スノーフレークに憧れて

第42話


 天井から吊り下げた水色と青色のサンキャッチャーがキラキラと輝いていた。窓の近くには金魚のイラストが描かれた風鈴が心地よくなっている。今日は割と涼しい方だった。窓を開けて、扇風機をつけてちょうど良い気温だった。ベッドに寝転んで、スマホで電子漫画を見て時間を潰す。約束の時間まであと1時間。体を起こしてクローゼットをみる。菜穂のクローゼットには浴衣が2種類掛けられていた。母に買ってもらった紺色に朝顔のイラスト浴衣と祖母からのプレゼントの紫と藍色の百合が描かれた浴衣どちらにするか迷っていた。母からのものは2年前、祖母からは昨年の夏祭りに買ってもらった。

 新しいのがいいか着慣れたものがいいか。サイズも体型は全然変化はないためどちらも着られるが。全身鏡にあてて確認する。ドアのノックの音が聞こえる。

「菜穂?お兄ちゃん、帰ってきたよ。おやつにスイカ買ってたから一緒に食べよう」

 母の沙夜が階段をのぼってきて菜穂を呼びに来た。8歳年上の兄の雪田恭次郎(ゆきたきょうじろう)が、たまたま実家に帰ってきたようだ。現在独身で会社員の恭次郎は、時々土日休みを利用して、実家に帰ってくることがあった。リビングに行くと麦茶を飲んでいた恭次郎がソファに座って斜め後ろに振り向いた。


「よぉ、菜穂、元気にしてたか? 高校生活はどうなんだよ」
「普通です」

 少し離れた向かい側のソファに座る菜穂。


「普通か。彼氏はできたのか?」
「放っておいて。恭兄こそ、彼女はできたの? ずっと独身じゃ、お母さんが悲しむよ?」
「まぁまぁ、俺のことはいいんだよ。仕事が恋人だから」
「よく言うセリフね。ただモテないだけだったりして」
「はいはい。勝手に言っておけ」
「なになに、恭次郎。遂に結婚相手見つけたの?」

 沙夜が切り分けたスイカをトレイに乗せて話に割って入る。沙夜にも麦茶を用意していた。

「どこをどう聞いてそうなるのよ」
「だって、今、恋人がどうって言ったじゃない」
「聞き間違いだよ」
「なんだ、期待して損した。今じゃ、マッチングアプリとかあるじゃない? そういうの使ったりしないの?」
「俺には間に合ってるから大丈夫」
「でも、そこは菜穂の方が早いわよねぇ。彼氏いるんだもんね」
「あ!!お母さん、言わなくていいよ。別にそれは」


「どうして?!いいじゃない。お兄ちゃんより早いわよって見せびらかせば!」
「何!? どこの馬の骨だ。菜穂の彼氏になるやつは」
「だって、ちょうど今日、お祭りに行くんだって張り切ってたじゃない。いいなぁ、高校生デート。お母さん、学生の時は
 彼氏いなかったからなぁ」
「あー、余計なこと言ってくれちゃって……」

 菜穂はがっかりした顔してスイカをスプーンでゆっくり食べ始めた。

「今日、ここに来るの? 菜穂の彼氏が? それは顔を見ておかないとだな。俺が菜穂に相応しいか判断してやる」
「お兄が判断するなって、彼氏でいいかどうかは私が決めるんだから、勝手にしないで」


 リビングのソファで小競り合いが続く。そんな、久しぶりの兄と妹の喧嘩が繰り広げられたかと思うと、インターフォンが鳴った。 時刻は午後3時40分。菜穂は母の沙夜が頼んだ通販の荷物で宅急便が来たんだろうと予測していたが。

「なんだ、噂をしてたのよ。ぜひ、中に入ってスイカでも食べてって。ちょうど菜穂の兄も帰ってきてたから」

 そう言いながら断れきれずスリッパを履いて中に入ってきたのは、龍弥だった。青系のデニムダメージジーンズ、脇にぶらさげたウォレットチェーン黒の大きめの半袖シャツを着て耳にはいつもピアスをこれでもかとつけてきていた。髪は黒色のままだった。


