スノーフレークに憧れて

第50話


「お疲れ様でした。」


カラスが遠くで鳴いている頃、
夏ということもあり、
午後6時をすぎていたのに
日が落ちていない。


 サッカー部の部員達が着替えを終えて、それぞれに家路を急いでいた。



 菜穂は1人部室で応急処置セットやスポーツドリンクのピッチャーなどの片付けの後、掃除をしていた。



「雪田、
 なんで、1人?
 恭子先輩は?」


 ロッカーの扉を閉めて池崎は話す。


「え、恭子先輩は、
 今日急ぎの用事あるからって
 言って帰って行ったよ。」

 
 掃除ロッカーから自在ほうきを
 取り出す。


「私、1人で掃除です。」


 近くにあったスツールに
 池崎は座った。
 肩に掛けたバックを
 後ろによけて、立ち上がる。


「手伝うよ。」


 池崎は掃除ロッカーからモップと
 バケツを取り出した。


「別に良いのに、マネージャーの仕事
 奪わなくても…。」


「気にすんなって。
 いつも、雪田来る前、恭子先輩が
 1人でやってたからな。
 部員たちは今まで気づかずにすぐ
 帰ってたけど、掃除なんて
 誰やってもいいのにな。」

 そう言いながら、池崎は、
 バケツに水を入れて
 モップを濡らした。

「確かにそうなんだけどさ。
 てか、池崎くん、
 バックおろしてやったら?
 邪魔じゃない?」


「あ、それもそうだな。」


 モップを立てかけて、
 ロッカーの近くにある
 スツールにバックを乗せた。


 掃除していると菜穂は
 自在ホウキを伝ってしゃがんだ。


「ごめん、 
 手伝ってくれてありがとう。」


 感極まって、
 自在ホウキを持ったまま
 腕に顔をつけて泣いた。


 1人でやる掃除は
 本当は辛かった。


 龍弥もいないのに
 なんで
 マネージャー業務しなくちゃ
 いけないって
 子どもじゃないんだから

 わがまま言えないって
 わかっていても

 ずっと連絡取れていない。

 ラインもメッセージ送っても
 既読にならない。
 着信履歴もない。
 

 もうダメなんだろうなって
 思っていた。


 他の部員が帰って
 緊張の糸が解けたんだろう。

 
 池崎の前では話すことが増えて
 リラックスできていたからか。


「雪田……。」


 泣いているのを心配して、
 目線を同じ高さに合わせた。

 涙で前が見えない。
 呼ばれた方向に顔をあげた。

「え?」


 肩を池崎の胸に寄せられた。
 慰めるつもりだった。


「……!?」


 菜穂は突然のことで驚いた。
 あの時の匂い、感覚を思い出した。

 またナイフで刺されるん
 じゃないかという恐怖に包まれた。

 呼吸が荒くなる。

 フラッシュバックする。

 忘れていたと思ったのに。

 あの、黒い服、黒いマスク。
 
 今は違うって言い聞かせても
 恐怖の方が打ち勝った。


 菜穂は悲鳴をあげる。


 菜穂の足がバケツに足が当たって、
 水がこぼれる。

 
 その水を拭くという行為を
 することさえ
 できなくなった。

 自在ホウキも床に倒れたまま。


 菜穂は自分の荷物を持って
 部室から逃げ出した。


 電灯が光り出した通学路、走って
 無意識にある人に電話をかけた。
 


 嫌な気持ちをすぐアウトプット
 させてくれる人。

 全部、受け止めてくれる人。

 そばにいて
 話を聞いてくれていた人。

 全然連絡とっていなかったことを
 頭の中から忘れていたのか
 思わず電話をしてしまった。


 今は電話に出てくれないだろう
 なんて思っていない。


 それより何より
 今の自分を知って欲しかった。


 こんなに苦しくて辛いんだって
 助けて欲しかった。

 

