出戻り王女の恋愛事情〜人質ライフは意外と楽しい
第一章
その日は晴れの日に相応しい、雲ひとつない真っ青な空が広がるさわやかな日だった。
しかし、ジゼルの心には重く黒い雲が立ち籠めている。
小麦色の髪は美しく結い上げられ、今日のために用意されたドレスも彼女の美しさを引き立ててくれるはずだ。
なのにその表情は浮かない。
「昨夜もあまり眠れませんでしたか?」
化粧をしながらジゼル付きの侍女のメアリーが尋ねた。
ジゼルが嫁ぐ時に新人だった彼女も、今では後輩も出来、仕事も完璧にこなせるようなっていた。
エレトリカ王国のコルネリス王とその妻フィエンの第一子として生まれ、美しい小麦色の髪と輝くペリドットの瞳のジゼルは、誰もが認める美姫であり、国王たちの自慢の娘だった。
エレトリカ王国には、過去五人の女王が立ったことがある。
いずれ彼女が六人目の女王となる筈だった。
そのため彼女は小さい頃から帝王学から政治経済など、王位を継ぐために努力してきた。
決してただ、蝶よ花よと甘やかされて育ってきたわけではない。
だが、彼女が十歳の時、諦めていた第二子で男子である弟が生まれた。
そして彼が生まれてから、彼女の人生は転換期を迎えることとなった。
弟のことはかわいい。ジゼルと同じ髪色と濃いブルーの瞳、父から瞳の色を母から髪の色を受け継いで生まれた弟は、天使のように可愛らしかった。
王位は当然のごとく、弟が継ぐことになった。ジゼルのこれまでの努力はすべて無駄になった。
それでも彼女は仕方の無いことと受け入れた。弟と争ってまで王位に執着はなかった。
父も母も政務で忙しく、ジゼルは良く弟と遊んだ。ジゼルも小さい頃は王女らしくないと小言を言われるくらいお転婆だった。
ジゼルが十六歳になったとき、彼女の婚姻が決まった。
世継ぎでないなら、国のために有益となる相手と結婚するのは、王女としての勤めだと理解していた。
相手はバレッシオ公国のドミニコ大公。
バレッシオ公国は、エレトリカ王国と北のマトーリオ王国との国境にあり、領地はそれほど広くはないが、マトーリオ王国との交易には重要な位置にある。
ドミニコはジゼルの三つ上で、彼は八歳の時に父親である大公を病で亡くし、以来、母親が後ろ盾になり大公の座についていた。
少し気が弱そうだったが優しげで、婚約の話が出てから婚姻まで、会った回数は三回という少なさだったが、婚約が決まって一年でジゼルは嫁いだ。
最初の頃は良かった。
ドミニコはジゼルのことをとても大切にしてくれ、母親のテレーゼも親切だった。
しかし結婚して四年経っても子どもができず、その頃から夫婦仲も姑との関係も次第におかしくなっていった。
子どもが出来やすくするためだと言って、色々な薬を飲まされた。怪しい祈祷師に変な煙を吸わされたりもした。
夜の営みも義務的なものとなり、やり方が悪いと子だくさんの家系の女性から、閨教育まで施された。
やがて夫は精神的に追い詰められたせいか立たなくなり、それも全てジゼルのせいだと姑には責められた。
そして、酒に逃げた夫は、酔うとジゼルに暴力を振るうようになった。
食事も喉を通らず、夜も満足に眠れず、やがてジゼルは体の不調を訴え床につくことが多くなった。
夫の暴力と姑の嫌味はなおも続き、ジゼルは痩せ細っていった。
そんな時、夫が愛人を囲っているという噂を耳にした。
母親が、多産家系の女性を見繕っては、息子にあてがったのだった。
素面の時、夫は後継ぎのためには仕方が無い。本当はジゼルだけを愛していると何度も言ったが、酒を飲むと、お前のせいだと罵られる。そして酒が抜けると、また悪かった二度としないと言って、ジゼルに許しを請う。
それの繰り返しにジゼルが疲れ果てた。
そんなジゼルの様子は、いつの間にかエレトリカの父達にも伝わり、戻ってこないかという打診の手紙が届くようになっていた。
戻るということは、即ち離縁するということだ。
それしか方法はないのだろうか。
心を決めかねているうちに、愛人の一人が妊娠した。
公国では一夫多妻は認められていない。
生まれてくるドミニコの子を、私生児にするわけにはいかない。
当然のごとく、子どもを産めない大公妃のジゼルは邪魔な存在になる。
姑から離縁を突きつけられ、ジゼルは受け入れるしかなかった。
身も心もボロボロになり、戻ったジゼルを見て、家族はあまりの激変ぶりに驚いた。
実際、彼女は枯れ枝のように痩せ細り、肌も髪もボロボロで、戻ってひと月は療養に徹した。
ようやく元気を取り戻したが、出戻ったジゼルは腫れ物のように皆から扱われた。
公式の場はもちろん、街へ出てもどこか辿々しい笑顔を向けられ、影でコソコソ出来損ないだとか、欠陥品だとか囁かれた。
次第に公式の場に顔を出すことも躊躇われるようになり、最近は中庭と図書室が彼女の出入りする場所になり、すっかり引き籠もるようになっていた。
それでも、今日は王女として家族として公の場に出ないわけにはいかない。
