出戻り王女の恋愛事情〜人質ライフは意外と楽しい
「全部残りの金と共に用意してもらおう」
およそ二十ほどの品目になった。
「りょ、了解した。出来るか?」
あまりの要求の多さに国王が宰相に尋ねる。
「な、何とか…」
「俺たち一族が長年国土を守ってきた。この前の戦争も、俺たちがいなければ、今も続いていただろう。エレトリカの国土は少しも侵略されていない。これくらいのものは用意できるだろう」
「それだけの成果を上げて、なぜ今まで一度も戦勝の宴に来られなかったのですか?」
彼らボルトレフ一族と会えるのは戦場でのみ。これまで一度も王都で彼らを見たことがなかったことに、ジュリアンが疑問を投げかけた。
「俺たちは奥ゆかしいのさ」
それが冗談だとこの場にいる者は皆思った。
「ここは笑うところだ」
まさか笑いを強要されるとは思わず、ぎこちない笑顔を浮かべあった。
「あんな戦場の何たるかも知らず、お気楽に過ごしている連中と一緒に何をすると? ここまで来るのだけでも時間がかかるのに、無駄なことだと思わないか?」
心から軽蔑した口ぶりだった。確かに安全地帯に居て、戦勝気分だけを味わう呑気な会ではあるが、そこまで言わなくてもと、ジゼルは思った。
「戦場に行くこと以外は、王命であろうと嫌なら従わなくていい。契約にはそういう条項もあった。ご先祖様も粋なことをされる。もっとも宮廷での作法など全くわからないというのが本音だっただろうな」
ここまではっきりと物を言う人間を、ジゼルは初めて見た。
「条件は以上ですか?」
ボルトレフ卿が口にした条件をすべて書き留めた宰相が、尋ねた。
「あと一つ。これで最後だ。そしてこれはすぐに実行してもらおう」
「な、何でしょうか」
全員がボルトレフ卿に注目する。
「先程の条件をすべて実行するまで、俺のところに誰かを寄越せ」
「そ、それは、よもや『人質』ということですか?」
「そうとも言うな」
ボルトレフ卿は組んでいた足を組み換え、どうだのめるか、と言わんばかりに見つめてくる。
「どうだ? 人選は任せる。ただし、ひとつでも約束が守れなかった場合、即刻首を跳ねるつもりだから、それ相応の立場の者でなければ納得しないがな」
「人質…」
「一晩待つ。その間に…」
「私が行きます」
ボルトレフ卿が猶予を与えるべく口を開きかけた時、それを遮ったのはジゼルだった。
「ジゼル、あなた…」
「姉上」
「ジゼル」
「王女殿下」
全員の視線がジゼルへと集まる。
「お前、今なんと…」
「私が人質になると申し上げました。父上」
「ジゼル、あなた自分が何を言っているのかわかっているの?」
「はい」
「自ら立候補するとは、面白い」
動揺する国王たちと反対に、ボルトレフ卿だけが愉快げに口角を上げる。
「この場にいる者の中で、そして今回のことに関して、私以上の適任はいないと思います」
父たちの顔を見渡し、最後にボルトレフ卿に視線を向けてジゼルは言い放った。
「ボルトレフ卿への支払いが滞ったのも、私が原因です」
「しかし、それは…」
「それに、父上やレディントンが行くわけにまいりません。残りの報酬のこともありますから。母上もジュリアンも、王宮にいてするべきことがたくさんあります。けれど、私には何もありません。王宮の奥深くでただじっと日々を過ごしているだけです。それなら、私が行くべきです」
ジゼルの主張に、誰も意義を唱えることが出来なかった。
「でも、ジゼル、あなた、ようやく公国から戻ってきたのに」
「わかった。では出発は明日の朝だ。日の出と共に城門の外で待っている。必要なら世話係を一名付けてもいい。それから我々は馬を走らせてきたので、王女様をお連れする馬車はないから、それもそちらで手配してもらおう。馬車を引く馬は先程の数とは別だ。ただし、御者は不要。こちらで対応する」
「ま、待ってほしい。明日の朝なんて」
あまりに急過ぎる出発に、国王たちが慌てた。
「荷物は移動の間に使うものだけでいい。来るときは三日で辿り着いたが、帰りはもう少しゆっくり移動するから、まあ一週間といったところか。荷造りにそれほど時間がかかるとは思えないが」
国王の言葉など無視して、ボルトレフ卿はすでに立ち上がり立ち去ろうとする。
