出戻り王女の恋愛事情〜人質ライフは意外と楽しい
突然の告白に、ジゼルは頭の中が真っ白になって何も言えずにただその場に立ち尽くしていた。
ユリウスの気になる相手まさか自分のことだったとは、思いもしなかった。
「何か言ってくれ」
沈黙に耐えられず、ユリウスが唸るように言った。
「えっと…その…なぜ? いつから…なぜ?」
すっかり動揺し「なぜ」を二回も繰り返す。
「いつから…そうだな。最初から綺麗な人だとは思っていた。でも、綺麗なだけで箱入りのお姫様かと思ったが、自ら『人質』を志願し、責任を果たそうとする。未知の土地に赴き不安もあるだろうに、周りに気遣いも見せる。俺が働けと言えば素直に受け入れ、一生懸命に取り組む。そのうちなぜか目が離せなくなった」
「あ、あの、もういいです」
理由を聞いたのは自分なのに、いざその理由を並べ立てられると、恥ずかしくなって慌てて遮った。
父と母のお陰か、容姿を褒められたことはこれまでもあった。
しかし、それ以外のことで、家族ではない人に面と向かって褒められたことはない。
そんなジゼルの様子をユリウスは微笑ましく見つめた。
彼女ほどの容姿なら、褒められて当前だとか、言われ慣れているような素振りをしてもいいだろうに、己を知らないのか、褒められなれていないのか、それともバレッシオ公国での日々が彼女の自己評価を低くしたのか。
どれにしても、それが今の彼女を作ったのなら、そんな彼女を好ましく思う。
「もういいのか? まだあるぞ」
「いえ、もう十分です」
「それで、あなたは?」
「え?」
「あなたは、俺のことをどう思います? 確か『素直に想いを伝えれば、お相手も喜んで応えられるのでは?』だったか」
先程のジゼルの言葉を覚えていたようで、ユリウスは彼女の台詞を繰り返す。
「それから『あなたのことを良く知っている方なら、断ったりしないのでは?』とも言っていた。ということは、あなたも俺に対してそう思っているということですか?」
「そ、それは…一般論を言ったまでで…私がそんなことを言うのは烏滸がましいことで…」
「それはあなたのやり方?」
「え?」
「期待を持たせて、拒絶する」
「そ、そんなこと…」
まるで恋に手慣れた女性のように言われる。実際のジゼルは恋の駆け引きなど何も知らない。それどころか夫婦の夜の生活もうまくこなせない。
「わかっている。からかっただけだ」
「か…」
ジゼルはあ然と口を開けた。
「そんな駆け引きが出来る人でないことは、あなたを見ていればわかる」
まだ出会って日も浅いのに、彼は観察眼に優れているのか、自分をすべて受け入れてくれる彼の口ぶりだった。
ジゼルはそこにユリウスの指導者としての力量と、懐の深さを感じた。
「あなたの言った条件。ひとつ、年齢は関係ない。ということは、ひとつ下でも構わないな。それからもうひとつ、子供は産まなくていい。俺には既にリロイとミアがいる。だから、あなたは産まなくてもいい」
指をひとつひとつ立てて、彼はジゼルに理詰めで攻めてきた。
「そして最後、君が望まない限り、夜の夫婦生活を求めない。最後のは、いずれ何とか考えるとして、とりあえず君の隣で寝るだけでいい。俺は全ての条件を満たし、叶えてやれると思うが、どうだ?」
最後の方で気になる言い方をしたが、どこまでもジゼルのことを考えた提案だった。
「そんなこと…本当に出来るのですか?」
「俺は出来ないことは約束しない。それに、あなたと出来ないからと言って、他の女を抱いたりもしない。きちんと操は立てる」
「そんなことをして、あなたに何の得があると言うのです。抱かれることを拒む女の側でただ寝るだけなんて、それでいいのですか」
男の性欲がどんなものかはっきり知らないジゼルでも、普通に健康な男がただ隣で寝るだけで満足するとは思えない。
「確かに、俺には拷問かも知れないが、あなたを怖がらせたくはない。それであなたに嫌われるくらいなら、俺は何度でも冷たい水を浴びる。それに…」
「それに?」
「こんなに素直なあなたが、不感症などとは思えない。きっとバレッシオ大公が下手だっただけだ。寝床を共にする内に、あなたが望むなら俺が手解きしてもいい。試して見る価値はある」
「そ…そんなこと…」
「俺に触れられて、不快だったりするか? 今日も俺はあなたを抱き上げたり、それなりに体に触れている」
そう問われて、ジゼルは押し黙って考えた。