***



  龍弥は緑の通話ボタンを押した。

  
 「……。」


 久しぶりに電話が来た。

 なんて話せばいいかわからなかった。

 でも、出てなかったのに
 今はどうして出たのか自分でも
 わからなかった。

 龍弥の中での第六感が働いたのかも
 しれない。


 息を吸う声が聞こえた。


「龍弥……。」


 龍弥はその一言聞いただけで、
 おろおろ声であったことに
 何かがあったと察した。


 龍弥は
 最後まで聞くことなく、
 返事することもなく、
 通話終了ボタンを押す。


「龍弥くん、試合しないの?」
 下野が聞いた。

「猛烈にお腹が痛いので
 今日は帰るっす!!」


 ベンチに置いてたバックを
 急いで持って、走り去って行った。


「どう見ても元気よさそうっすね。」


「だよね。
 ん~、もしかして、
 お呼び出しかな?」

 下野はなんとなく悟った。


「康二~、ほら、試合するよぉ。」

 瑞紀は下野に声をかけて
 試合を始めようとした。
 その声に滝田も反応して、
 コートに出る。


 バイクにエンジンをかけて、
 菜穂がいそうな場所に向かった。


 何も話してなかったが、
 多分あそこだなと予想していた。


 公園のライトが
 ぼんやりと光っていた。


 菜穂は龍弥の予想通り、
 公園のトンネル遊具の中で
 膝を抱えて座っていた。

 
 すすり泣く声が中で響いている。


 真っ暗な公園。
 女の子1人でいたら
 危ない。


 それでも、家には帰りたくない。
 変に親に心配させたくないのもある。


 泣きながら帰りたくない。



 膝の中に顔を埋めていた。


 しばらくすると
 隣に気配を感じた。


 トンネルからは
 顔は見えない誰か知らない人がいる。


 足音が聞こえて
 怖くなって
 静かに左の方にズレて移動して
 逃げようとしたが、
 足音が止まった。


持っていたバックで顔を隠した。

 右側から来るのかと怖がっていたら、
 左側からニュッと人影が見えた。


 龍弥だった。

 菜穂は知らない人じゃないと
 安堵した。

 
 遊具トンネルの中、
 隣同士に
 特に何か話をするって
 わけじゃなかった。


 泣いていた頬もだんだんと
 乾いてきた。


 何も言わず
 ただ、そばにいるだけで
 安心できた。

 
 さっきまであんなに泣いてたのに
 今度は顔がほころんだ。


 何も話さなくても
 通じ合えるってこと
 あるんだって感じた。


 何日間か連絡しなくて
 気まずかった。

 本当はやっと会えて
 すごく嬉しかった。

 座っていた脇に置いた
 不意に手が触れた。


 指一本ずつ、触っていく。

 手を繋いだ。

 
 気持ちが繋がった。


 龍弥は遊具から繋いだ菜穂の手を
 引っ張った。


 バイクに乗せていたヘルメットを
 かぶせて、後ろに乗るよう
 誘導した。


 話せないのは、
 自信がないから。

 また傷つけたらどうしよう。


 また離れたらどうしよう。


 話さなくても繋がれるなら
 それでもいい。

 
 どっちから話すのか。

 我慢大会しているよう。


 でも、今は
    怒ってもないし
    泣いてもない。 


 心は落ち着いていた。


 バイクで乗せられた場所は
 自然と龍弥の家にだった。


 テキパキとバイクをガレージに
 持っていく。

 龍弥は鍵をジャラジャラと音を立てて
 家の鍵を開けた。


(あれ、いろはちゃんと
 おじいちゃん、おばあちゃん
 どこに行ったんだろう?)