「お邪魔します。白狼龍弥です」


 ぺこりと恭次郎に声をかける。大学時代にラグビーをしていた恭次郎はドンと体格が良く、筋肉質で龍弥も背が高いがそれ以上に恭次郎も背が高かった。大きさ比べしようと考えたのか恭次郎は龍弥の前に静かに立ち上がった。

「菜穂の兄の雪田恭次郎です」
「お兄さんでしたが、初耳でした。菜穂から一回もお兄さんの話を聞いていなかったので、すいません」

 空気が重くなるのを感じた菜穂は、龍弥の横に近寄って小声で。

「あれ、時間早くない? 4時頃って言ってたよね。私、まだ浴衣着てないよ」
「ごめん。午前中、部活でかなり汗かいて危なく昼寝しそうだったから眠気飛ばすのに早く着いた。さっきライン送ったんだけど、見てなかった?」
「あ、そうだったんだ。ごめん、ライン、今、見た。本当だ、送ってたね」

 菜穂はポケットに入れたスマホを確認した。恭次郎はソファに座り直して麦茶を
 一気飲みした。

「んで、菜穂の彼氏だって?」
「あ、ちょっと待って。私、浴衣に着替えなくちゃいけないから部屋に戻るね。恭兄、龍弥の相手、してて」

 逃げるように菜穂は部屋に足早に移動した。龍弥は逃げる菜穂に手を伸ばしたが遅かった。

(マジかよ。いや、お兄さんと何話せって言うんだよ。菜穂ー!この睨み、今にもタックルして来そう。怖い~)
「ほらほら、白狼くんも遠慮しないでソファ座って。スイカ切って来たからぜひ食べてってね」
「あ、ありがとうございます。お構いなく……」
「んで、菜穂とはいつから付き合ってるんだ?」

 まるで取り調べをされている気分になる龍弥。

「えっと…そうですね。先月からでしょうか」
「そうか。まだ日が浅いな」
「友達になったのは5月頃からなので2ヶ月くらいは経ってますね」
「ほぉ~。君さ、そのピアス、自分で開けたんか」
「は、はい、そうですね」

 叱られるのかドキドキして体が硬直する。話を遮るように沙夜がフォローする。

「白狼くんね、毎日学校からウチまで菜穂を送って帰ってきてるのよ。すごい優しくてね。助かってるわ。最近は不審者多いから、本当ありがたいわよ」
「……それくらいは彼氏になったら当たり前だろ。母さん」
「そ、そうかしら。でも、なかなかね送るっていうのも大変じゃない。帰りは1人になっちゃうし車で送ろうかって言うんだけど
 いつも断られてね。しっかりしてるわよ」
「あ、ありがとうございます」

 麦茶をいただいて、お辞儀をする。

「それで、そのピアス何個開けたわけ?」
「全部で5カ所ですね。安全ピンで」
「うわ、痛そう……。俺には無理だわ。体当たりとか平気だけど
 その小さい穴とかの方が怖い」
(規模が違うわ。むしろ体当たりの方が生傷半端ないって。大丈夫か、このお兄さん)
「そ、そうですか。今、耳鼻科でお金かかりますが丁寧に穴を開けてくれるところもあるみたいですよ」
「あ、そう。まぁ、興味はないんだけど」

 急に軌道修正する恭次郎。またピッチャーから注いで麦茶を飲む。冷や汗がとまらない。


「あのさ、菜穂のどこが好きなわけ」
「どこって言われましても……」
「お兄ちゃん、そんなこと聞かなくてもいいじゃない。2人の問題なんだから。そういうことは放っておきなさいよ」
「いや、大事だろ。本気か遊びかとか」
「まぁ、そうでしょうけど、白狼くんはそんな子じゃないと思うけどね」
「だってさ、こんなピアスしてチャラチャラしてるやつっていうのは大抵遊んでるのが大半だろ。
 だから本心を聞きたいの。なぁ?白狼だっけ。どうなんだよ」
「本気かどうかって言われたらまぁ、本気ですね。嘘はついてないです」
「ふーん」

