出戻り王女の恋愛事情〜人質ライフは意外と楽しい
「その…ということは、あなたもそのおつもりなのですか?」
オリビアが次のボルトレフ夫人は自分だと言っているということは、ユリウス自身が彼女を後妻として迎えたいと言ったのだろうか。
「いや、俺はそのようなことを言った覚えはない」
「え、でも…」
「それは彼女が他の者にそう言っているのを見た者が教えてくれたからだ」
「彼女が自分からそのように触れ回ったのですか?」
「オリビアが勘違いするような言動を、俺がしたのかも知れない。いや、はっきりその気はないと言わなかったのが悪かったのだ。しかし、それは事実無根だ。妻に迎えたいとは思わないし、俺の望まない結婚をここで強要する者は誰もいない」
ここでの彼の決定は絶対で、皆がそれに従う。異論は認めない。そんな強い意志が彼の瞳に宿っていた。
「随分前からそのことは知っていたのだが、一族の者の中に、そう考えている者がいたのは確かだ。否定もしてこなかった。噂はあくまで噂だから、そのうち消えるだろうと思っていた。そんな噂が広がったところで、俺は痛くも痒くもないし、何の実害もないと思っていたのだが…」
「だが?」
「そろそろそれは有り得ない話だと、はっきり言うべきだろう」
随分前から次にユリウスが結婚する相手は自分だと、オリビアが言い触らしていることを知りつつ、放置していたのに、なぜ今になってその気はないと言おうと思ったのか。
「誤解させてしまっていたのなら、丁寧に説明して納得していただくしかありませんね。傷つくとは思いますが。でも、今になってはっきり言おうとなさったのは、何故なのですか? これまでも話す機会はあったと思いますが」
「ひとつはリゼとオリビアの両親から、はっきりさせてほしいと連絡があったからだ。母親の看病のために実家に帰るようにオリビアに話してほしいという手紙の中に、その件も書いてあった」
両親としては、年頃の娘がいつまでも姉の嫁ぎ先に行ったきりで、四年も経つのに後添いの話も出ないなら、そろそろ見切りをつけて他の相手をと考えても不思議ではない。
「『ひとつは』ということは、他にも理由があるのですか?」
ここまで聞く気はジゼルもなかったが、きっとボルトレフの者ではない、誰かに聞いてほしかったのかもしれない。
ジゼルも今日、家族でない第三者に気持ちを打ち明けることで、随分気が楽になった。
ボルトレフの総領で、実権も握っているユリウスの決定に、否を唱える者はそうそう居ないだろうが、彼も人であるからには、時には弱音も吐きたくなるだろう。
もちろん当の本人であるオリビアや、その家族も関係者だ。そして周りはすべて彼の身内と言える人たちである。
そういった相手が周りにいなくて、ジゼルに話しているのかも知れない。
(適切な助言は出来ないでしょうけど、ただ話を聞くだけなら私にもできるわ。出来るだけ彼の気持ちに寄り添ってあげられたらいいのだけど)
一人で抱え込むのは重い荷物もある。それを少しでも軽くしてあげられるなら、ジゼルがここに来た意味もあるというものだ。
(もし、王宮に戻っても、時折手紙をやり取り出来たら。そんな関係になれたらいいのに)
友人と呼べるような人がジゼルにはいない。もしそんな関係を彼と築けたらいいのに。そんな考えがジゼルに浮かんでいた。
しかし、それはすぐに叶わない望みだとわかった。
「もうひとつは、俺に特別な関係になりたいと思う相手が出来たからだ」
「え」
ジゼルの表情が一瞬固まった。
「オリビアではない。他にこの人ならと思える相手が出来た」
それを聞いてジゼルの頭は真っ白になった。
オリビアとは結婚する気はない。でも他にそんな相手がいる。そうなれば、彼ほどの人なら概ねどんな人でも望んで娶ることができるのではないだろうか。
(でもそうなったら、他の女性と手紙のやり取りなんて、その方が面白く思わないわね)
いくら友人と言っても、男と女同士で頻繁に手紙を送りあっていたら、それを変に勘繰る人も出てくるだろう。
