐキレて
 手に負えないからな。」


 血の気が多かった池崎のようだ。
 指摘すると自分は悪く無いって
 怒る始末。
 性格が見えていた龍弥は対策を自分が
 引き受ける形で部員全員が
 納得していた。


「それならOKっすね。
 よし、池崎、来週から
 部活に来いよ。 
 な?」


龍弥は池崎の肩をぽんと軽く叩いて
励ました。

池崎のことは解決したが、菜穂のことは
大丈夫かなんて、その時は頭になかった。


とりあえず、
一件落着したなとほっとした
龍弥だった。

ベンチで汗を拭く木村は
本当に大丈夫かなと心配になって
龍弥と池崎を見ていた。


龍弥は本当の池崎の性格を知らないんじゃないかと思った。



太陽がギラギラと真上で輝いていた。



今日は雲がひとつもなく、
じわじわと暑かった。
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