出戻り王女の恋愛事情〜人質ライフは意外と楽しい
部屋に戻るまで誰とも出逢わなかったことを、ジゼルは有り難く思った。
「ジゼル様、お疲れさまです」
そんなジゼルをメアリーが出迎えた。
「そう言えば、皆さんに聞いたのですが、オリビアさんと言う方、母親が腰を痛めて看病のために実家に戻っていたそうです」
部屋に戻ったジゼルに、自分が周りから聞いてきた話をメアリーが語った。
「え、誰のこと?」
さっきのことを考えていたジゼルは、メアリーが誰のことを話しているのかすぐにはわからなかった。
「ほら、お子様たちが口にしていた『オリビア』という人のことです」
「あ、ああ…そう言えばそんな名前を口にしていたわね」
本を読みたいなら自分たちが字を覚えればいい。
まさにそのとおりだが、双子たちは話の内容が知りたいだけで本を読んでくれとせがんだのではないと、ジゼルは思った。
「ボルトレフ卿の奥様の妹さんらしいです。その方が嫁いできた時から、頻繁に訪れていて、奥様が亡くなられてからは、ずっと居座っているらしいです。まるで自分が女主人みたいな顔をして」
「メアリー、それはきっと奥様を亡くされた義兄や甥と姪を気遣ったのよ」
会ったこともない人のことを、噂話だけで判断してしまうのは悪い。
最初怖いと思ったユリウスは、「人質」という名目で連れてきたジゼルに、とても親切にしてくれた。
「ジゼル様はお優しいですね」
「ここでの人間関係に、私達が何か言う資格はないわ。ご迷惑にならないようにするだけ。あなたも変な噂話に興じてばかりではだめよ」
「でも、ジゼル様」
「ここでの彼女の立場がどうであれ、私達には関係ないことよ。お父様たちがお金を返せば、ここでの生活は終わり。わかったわね」
「はい、ジゼル様」
つい強い口調になってしまったが、ジゼルはメアリーにと言うより、自分に言い聞かせていた。
子供たちは愛らしい。物珍しさもあるだろうが、会ったばかりのジゼルに懐いてくれた。
そしてここの人達も皆、いい人だ。
王女であるジゼルに最初は遠慮がちだったが、それなりに打ち解けてくれた。
何よりジゼルがここで不自由なく過ごせるようにと、はからってくれたのは、ユリウス・ボルトレフ、彼の心遣いだ。
しかし、ここで情を感じてはいずれ来る別れが辛くなるだけだ。
自分は「人質」で、お金の工面を父たちが終えれば、ここを去ることになる。
(でも、ここから去って王宮に戻ったら、その後私は何をすればいいのかしら)
ここから立ち去った後のことが、今は何も想像できない。
ここのように、仕事でも与えてくれるわけがない。
「仕事、そうだわ」
預かったシャツがそのままだったことを、ジゼルは思い出し、立ち上がった。
「ジゼル様、どうされましたか?」
「あの、シャツ」
「ボルトレフ卿のシャツなら、レシティさんが渡しておいてくれると仰ってました」
「そう…」
メアリーに言われ、ジゼルはまた椅子に腰を下ろした。
なぜか残念な気持ちになる。
出来れば自分から渡したかった。ほら、全部私がやったのよって、言いたかった。
(私ったら、何を…)
他の人はシャツ一枚繕ったところで、自慢したりしない。
「ジゼル様、どうされましたか?」
考え込むジゼルの様子に、メアリーが心配する。
「具合が悪いなら言ってくださいね。この前も具合が悪くなったのを隠して、倒れられたではないですか。もうあんなこと、なしですよ」
「わ、わかっているわ。そんなんじゃないから、大丈夫よ」
「本当ですか?」
信じていないのか、メアリーは疑いの目を向けてくる。
「本当よ。信用されないかもしれないけど、体調はなんともないわ」
「頼りないかもしれませんが、ジゼル様のためなら何でもしますから」
拳を握りメアリーは力説する。
きっと彼女の本心なんだろうと、ジゼルは思った。
でも、ジゼルの方はメアリーに秘密にしていることがある。
右脇腹にある傷。
他の傷は癒えたが、この傷は打撲とは違い一生残る。