そんな夫婦間に余計な波風を、ジゼルは立てたいわけではない。
「まあ、そんな方が…では、やはりオリビアさんにははっきり仰らないといけませんね。その方にも申し訳ないわ」
なぜか胸がキリキリと痛んだが、努めて何気ない風を装った。
「ではその方とのことを公表なさればよろしいのでは? そうすればオリビアさんも諦めると思いますが」
そんな相手がいるなら、さっさとその人と再婚すればいいだけのことだ。誰もがそう思うことだ。彼がそのことに気づかないはずがないのに。
そうならば、この会話は何だというのだろうか。
「しかし、その人が受け入れてくれるかどうか、わからない」
「その方に、あなたの気持ちをまだ伝えていないと?」
「そうなのだ。何しろ彼女に対する気持ちを自覚したのが、最近のことなんだ」
「素直に想いを伝えれば、そのお相手も喜んで応えられるのでは?」
もしかしたら、彼はその意中の人に想いを告げる方法がわからず、その助言を自分に求めているのかも知れない。
ジゼルはそう思い至った。
「そう思うか?」
「その方のことを私は存じ上げないので、何とも申せませんが、あなたのことを良く知っている方なら、断ったりしないのでは?」
「しかし、相手には別に好きな人がいるようなのだ」
「まあ」
ユリウスに想いを告げられ、それを断る女性は少ないだろうが、相手に別に想う人がいるなら話は別だ。
「オリビアとの結婚はない。それは決まっている。だが、もしその人が他に好きな人がいるなら、その人と俺もまた、結婚はない」
エレトリカの王宮で、向かってくる護衛騎士たちを払い除け、堂々とした風格を見せた彼と本当に同一人物なのかと疑うくらい、今の彼は弱々しく見えた。
ジゼルより遥かに背も高く立派な体格をしていて、地位も実力もあって人望もある彼が、まるで幼子のように思える。
でもそんな彼の姿を見てかわいいと思い、ジゼルの胸がキュンとときめいた。
そんな心の動きに、ジゼルは自分でも驚いた。
オリビアが次のボルトレフ夫人は自分だと言っているということは、ユリウス自身が彼女を後妻として迎えたいと言ったのだろうか。
「いや、俺はそのようなことを言った覚えはない」
「え、でも…」
「それは彼女が他の者にそう言っているのを見た者が教えてくれたからだ」
「彼女が自分からそのように触れ回ったのですか?」
「オリビアが勘違いするような言動を、俺がしたのかも知れない。いや、はっきりその気はないと言わなかったのが悪かったのだ。しかし、それは事実無根だ。妻に迎えたいとは思わないし、俺の望まない結婚をここで強要する者は誰もいない」
ここでの彼の決定は絶対で、皆がそれに従う。異論は認めない。そんな強い意志が彼の瞳に宿っていた。
「随分前からそのことは知っていたのだが、一族の者の中に、そう考えている者がいたのは確かだ。否定もしてこなかった。噂はあくまで噂だから、そのうち消えるだろうと思っていた。そんな噂が広がったところで、俺は痛くも痒くもないし、何の実害もないと思っていたのだが…」
「だが?」
「そろそろそれは有り得ない話だと、はっきり言うべきだろう」
随分前から次にユリウスが結婚する相手は自分だと、オリビアが言い触らしていることを知りつつ、放置していたのに、なぜ今になってその気はないと言おうと思ったのか。
「誤解させてしまっていたのなら、丁寧に説明して納得していただくしかありませんね。傷つくとは思いますが。でも、今になってはっきり言おうとなさったのは、何故なのですか? これまでも話す機会はあったと思いますが」
「ひとつはリゼとオリビアの両親から、はっきりさせてほしいと連絡があったからだ。母親の看病のために実家に帰るようにオリビアに話してほしいという手紙の中に、その件も書いてあった」
両親としては、年頃の娘がいつまでも姉の嫁ぎ先に行ったきりで、四年も経つのに後添いの話も出ないなら、そろそろ見切りをつけて他の相手をと考えても不思議ではない。
