出戻り王女の恋愛事情〜人質ライフは意外と楽しい
 突然扉が開いて倒れ込んで来たのは、二人の子供だった。

「ミア様、リロイ様」

 メアリーがその子達の側に駆け寄り名前を呼ぶ。

「大丈夫ですか? お怪我は?」
「だ、だいじょーぶ」
「平気よ」

 メアリーに助け起こされて、子どもたちはその場に立ち上がった。

 フワリとした焦げ茶の髪をツインテールにした少女と、さらりと真っ直ぐなアッシュブロンドの髪をした男の子だった。
 誰だと尋ねるまでもなく、ボルトレフ卿の双子の子供だろう。

「また覗きに来られたのですね」

 ため息と共にメアリーが言った。

「だって、本物のお姫様に早く会いたかったんですもの」
「だからと言って、覗き見はいけません」
「ねえ、目が覚めたのね」

 メアリーの苦言も意に介さず、少女の方がジゼルに向かって走ってきた。

「ミア様」
「ミア、ぼくも」
「リロイ様まで」

 少年もするりとメアリーの脇を抜けて、ミアの隣に走ってきた。

「こんにちは」
「こ、こんにちは」

 挨拶されてジゼルは笑顔で返事を返した。

「わあ、とても綺麗ね」
「ほんとだ。本物のお姫様だ」

 ミアはボルトレフ卿と同じ赤い瞳をしていて、リロイは深い藍色の瞳をしている。
 二人は両の眼をキラキラさせてジゼルに話しかけてきた。

「あ、ありがとう。あなた達も素敵よ」

 ジゼルがそう言うと、二人は互いに視線を合わせ、嬉しそうに微笑んだ。

「聞いてみようか」
「そうだね」

 二人で何かコソコソ耳打ちしあっている。

「どうしたの?」
「あの、お聞きしてもいいですか?」
「何かしら」 
「あなたが新しい私達のお母様になる人?」
「え?」
「リロイ様!」

 メアリーが慌てて叫んだ。

「だって、皆が噂しているよ。お父様が綺麗な女の人を連れてきて、ご自分のお部屋に滞在させているのは、将来その人をお嫁さんにするからだって」
「お父様のお嫁さんってことは、私達のお母様だよね」
「え、こ、この部屋って、メ、メアリー?」

 まさかこの部屋がボルトレフ卿の私室だと聞かされ、ジゼルは部屋中を見渡した。

「それを今申しあげようとしたのです」
「それに、何か誤解されているようですけど、私とボルトレフ卿との間にそんな噂が?」
「どうやらそのようだ」

 入口から声が聞こえて、皆でそちらを見ると、ボルトレフ卿が立っていた。
 後ろにはグローチャーもいる。

「お父様」
「ミア、リロイ」

 子供たちが父親の元へ勢いよく走っていき、屈んだボルトレフ卿が両腕を広げて二人を受け止めた。

「こら、騒がしくしては駄目だろ。彼女は病気なんだから」
「だって」
「だってじゃない。すまない、子供たちが勝手に」

 両腕で一人ずつ子供達を抱えあげ、ボルトレフ卿はジゼルの側へ歩いて来た。

 二人一緒に抱き上げてかなり重いだろうに、彼は軽々と抱えあげている。
 
「す、すみません、あなたの部屋を占領してしまって」

 ジゼルは慌ててベッドを降りようとする。

「いや、そんな。急に動いてはいけない」
「え、あ」
「王女様」

 クラリと目眩に見舞われ、ベッドに手をついたジゼルにメアリーが駆け寄る。

「メアリー、ありがとう」
「まだ病み上がりなのだから無理をするな」 
「そうですよ、ジゼル様」
「ジゼル様、だいじょーぶ?」
「ええ、ごめんなさい」
「謝ってばかりだな」
「すみません…あ」

 また謝ってしまって、ジゼルは口を閉じた。

「ここ、あなたの部屋だったのですね」
「気にしなくていい。急だったから使える部屋がここしかなかった。俺はどこでも寝られる」
「でも…」
「病人が気を遣うな」
「そうだよ」

 ミアが父親の腕から降りて、ジゼルのすぐ側に近寄ってきた。

「病人はわがままを言っていいんだよ」
「そうだよ。僕たちも病気になったら、何でもわがままきいてもらえるんだ」

 リロイも下に降りてきて、ミアと同じようにベッドに頬杖をついて並ぶ。
 その可愛さにジゼルは胸を撃たれた。
 ジュリアンの幼い頃を思い出して、懐かしい気持ちにもなった。

「病人はまず治すことを考えろ。色々考えるのはそれからだ」
「そうですよ、ジゼル様、大将は廊下でだって何処だって寝られるから、気にしなくていいです。屋根のある所ならまだマシですから」
「廊下は大袈裟だ。今はリロイの部屋にいる」
「リロイは私と一緒だよ」
「リロイのベッドだと足がはみ出してるけど」

 五歳児のベッドに横たわり、足がはみ出している姿を想像して、ジゼルはクスリと笑った。

「少し顔色は良くなったが、無理はするな」 
「はい」

 ジゼルは素直に頷いた。

「そろそろ引き上げよう、あまり長話は良くない。もう少し後で出直そう。ミア、リロイ」
「はいお父様」
「また来ますね、ジゼル様」

 父親が伸ばした手に二人は小さな手を重ねた。
 それもまた微笑ましく、ジゼルは自然と口元を綻ばせた。

「あ、あの、ボルトレフ卿」

 彼らが部屋を出る前に、ジゼルはボルトレフ卿を呼び止めた。

「何か?」

 彼は立ち止まり、その場で振り返った。
 グローチャーが彼の手から子供達を引き取り、「先に行きますね」と連れて行った。

「あ、あの、色々とご迷惑をおかけしました」
「病気になったのは君のせいではない」
「はい、あの、卿が馬で私を運んで下さったとか、あ、ありがとう…ございます」
「俺の馬が一番速かったからだ」
「はい、あの、それで…」

 ジゼルは扉の前に脚を広げて腰に手を添えて立つ彼に、何か言たそうにするが、なんと言えばいいのかと言い淀む。

「何か?」
「あの…私…熱のせいで朦朧として…その、あまり覚えていないのですが…その、何か…変なことを申しませんでしたか?」
「変なことと、とは?」
「いえ、その、うわ言のような…少々熱に浮かされて、おかしな夢を見たものですから」
「うわ言…ねぇ」

 彼は顎に手を当てて考え込む。

「確かに魘されて何か言っていたように思うが、馬の蹄の音やらで内容までは聞き取れなかった」
「そ、そうですか。なら、いいのです。お引き止めして申し訳ございません」

 ジゼルはそれを聞いて、明らかにほっとしていた。

「後で何か消化のいいものを届けさせる」
「ありがとうございます。何から何まで」

 ジゼルが改めて頭を下げる。
 
「なるべく早くお部屋を引き渡します」
「部屋の用意は出来ているが、慌てる必要はない。用件はそれだけか?」
「はい、お引き止めして申し訳ございません」
「いや、構わん。では、ゆっくり休め」

 ボルトレフ卿は、そう言って部屋の扉を閉めて立ち去った。

「さあ、姫様、もう少し横になってください」
「ありがとう、メアリー」

 扉の前に立つボルトレフ卿の耳に、侍女とのやり取りが聞こえてきた。

「一体、何を経験していたのか」

 ボソリと彼は呟いた。
 彼女にはああ言ったが、耳のいい彼には断片的ではあるが、ジゼルの声は聞こえていた。

『赦して、ごめんなさい』

 彼女は何度もそう言っていた。 
< 17 / 102 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop