何の話だっけ?
「でも、もし俺が魚のオスだったら、鮎魚女じゃなくて、アゴアマダイかな」

「アゴアマダイ? 聞いたことない。どんな魚?」

「口のでかい魚」

「でも啓ちゃんさぁ、どっちかっていうと、口は小さい方だよね?」

 奈緒は視線を啓司の口に移動させる。
 小さめで子供のように薄い啓司の唇は、奈緒のお気に入りパーツだった。

「いや、そこじゃないよ。アゴアマダイのオスは、メスから卵塊を受け取ったら、口の中いっぱいに詰め込んで孵化するまで守るんだって」

「えーっ!? 口の中で?」

 その様子を想像した奈緒は、苦しげに表情を歪めた。

「当然その間はエサも食べられないから、孵化する頃にはオスはゲッソリなんだって。子供にかける愛情がすごいだろ?」

「へえ、命懸けじゃん。すごいね! 啓ちゃんイクメン(●●●●)だねえ」

「いや、まあ、魚の話だけどな……」

「分かってるよ。だって啓ちゃんは、たった十個の卵も守れないじゃん」

 悪戯な笑みを浮かべながら奈緒はそう返した。

「さすがに俺の口に十個の卵は入んないよ。……けど、奈緒のでかい口になら入んじゃないの?」

「そんなわけないでしょ!」

「ほら、この唇!」

 不意に啓司から唇を摘ままれてアヒル口にされた奈緒は、目をしばたたかせる。

「やっぱカモノハシにそっくりじゃん!」

「もうっ、啓ちゃんひどーい!」

 茶化された奈緒が勢いよく振り上げた拳は、即座に啓司の大きな手の平で包まれた。

< 5 / 6 >

この作品をシェア

pagetop