「先程の約束とリストについても書面にして持ってきてもらおう」
これ以上の譲歩はなしだと、彼の全身からその空気が伝わってきた。
彼はジゼルの座っている長椅子の背後で立ち止まり、上から彼女を見下ろした。
「旅の間は出来るだけ宿を取ってやるが、場合によっては野宿もある。泣き言はごめんだ。泣いても喚いても、こちらの指示にはすべて従ってもらうから、そのつもりで」
「わかりました」
首を巡らせて背の高い彼を、ジゼルは真っ直ぐ見つめ返した。
覚悟は決まっていた。
「ふ、その返事が嘘でないことを祈る」
ずっと小馬鹿にした笑いや怒りしか見せなかった彼の、初めてみせる柔らかい表情だった。
「明日からの旅に備えて今夜は早く寝ろと言いたいところだが、せいぜい家族で別れを惜しんでくれ。まあ、きちんと約束さえ守ってくれるなら、半年後にはまた生きて会えるだろう」
そう言って、ボルトレフ卿は執務室を出ていった。
彼がいなくなると、途端に執務室がとても広く感じられた。
それほど彼の存在感は凄かった。
ジゼルにとって、あれほどの迫力のある人間は初めて見た。
きっとそれは命のやり取りをする戦場を生きてきた人間だからこその、纏う空気なのかも知れない。
彼ならたとえどんなに大勢の人がいても、すぐにどこにいるのか探すことができそうだった。
「ジゼル、本当にいいのか?」
そう言いながらも、ジゼル以上に価値があり、相応しい者はいないことは、その場にいる誰もがわかっていた。
「姉上、私も父上たちとともに、一日でも早く姉上を取り戻せるように、頑張ります。だからそれまで元気で待っていてください」
隣に座るジュリアンがジゼルの手を固く握り、誓いを立てた。
「ありがとう、ジュリアン」
人質という己の境遇に、何の不安もないと言えばそれは嘘だった。ボルトレフ卿の領地がどんな場所かも、まるでわからない。
しかし、どんな場所であれ、ドミニコと婚姻していた辛い日々がいつまで続くのかと、絶望していたことを思えば、初めから期間が決まっているのだから、何とか耐えられると、ジゼルは思っていた。
およそ二十ほどの品目になった。
「りょ、了解した。出来るか?」
あまりの要求の多さに国王が宰相に尋ねる。
「な、何とか…」
「俺たち一族が長年国土を守ってきた。この前の戦争も、俺たちがいなければ、今も続いていただろう。エレトリカの国土は少しも侵略されていない。これくらいのものは用意できるだろう」
「それだけの成果を上げて、なぜ今まで一度も戦勝の宴に来られなかったのですか?」
彼らボルトレフ一族と会えるのは戦場でのみ。これまで一度も王都で彼らを見たことがなかったことに、ジュリアンが疑問を投げかけた。
「俺たちは奥ゆかしいのさ」
それが冗談だとこの場にいる者は皆思った。
「ここは笑うところだ」
まさか笑いを強要されるとは思わず、ぎこちない笑顔を浮かべあった。
「あんな戦場の何たるかも知らず、お気楽に過ごしている連中と一緒に何をすると? ここまで来るのだけでも時間がかかるのに、無駄なことだと思わないか?」
心から軽蔑した口ぶりだった。確かに安全地帯に居て、戦勝気分だけを味わう呑気な会ではあるが、そこまで言わなくてもと、ジゼルは思った。
「戦場に行くこと以外は、王命であろうと嫌なら従わなくていい。契約にはそういう条項もあった。ご先祖様も粋なことをされる。もっとも宮廷での作法など全くわからないというのが本音だっただろうな」
ここまではっきりと物を言う人間を、ジゼルは初めて見た。
「条件は以上ですか?」
ボルトレフ卿が口にした条件をすべて書き留めた宰相が、尋ねた。
「あと一つ。これで最後だ。そしてこれはすぐに実行してもらおう」
「な、何でしょうか」
全員がボルトレフ卿に注目する。
「先程の条件をすべて実行するまで、俺のところに誰かを寄越せ」
「そ、それは、よもや『人質』ということですか?」
「そうとも言うな」
ボルトレフ卿は組んでいた足を組み換え、どうだのめるか、と言わんばかりに見つめてくる。
「どうだ? 人選は任せる。ただし、ひとつでも約束が守れなかった場合、即刻首を跳ねるつもりだから、それ相応の立場の者でなければ納得しないがな」