 じーと龍弥の顔を間近で見る。後ろ頭で汗が尋常じゃないくらい
 流れていく。

「嘘はついてないみたいだな」
「そうよ、お父さんじゃないんだから」
「は?なんで父さん出てくる?」
「お父さんみたいにふわふわしてないってこと」
「父さん、そんなにふわふわしてたっけ」


「そうよ。母さん裏切るくらいね。」
「お母さん、ちょっとその話龍弥の前でペラペラ話さないでよ。お客さんでしょう」
「あ、そうだったわね。ごめんなさい。聞かなかったことに。……あら、菜穂、似合ってるじゃない」

 菜穂が浴衣に着替えて、髪はアップにして赤色のかんざしをつけていた。龍弥もたちあがり、菜穂の浴衣姿を見てどきっとした。


「馬子にも衣装だな」

 恭次郎がぼそっという。

「うっさい」


 恥ずかしそうに恭次郎の背中をたたく。


「似合ってるよ」

 龍弥は頬を少し赤くしながら言う。着ていたのは青と紫の百合が描かれた浴衣だった。

「ありがとう。そろそろ時間だよね。待ち合わせしているから行かないと」
「あ、うん。行こう。ごちそうさまでした」
「いーえ。また遊びに来てちょうだいね」
「はい。ありがとうございます」

すると龍弥は突然、恭次郎に首根っこをつかまれて部屋の隅に連れて行かれた。


「おい、白狼。絶対、菜穂を傷つけるんじゃないぞ。大事にできなければ
 俺はお前を絶対許さないからな」
「は、はい。わかりました」
「お前を認めるが、今後の行動次第でいくらでも変わるぞ。」
「あ、ありがとうございます!!!」


 深々と頭をさげて、逃げるように家を飛び出した。菜穂は龍弥の後ろを着いていく。


「お兄ちゃん、あまり脅さないで。菜穂のこと本当に大事にしてくれてるんだから」

 沙夜はヒヤヒヤした。

「だってよ、ああいうこと言わないと気持ちゆるくなるかもしれないだろ。
 喝を入れてやったんだよ」
「でも、恭次郎の言葉に揺るがないできちんと答えてくれたじゃない。いい子ね」
「まぁ、この後どうなるかわからないけどな」

 ため息をつく恭次郎。大事な妹に彼氏ができて少し寂しかった。小さい頃はお兄ちゃん大好きと近寄って来ていたのに。


***


住宅地横の通路を走った龍弥。落ち着いた頃に、息をあげて立ち止まり、両膝に両手をつける。


「なぁ、菜穂。なんでお兄さんいるの?」


 下駄を履いていて、うまく走れなかった菜穂は遅れて龍弥の後ろに立ち止まった。


「ごめん。ウチに帰って来てるのわからなくて、 
 ラインで連絡しておけばよかったね。てか、待ち合わせ時間早すぎだよ」
「突然だったの? て言うかさ、菜穂にお兄さんいるなんて聞いたことなかったんだけど」
「うん。言う機会がなかっただけだよ。お兄は社会人だし実家から出て、1人暮らしして滅多に帰ってこないし
 龍弥とも接点ないかなっと思っていたから」
「すっごいびっくりしたんだけど……。うわ、やべ、下野さんから電話だ」

 龍弥は息をあげながらポケットに入れていたスマホを取り出し、通話ボタンをおす。 

「龍弥くん?今どこよ。俺ら、もう、仙台駅のステンドグラスに着いているよ」
『すいません、今、ペデストリアンデッキにこれからのぼるところです』

 龍弥は電話をしながら、左手をのばして菜穂の右手を繋いだ。下駄を履いていて、うまく歩けなかった。菜穂の様子を伺いながら
 ゆっくり歩いた。


「もうすぐ着く? んじゃこのまま待ってるよ」
『わかりました』
「瑞紀、今、龍弥くんたち来るって」
「あ、そうなんだ。菜穂ちゃんは浴衣着てくれたかな」
「あ、聞いてない。多分、着てるんじゃないかな?電話の向こうで下駄の音聞こえたから」
「そっか。そういや、聞いてなかった。瑞紀の浴衣、どう思う?」