弟のジュリアンの十四歳の誕生祝いと、先月終結した隣国との戦勝記念の宴が執り行われることになっていたからだ。
しかし、ジゼルの心には重く黒い雲が立ち籠めている。
小麦色の髪は美しく結い上げられ、今日のために用意されたドレスも彼女の美しさを引き立ててくれるはずだ。
なのにその表情は浮かない。
「昨夜もあまり眠れませんでしたか?」
化粧をしながらジゼル付きの侍女のメアリーが尋ねた。
ジゼルが嫁ぐ時に新人だった彼女も、今では後輩も出来、仕事も完璧にこなせるようなっていた。
エレトリカ王国のコルネリス王とその妻フィエンの第一子として生まれ、美しい小麦色の髪と輝くペリドットの瞳のジゼルは、誰もが認める美姫であり、国王たちの自慢の娘だった。
エレトリカ王国には、過去五人の女王が立ったことがある。
いずれ彼女が六人目の女王となる筈だった。
そのため彼女は小さい頃から帝王学から政治経済など、王位を継ぐために努力してきた。
決してただ、蝶よ花よと甘やかされて育ってきたわけではない。
だが、彼女が十歳の時、諦めていた第二子で男子である弟が生まれた。
そして彼が生まれてから、彼女の人生は転換期を迎えることとなった。
弟のことはかわいい。ジゼルと同じ髪色と濃いブルーの瞳、父から瞳の色を母から髪の色を受け継いで生まれた弟は、天使のように可愛らしかった。
王位は当然のごとく、弟が継ぐことになった。ジゼルのこれまでの努力はすべて無駄になった。
それでも彼女は仕方の無いことと受け入れた。弟と争ってまで王位に執着はなかった。
父も母も政務で忙しく、ジゼルは良く弟と遊んだ。ジゼルも小さい頃は王女らしくないと小言を言われるくらいお転婆だった。
ジゼルが十六歳になったとき、彼女の婚姻が決まった。
世継ぎでないなら、国のために有益となる相手と結婚するのは、王女としての勤めだと理解していた。
相手はバレッシオ公国のドミニコ大公。
バレッシオ公国は、エレトリカ王国と北のマトーリオ王国との国境にあり、領地はそれほど広くはないが、マトーリオ王国との交易には重要な位置にある。
ドミニコはジゼルの三つ上で、彼は八歳の時に父親である大公を病で亡くし、以来、母親が後ろ盾になり大公の座についていた。
少し気が弱そうだったが優しげで、婚約の話が出てから婚姻まで、会った回数は三回という少なさだったが、婚約が決まって一年でジゼルは嫁いだ。
最初の頃は良かった。
ドミニコはジゼルのことをとても大切にしてくれ、母親のテレーゼも親切だった。
しかし結婚して四年経っても子どもができず、その頃から夫婦仲も姑との関係も次第におかしくなっていった。
子どもが出来やすくするためだと言って、色々な薬を飲まされた。怪しい祈祷師に変な煙を吸わされたりもした。
夜の営みも義務的なものとなり、やり方が悪いと子だくさんの家系の女性から、閨教育まで施された。
やがて夫は精神的に追い詰められたせいか立たなくなり、それも全てジゼルのせいだと姑には責められた。
そして、酒に逃げた夫は、酔うとジゼルに暴力を振るうようになった。
食事も喉を通らず、夜も満足に眠れず、やがてジゼルは体の不調を訴え床につくことが多くなった。
夫の暴力と姑の嫌味はなおも続き、ジゼルは痩せ細っていった。
そんな時、夫が愛人を囲っているという噂を耳にした。
母親が、多産家系の女性を見繕っては、息子にあてがったのだった。
素面の時、夫は後継ぎのためには仕方が無い。本当はジゼルだけを愛していると何度も言ったが、酒を飲むと、お前のせいだと罵られる。そして酒が抜けると、また悪かった二度としないと言って、ジゼルに許しを請う。
それの繰り返しにジゼルが疲れ果てた。
そんなジゼルの様子は、いつの間にかエレトリカの父達にも伝わり、戻ってこないかという打診の手紙が届くようになっていた。
戻るということは、即ち離縁するということだ。
それしか方法はないのだろうか。
心を決めかねているうちに、愛人の一人が妊娠した。
公国では一夫多妻は認められていない。
生まれてくるドミニコの子を、私生児にするわけにはいかない。
当然のごとく、子どもを産めない大公妃のジゼルは邪魔な存在になる。
姑から離縁を突きつけられ、ジゼルは受け入れるしかなかった。
身も心もボロボロになり、戻ったジゼルを見て、家族はあまりの激変ぶりに驚いた。
実際、彼女は枯れ枝のように痩せ細り、肌も髪もボロボロで、戻ってひと月は療養に徹した。
ようやく元気を取り戻したが、出戻ったジゼルは腫れ物のように皆から扱われた。
公式の場はもちろん、街へ出てもどこか辿々しい笑顔を向けられ、影でコソコソ出来損ないだとか、欠陥品だとか囁かれた。
次第に公式の場に顔を出すことも躊躇われるようになり、最近は中庭と図書室が彼女の出入りする場所になり、すっかり引き籠もるようになっていた。
それでも、今日は王女として家族として公の場に出ないわけにはいかない。
弟のジュリアンの十四歳の誕生祝いと、先月終結した隣国との戦勝記念の宴が執り行われることになっていたからだ。