「人質…」
「一晩待つ。その間に…」
「私が行きます」
ボルトレフ卿が猶予を与えるべく口を開きかけた時、それを遮ったのはジゼルだった。
「ジゼル、あなた…」
「姉上」
「ジゼル」
「王女殿下」
全員の視線がジゼルへと集まる。
「お前、今なんと…」
「私が人質になると申し上げました。父上」
「ジゼル、あなた自分が何を言っているのかわかっているの?」
「はい」
「自ら立候補するとは、面白い」
動揺する国王たちと反対に、ボルトレフ卿だけが愉快げに口角を上げる。
「この場にいる者の中で、そして今回のことに関して、私以上の適任はいないと思います」
父たちの顔を見渡し、最後にボルトレフ卿に視線を向けてジゼルは言い放った。
「ボルトレフ卿への支払いが滞ったのも、私が原因です」
「しかし、それは…」
「それに、父上やレディントンが行くわけにまいりません。残りの報酬のこともありますから。母上もジュリアンも、王宮にいてするべきことがたくさんあります。けれど、私には何もありません。王宮の奥深くでただじっと日々を過ごしているだけです。それなら、私が行くべきです」
ジゼルの主張に、誰も意義を唱えることが出来なかった。
「でも、ジゼル、あなた、ようやく公国から戻ってきたのに」
「わかった。では出発は明日の朝だ。日の出と共に城門の外で待っている。必要なら世話係を一名付けてもいい。それから我々は馬を走らせてきたので、王女様をお連れする馬車はないから、それもそちらで手配してもらおう。馬車を引く馬は先程の数とは別だ。ただし、御者は不要。こちらで対応する」
「ま、待ってほしい。明日の朝なんて」
あまりに急過ぎる出発に、国王たちが慌てた。
「荷物は移動の間に使うものだけでいい。来るときは三日で辿り着いたが、帰りはもう少しゆっくり移動するから、まあ一週間といったところか。荷造りにそれほど時間がかかるとは思えないが」
国王の言葉など無視して、ボルトレフ卿はすでに立ち上がり立ち去ろうとする。
「先程の約束とリストについても書面にして持ってきてもらおう」
これ以上の譲歩はなしだと、彼の全身からその空気が伝わってきた。
彼はジゼルの座っている長椅子の背後で立ち止まり、上から彼女を見下ろした。
「旅の間は出来るだけ宿を取ってやるが、場合によっては野宿もある。泣き言はごめんだ。泣いても喚いても、こちらの指示にはすべて従ってもらうから、そのつもりで」
「わかりました」
首を巡らせて背の高い彼を、ジゼルは真っ直ぐ見つめ返した。
覚悟は決まっていた。
「ふ、その返事が嘘でないことを祈る」
ずっと小馬鹿にした笑いや怒りしか見せなかった彼の、初めてみせる柔らかい表情だった。
「明日からの旅に備えて今夜は早く寝ろと言いたいところだが、せいぜい家族で別れを惜しんでくれ。まあ、きちんと約束さえ守ってくれるなら、半年後にはまた生きて会えるだろう」
そう言って、ボルトレフ卿は執務室を出ていった。
彼がいなくなると、途端に執務室がとても広く感じられた。
それほど彼の存在感は凄かった。
ジゼルにとって、あれほどの迫力のある人間は初めて見た。
きっとそれは命のやり取りをする戦場を生きてきた人間だからこその、纏う空気なのかも知れない。
彼ならたとえどんなに大勢の人がいても、すぐにどこにいるのか探すことができそうだった。
「ジゼル、本当にいいのか?」
そう言いながらも、ジゼル以上に価値があり、相応しい者はいないことは、その場にいる誰もがわかっていた。
「姉上、私も父上たちとともに、一日でも早く姉上を取り戻せるように、頑張ります。だからそれまで元気で待っていてください」
隣に座るジュリアンがジゼルの手を固く握り、誓いを立てた。
「ありがとう、ジュリアン」
人質という己の境遇に、何の不安もないと言えばそれは嘘だった。ボルトレフ卿の領地がどんな場所かも、まるでわからない。
しかし、どんな場所であれ、ドミニコと婚姻していた辛い日々がいつまで続くのかと、絶望していたことを思えば、初めから期間が決まっているのだから、何とか耐えられると、ジゼルは思っていた。