普段は衣服に隠れて見えないし、極小さい傷だが、目にする度にジゼルをあの悪夢の日々に連れ戻す。
「ありがとう、メアリー。心強いわ」
自分には、こうして気にかけてくれる人がいる。
その人たちを今以上に心配させないこと。それがジゼルがすべきことだ。
(大人になると、どうして色々と考えてしまうのかしら)
幼い頃は、イタズラをして叱られても、気にしなかった。
それが大人だと言われてしまえば、そうなのだろう。
そこへ、扉をコンコンと叩く音がした。
メアリーが対応に出ると、やって来てたのはケーラだった。
「どうかされましたか?」
「ユリウス様からのご伝言です。今夜、もし体調がよろしければ、晩餐を共にとのことです。もちろん、お子様たちも一緒で」
「晩餐を、ですか」
「はい、普段、ユリウス様はお子様たちと召し上がりになります」
「そのような席に、私がご一緒してもよろしいのですか?」
「はい。ですが、申し上げたように、お子様たちもいらっしゃいますので、マナーについては保証はできません」
王宮ではきちんとマナーが身につくまで、家族とも一緒に食事の席に着くことはない。
でも、ここでは違うようだ。
「お邪魔でなければ、喜んで」
「畏まりました。そのように伝えます。あ、あくまでも非公式な晩餐ですので、服装も普通で構わないとのことです」
「わかりました」
「では、時間になりましたら、少し早めにお迎えにあがります」
用件だけ伝え、彼女はすぐに部屋を出ていった。
「お食事にご招待していただくなんて、ますます『人質』らしくないわね」
「そんなの、ジゼル様は王女様なのですから、いくら『人質』だと言っても、それなりの礼を尽くすのは当たり前ではないですか」
「そうなのかしら」
何しろ「人質」など、初めての経験なので、どこまでが標準なのか、ジゼルにもわからない。
特別扱いはしないとは言っていたが、晩餐に招待してくれるのは、特別ではないのだろうか。
さっき目が覚めて、ユリウスの顔がすぐ近くにあったことを思い出し、ジゼルはまた頬が赤くなるのを感じた。
「ジゼル様、お疲れさまです」
そんなジゼルをメアリーが出迎えた。
「そう言えば、皆さんに聞いたのですが、オリビアさんと言う方、母親が腰を痛めて看病のために実家に戻っていたそうです」
部屋に戻ったジゼルに、自分が周りから聞いてきた話をメアリーが語った。
「え、誰のこと?」
さっきのことを考えていたジゼルは、メアリーが誰のことを話しているのかすぐにはわからなかった。
「ほら、お子様たちが口にしていた『オリビア』という人のことです」
「あ、ああ…そう言えばそんな名前を口にしていたわね」
本を読みたいなら自分たちが字を覚えればいい。
まさにそのとおりだが、双子たちは話の内容が知りたいだけで本を読んでくれとせがんだのではないと、ジゼルは思った。
「ボルトレフ卿の奥様の妹さんらしいです。その方が嫁いできた時から、頻繁に訪れていて、奥様が亡くなられてからは、ずっと居座っているらしいです。まるで自分が女主人みたいな顔をして」
「メアリー、それはきっと奥様を亡くされた義兄や甥と姪を気遣ったのよ」
会ったこともない人のことを、噂話だけで判断してしまうのは悪い。
最初怖いと思ったユリウスは、「人質」という名目で連れてきたジゼルに、とても親切にしてくれた。
「ジゼル様はお優しいですね」
「ここでの人間関係に、私達が何か言う資格はないわ。ご迷惑にならないようにするだけ。あなたも変な噂話に興じてばかりではだめよ」
「でも、ジゼル様」
「ここでの彼女の立場がどうであれ、私達には関係ないことよ。お父様たちがお金を返せば、ここでの生活は終わり。わかったわね」
「はい、ジゼル様」
つい強い口調になってしまったが、ジゼルはメアリーにと言うより、自分に言い聞かせていた。
子供たちは愛らしい。物珍しさもあるだろうが、会ったばかりのジゼルに懐いてくれた。
そしてここの人達も皆、いい人だ。