「『ひとつは』ということは、他にも理由があるのですか?」
ここまで聞く気はジゼルもなかったが、きっとボルトレフの者ではない、誰かに聞いてほしかったのかもしれない。
ジゼルも今日、家族でない第三者に気持ちを打ち明けることで、随分気が楽になった。
ボルトレフの総領で、実権も握っているユリウスの決定に、否を唱える者はそうそう居ないだろうが、彼も人であるからには、時には弱音も吐きたくなるだろう。
もちろん当の本人であるオリビアや、その家族も関係者だ。そして周りはすべて彼の身内と言える人たちである。
そういった相手が周りにいなくて、ジゼルに話しているのかも知れない。
(適切な助言は出来ないでしょうけど、ただ話を聞くだけなら私にもできるわ。出来るだけ彼の気持ちに寄り添ってあげられたらいいのだけど)
一人で抱え込むのは重い荷物もある。それを少しでも軽くしてあげられるなら、ジゼルがここに来た意味もあるというものだ。
(もし、王宮に戻っても、時折手紙をやり取り出来たら。そんな関係になれたらいいのに)
友人と呼べるような人がジゼルにはいない。もしそんな関係を彼と築けたらいいのに。そんな考えがジゼルに浮かんでいた。
しかし、それはすぐに叶わない望みだとわかった。
「もうひとつは、俺に特別な関係になりたいと思う相手が出来たからだ」
「え」
ジゼルの表情が一瞬固まった。
「オリビアではない。他にこの人ならと思える相手が出来た」
それを聞いてジゼルの頭は真っ白になった。
オリビアとは結婚する気はない。でも他にそんな相手がいる。そうなれば、彼ほどの人なら概ねどんな人でも望んで娶ることができるのではないだろうか。
(でもそうなったら、他の女性と手紙のやり取りなんて、その方が面白く思わないわね)
いくら友人と言っても、男と女同士で頻繁に手紙を送りあっていたら、それを変に勘繰る人も出てくるだろう。
そんな夫婦間に余計な波風を、ジゼルは立てたいわけではない。
「まあ、そんな方が…では、やはりオリビアさんにははっきり仰らないといけませんね。その方にも申し訳ないわ」
なぜか胸がキリキリと痛んだが、努めて何気ない風を装った。
「ではその方とのことを公表なさればよろしいのでは? そうすればオリビアさんも諦めると思いますが」
そんな相手がいるなら、さっさとその人と再婚すればいいだけのことだ。誰もがそう思うことだ。彼がそのことに気づかないはずがないのに。
そうならば、この会話は何だというのだろうか。
「しかし、その人が受け入れてくれるかどうか、わからない」
「その方に、あなたの気持ちをまだ伝えていないと?」
「そうなのだ。何しろ彼女に対する気持ちを自覚したのが、最近のことなんだ」
「素直に想いを伝えれば、そのお相手も喜んで応えられるのでは?」
もしかしたら、彼はその意中の人に想いを告げる方法がわからず、その助言を自分に求めているのかも知れない。
ジゼルはそう思い至った。
「そう思うか?」
「その方のことを私は存じ上げないので、何とも申せませんが、あなたのことを良く知っている方なら、断ったりしないのでは?」
「しかし、相手には別に好きな人がいるようなのだ」
「まあ」
ユリウスに想いを告げられ、それを断る女性は少ないだろうが、相手に別に想う人がいるなら話は別だ。
「オリビアとの結婚はない。それは決まっている。だが、もしその人が他に好きな人がいるなら、その人と俺もまた、結婚はない」
エレトリカの王宮で、向かってくる護衛騎士たちを払い除け、堂々とした風格を見せた彼と本当に同一人物なのかと疑うくらい、今の彼は弱々しく見えた。
ジゼルより遥かに背も高く立派な体格をしていて、地位も実力もあって人望もある彼が、まるで幼子のように思える。
でもそんな彼の姿を見てかわいいと思い、ジゼルの胸がキュンとときめいた。
そんな心の動きに、ジゼルは自分でも驚いた。