 瑞紀は黒の背景にすみれの花が描かれていた。帯は黄色かった。
 シックな色で大人っぽかった。

「うん。似合ってるよ。大人っぽいね!写真撮っていい?」
「こんな感じ?」

 ステンドグラスの前で下野は瑞紀浴衣姿を写真に収めていた。

「いいね。可愛いよ。あとで写真印刷しておかないと」
「やだ、恥ずかしいから。誰にも見せないでよ」
「見せないよ。俺だけ見るの」
「それもちょっとやだな」
「え、なんで、いいじゃん」

 じゃれあっていると手を繋いで慌てる龍弥と菜穂がやってきた。

「お待たせしましたー」
「ごめんなさい」
「やっと来た。待ってたよ。 菜穂ちゃん、浴衣着てきたね。良かった良かった。さてさて、電車乗りましょう。
 仙石線だから。Suicaにチャージは大丈夫?」

 4人は歩きながら話し出す。バックから財布を取り出した。


「お久しぶりです。しばらくお会いしてませんでしたね。元気してましたか?」
「元気元気。龍弥くんがサッカー部に入るっていうからみんな残念がってたよ。うちらのリーダーがいないって。」
「本当、本当。まとめ役がね。俺じゃみんな納得してくれなくて。困ったもんだよ」
「ハハハ、下野さん成長してないっすね」
「なんかイラッとする」
「下野さんはお笑い担当だから」
「そうそう、康二はね。そういうところあるからいいのよ」
「え?! 下野さんって康二っていうんですか?知らなかった。しかも、呼び捨てで呼ばれてる。ラブラブですね」
「え、菜穂ちゃん、俺の名前今まで知らなかったってこと? すっごい悲しいんだけど」
「いやぁ、いつも龍弥も下野さんって呼んでるからそれが定着しちゃっててごめんなさい」
「そういや、俺も忘れてた。康二だからこうちゃんでしたね。次からこうちゃんって呼んでいいっすか」
「瑞紀はいいけど、龍弥くんには呼ばれたくないな」
「こうちゃんって聞くと料理する人思い出しちゃうよ」
「確かに、あったね。地元放送の料理する人いたわ」
「て言うか、みなさん。早く電車乗りましょう。ほら、話してないで改札通って」
「ちょ、俺切符買ってくる」
「え、Suica無いの?」
「しばらく電車乗らないから。バイク移動多いし」
「時間ギリギリだよ、ほら急いで」
「はいはい」

 龍弥は1人、自動改札機に行って切符を買った。目的地は東塩釜駅だった。列に並んで買っていると、横に並ぶ女性に目が行く。ポニーテールに半袖、ショートパンツに横には彼氏のような背の高い男性が仲良く並んでいる。中学で一緒だった佐藤雫先輩に良く似ていた。横にいる男性も当時部活で一緒だったキャプテンにも見えた。龍弥はあえて、知っていたが、知らない人のふりして切り抜けようとした。


「あれ、龍弥じゃない? ねぇ」
「ああ。確かに。おい!白狼」

2人は龍弥がいることに気づいていた。

「あ、どうも。お久しぶりです。あれ、雫先輩、沖縄に引っ越ししたんじゃないんですか?」
「うん、そう。祖母家に帰ってきたの。あと、この人にも会いにね」
「あ、もしかして、お2人って」
「まぁ、そんなとこかな。龍弥くんはサッカーやってたの?」
「あ、すいません。今、連れがいまして、電車の時間、間に合わないんで、
 またの機会で失礼します。ごめんなさい」

 龍弥は改札口で手を振って合図する下野を見つけた。雫たちを振り切って、立ち去った。

「龍弥くん、またの機会って連絡先知らないんだけどさ。連絡の取りようがないよね」


「いいじゃね? 雫、しばらくこっちいるんだろ?また会うだろ」
「うん。そうだけど……」

 雫は走っていく龍弥の後ろ姿を見送った。その先には女の子と男性1人がいて、グループで行動していることが分かった。自分にはわからない世界があるんだなと感じた。

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