王女であるジゼルに最初は遠慮がちだったが、それなりに打ち解けてくれた。
何よりジゼルがここで不自由なく過ごせるようにと、はからってくれたのは、ユリウス・ボルトレフ、彼の心遣いだ。
しかし、ここで情を感じてはいずれ来る別れが辛くなるだけだ。
自分は「人質」で、お金の工面を父たちが終えれば、ここを去ることになる。
(でも、ここから去って王宮に戻ったら、その後私は何をすればいいのかしら)
ここから立ち去った後のことが、今は何も想像できない。
ここのように、仕事でも与えてくれるわけがない。
「仕事、そうだわ」
預かったシャツがそのままだったことを、ジゼルは思い出し、立ち上がった。
「ジゼル様、どうされましたか?」
「あの、シャツ」
「ボルトレフ卿のシャツなら、レシティさんが渡しておいてくれると仰ってました」
「そう…」
メアリーに言われ、ジゼルはまた椅子に腰を下ろした。
なぜか残念な気持ちになる。
出来れば自分から渡したかった。ほら、全部私がやったのよって、言いたかった。
(私ったら、何を…)
他の人はシャツ一枚繕ったところで、自慢したりしない。
「ジゼル様、どうされましたか?」
考え込むジゼルの様子に、メアリーが心配する。
「具合が悪いなら言ってくださいね。この前も具合が悪くなったのを隠して、倒れられたではないですか。もうあんなこと、なしですよ」
「わ、わかっているわ。そんなんじゃないから、大丈夫よ」
「本当ですか?」
信じていないのか、メアリーは疑いの目を向けてくる。
「本当よ。信用されないかもしれないけど、体調はなんともないわ」
「頼りないかもしれませんが、ジゼル様のためなら何でもしますから」
拳を握りメアリーは力説する。
きっと彼女の本心なんだろうと、ジゼルは思った。
でも、ジゼルの方はメアリーに秘密にしていることがある。
右脇腹にある傷。
他の傷は癒えたが、この傷は打撲とは違い一生残る。
普段は衣服に隠れて見えないし、極小さい傷だが、目にする度にジゼルをあの悪夢の日々に連れ戻す。
「ありがとう、メアリー。心強いわ」
自分には、こうして気にかけてくれる人がいる。
その人たちを今以上に心配させないこと。それがジゼルがすべきことだ。
(大人になると、どうして色々と考えてしまうのかしら)
幼い頃は、イタズラをして叱られても、気にしなかった。
それが大人だと言われてしまえば、そうなのだろう。
そこへ、扉をコンコンと叩く音がした。
メアリーが対応に出ると、やって来てたのはケーラだった。
「どうかされましたか?」
「ユリウス様からのご伝言です。今夜、もし体調がよろしければ、晩餐を共にとのことです。もちろん、お子様たちも一緒で」
「晩餐を、ですか」
「はい、普段、ユリウス様はお子様たちと召し上がりになります」
「そのような席に、私がご一緒してもよろしいのですか?」
「はい。ですが、申し上げたように、お子様たちもいらっしゃいますので、マナーについては保証はできません」
王宮ではきちんとマナーが身につくまで、家族とも一緒に食事の席に着くことはない。
でも、ここでは違うようだ。
「お邪魔でなければ、喜んで」
「畏まりました。そのように伝えます。あ、あくまでも非公式な晩餐ですので、服装も普通で構わないとのことです」
「わかりました」
「では、時間になりましたら、少し早めにお迎えにあがります」
用件だけ伝え、彼女はすぐに部屋を出ていった。
「お食事にご招待していただくなんて、ますます『人質』らしくないわね」
「そんなの、ジゼル様は王女様なのですから、いくら『人質』だと言っても、それなりの礼を尽くすのは当たり前ではないですか」
「そうなのかしら」
何しろ「人質」など、初めての経験なので、どこまでが標準なのか、ジゼルにもわからない。
特別扱いはしないとは言っていたが、晩餐に招待してくれるのは、特別ではないのだろうか。
さっき目が覚めて、ユリウスの顔がすぐ近くにあったことを思い出し、ジゼルはまた頬が赤くなるのを感じた。