 一緒に中に入る気だと思った菜穂、
 玄関の扉を開けようとしたら
 中から鍵を閉められた。


 「え?! なんで?
  入ってダメなの?」


 「菜穂の負け!!!」


 「う、うそ。
  そんな、今の無し!!
  ずるい、それ。
  ありえない。」


 いつもの喧嘩が始まった。

 龍弥は菜穂から話すのを待っていた。

 意地悪をしながら、
 結局、菜穂を家の中に入れた。


「菜穂、家に連絡しておけよ。
 遅くまで帰ってこないの
 親が心配するだろ。
 てか、お兄さん、まだいるの?」


「え、もうとっくの昔に
 帰ったよ。
 まぁ、連絡しておくけど。」


「どうする?」


「え、何が?」


「今日、ばぁちゃんたち
 町内会の旅行でいないし、
 いろはは部活の強化合宿行ってて
 いないよ??」


「う、うそだー。
 新手の詐欺だ。
 そんな都合よく
 みんながいない日ある??」


「信じてないよね?」


 龍弥はリビングの壁に貼ってあった
 いろはの弓道部活動の予定表と
 祖父母の町内会の旅行のしおりを
 見せた。 

 
「うわ!?本当だ。
 そんな偶然があるんですねぇ。」


「んで?」


 龍弥は右手で後ろ首を触る。


 菜穂は見せられたプリントを
 顔の前に動かし、顔を隠した。

「ちょ、むり。」


「すっごい耳まで赤くして
 何を考えているんでしょうか?」


「教えない。」


「リッチ~~。」



「違うわ!!!
 それを言うなら?!あ?!」


「え?え?なになに。
 教えてください、先生!!」


「絶対言わない。
 絶対無理無理言えないから。」

数十分後。


「ねぇ、なんであんな拒否ってたのに
 一緒に風呂入ってんの?
 なんで、なんで?
 教えて。」


「べーつーにいいでしょう。
 汗かいたんだから。
 絶対こっち見ないでよ。」


「ち、いまさらだし。
 見てるわ。 
 もうすでに。
 隠したって遅いわ。
 そっちこそこっち
 来るんじゃねぇって。」

 龍弥は湯船に入る菜穂に
 お風呂をお湯をバシャバシャと
 かけた。


「ちょっとやめてよ!!」


「やーだーよ。」


「子どもか?!」


「それは誰でも誰かの子どもです!!」

「そう言うことじゃないって。
 わっ、何すんの。」


 龍弥は後ろから菜穂の体を
 ギュッと抱きしめた。


「俺、すっげー幸せだ。」


「そうですか…。それはよかったね。」


「菜穂は?」


「うん。」


「うんって何さ。」


「同じってこと。」


「ふーん。
 していい?」


「ここじゃ、ヤダ。
 のぼせる。」


「いいじゃん。」


「やーだって言ってんじゃん!!」


ベチッと龍弥の頬をたたく。


持っていたフェイスタオルで
隠す菜穂は
ささっと上がって
服に着替えた。


龍弥は不機嫌そうに頬を膨らませて
ボクサーパンツを履いて
フェイスタオルを頭に乗せた。

「はい、ドライヤー。」


 ソファの上にポイっと乗せた。

「これどこ、コンセント。」


「それ。」


「あー、これね。」


「ちょっと待って、
 制服じゃ暑いでしょう。
 服探してくる。」

 龍弥は自分のたんすの中から
 あれでもないこれでもないと
 探して見つけ出した。


「はい、これ。」


「え、ワイシャツ?
 制服と変わらないじゃん。
 自分の着るからいいよ。」


「これ、
 俺のワイシャツで大きいやつ。
 着て欲しいんだよ。
 着てよ。」

 めっちゃ子どものようにわがまま。

 どこの情報か彼女に
 自分の大きなワイシャツを
 着せたいって言うのが萌えるとか
 言う人がいるらしい。

 ため息をついて諦めた。


「はいはい。わかりました。
 あっち見てて。」


「だからさ、さっき充分に
 見ちゃってるから気にしすぎだわ。」


 ブツブツ文句言いながら
 菜穂はワイシャツに袖に通す。

 着ている最中に
 ぎゅうーとハグをした。


「やっぱ、
 もう脱がすから
 着なくていい!!」


「は?意味ないじゃん。」


「もう連れてくわ。」


 お姫様抱っこして
 髪を乾かすのを
 後にして
 連れていく。


「ぎゃー、やめて、
 高い。」


 本当は嬉しい菜穂。


「騒ぐなって。」


 自分のベッドにそっとおろした。
 菜穂はすぐにふとんに隠れた。

「やだ、見ないで。
 電気眩しい。」


「電気消すから。」


「絶対やだ。」


 寝袋のように
 ぐるぐる巻きにした菜穂。


「まきすかよ。
 太巻きになるんですか?」


 くるくるとふとんをほどく。


「みーつけた。」


「かくれんぼじゃないよ。
 もうわかってるじゃん。」


「しっ。鬼に見つかるよ。」

 口に人差し指を当てた龍弥。
 ハッと静かになった。

 菜穂は仰向けに
 龍弥は菜穂の両肩のそばに
 それぞれ
 手をおいて
 顔を見つめあった。
 
 目をつぶる。

 額にキスしたら
 ぶーと頬をふくらませる人がいる。

 クスッと笑って
 はいはいと言う龍弥。
 
 菜穂は両手で
 龍弥の後頭部をおさえながら
 自分から顔を持っていき、
 キスをした。


 その後は2人は夢の中にいるくらい
 幸せな気持ちが続いていた。


 やっと繋がって心が高揚した。


 大きさが違う手と手の重なる肌感触、
 
 お互いの体が繋がった時の温もり、
 
 爽やかな匂い、すべてが愛しかった。

 
 生きていてよかったと
 感じた瞬間だった。
 


****


 チュンチュンチュンと
 スズメが朝を知らせてくれた。

 スマホのアラームは
 つけていなかった。 


 菜穂はまだ寝ていた。
 アライグマのように両手を握って
 眠っていた。

 髪を撫でて、ギューとハグをした。
 まだ起きていない。

 耳の端っこを舐めた。


「やーーーめーーてーーー!!」


「うわ、こわっ。」


 叩かれると思い、 
 慌てて龍弥はその場をよけた。

 セーフで当たらなかった。

 と思ったら、結局はスネを足で
 蹴られた。

「いったー。ちょ、まじ勘弁して。」


「そっちが悪い。」

 ものすごく機嫌悪そうに
 菜穂はハンガーにかけておいた
 服に着替えた。

 龍弥も足元にあったシャツと
 ハーフパンツズボンに足を通した。


「今、朝ごはん準備するから、
 待ってて。」

「え、何?
 ごはん?
 なんだろう。」


龍弥はフライパンに 
卵をカンカンと2個割って 
ウィンナーを6本入れた。


「何作ってるの?」



「目玉焼き。ごめん、
 2つとも黄身が割れてるわ。」


「いいよ。
 私はなんでも食べられるから。」


「そうなんだ。よかった。
 これヤダとか言われるかと思った。」

「龍弥じゃあるまいし、言わないよ。」

「は?」

「ひ?」

「ふ?」

「へ?」

「ほ?って、何言ってるんだよ。
 食べるよ。ご飯。
 小学生じゃないんだからさ。」

「はいはい。」

「はい は、
 1回って教わりませんでしたか?」

「そうですね。」

 どっちがお母さんで
 どっちがお父さんか
 わからない対応だった。

 おままごと遊びをしているようで
 終始2人は楽しそうだった。



 このまま時間が止まればいいのに
 感じる瞬間だった。







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