ユリウスといると、なぜか感情が掻き乱され、ドキドキすることが多い。彼の言動であたふたしたり、胸がざわついたりはするが、不快だと感じたことはない。
「本来、肌と肌を触れ合わせ、体を重ねることは快感である筈なんだ。そうでなければ、人は快楽を求めはしない。動物は子孫を遺すために発情期に交尾するが、人はそうでなくても交わる。あなたが望むなら、俺の手でその快楽を味わわせてあげたい。いや、あなたと共にその快感を共有したい」
そう語るユリウスの瞳が赤く輝き、情熱が滾ったのがジゼルにもわかり、体が震えた。
それは寒さからでも恐怖からでもない。
自分の体なのに、勝手に反応する。
「本当に…そんな世界が…あるのですか?」
ジゼルにとっては苦痛でしかなかった時間。ただシーツをきつく握りしめて唇を噛み、耐え忍んだ行為だった。
しかし、同時にその快楽に溺れる者がいることも聞いていた。
なのに自分は少しも気持ちよくなかった。だから自分がおかしいのだと思った。
『お前では勃たない。お前のせいだ。俺が不能になったのはお前が悪い』
そう罵倒するドミニコの声が蘇る。
「無理に今考えなくてもいい。その件はあなたの心の準備が出来てからで構わない。俺はただ、俺の気持ちを伝えたかっただけだ。嫌なら断ってくれ。それでここでのあなたの生活が変わるわけではない。子供たちの家庭教師と、お針子としての仕事だけでも大丈夫だから」
俯いて黙り込んだジゼルの腕をそっとユリウスが触れる。
子供をあやすような優しい手付きに、ジゼルは彼の気遣いを感じた。
ユリウスの気になる相手まさか自分のことだったとは、思いもしなかった。
「何か言ってくれ」
沈黙に耐えられず、ユリウスが唸るように言った。
「えっと…その…なぜ? いつから…なぜ?」
すっかり動揺し「なぜ」を二回も繰り返す。
「いつから…そうだな。最初から綺麗な人だとは思っていた。でも、綺麗なだけで箱入りのお姫様かと思ったが、自ら『人質』を志願し、責任を果たそうとする。未知の土地に赴き不安もあるだろうに、周りに気遣いも見せる。俺が働けと言えば素直に受け入れ、一生懸命に取り組む。そのうちなぜか目が離せなくなった」
「あ、あの、もういいです」
理由を聞いたのは自分なのに、いざその理由を並べ立てられると、恥ずかしくなって慌てて遮った。
父と母のお陰か、容姿を褒められたことはこれまでもあった。
しかし、それ以外のことで、家族ではない人に面と向かって褒められたことはない。
そんなジゼルの様子をユリウスは微笑ましく見つめた。
彼女ほどの容姿なら、褒められて当前だとか、言われ慣れているような素振りをしてもいいだろうに、己を知らないのか、褒められなれていないのか、それともバレッシオ公国での日々が彼女の自己評価を低くしたのか。
どれにしても、それが今の彼女を作ったのなら、そんな彼女を好ましく思う。
「もういいのか? まだあるぞ」
「いえ、もう十分です」
「それで、あなたは?」
「え?」
「あなたは、俺のことをどう思います? 確か『素直に想いを伝えれば、お相手も喜んで応えられるのでは?』だったか」
先程のジゼルの言葉を覚えていたようで、ユリウスは彼女の台詞を繰り返す。
「それから『あなたのことを良く知っている方なら、断ったりしないのでは?』とも言っていた。ということは、あなたも俺に対してそう思っているということですか?」
「そ、それは…一般論を言ったまでで…私がそんなことを言うのは烏滸がましいことで…」
「それはあなたのやり方?」
「え?」
「期待を持たせて、拒絶する」
「そ、そんなこと…」
まるで恋に手慣れた女性のように言われる。実際のジゼルは恋の駆け引きなど何も知らない。それどころか夫婦の夜の生活もうまくこなせない。
「わかっている。からかっただけだ」
「か…」
ジゼルはあ然と口を開けた。
「そんな駆け引きが出来る人でないことは、あなたを見ていればわかる」
まだ出会って日も浅いのに、彼は観察眼に優れているのか、自分をすべて受け入れてくれる彼の口ぶりだった。
ジゼルはそこにユリウスの指導者としての力量と、懐の深さを感じた。
「あなたの言った条件。ひとつ、年齢は関係ない。ということは、ひとつ下でも構わないな。それからもうひとつ、子供は産まなくていい。俺には既にリロイとミアがいる。だから、あなたは産まなくてもいい」
指をひとつひとつ立てて、彼はジゼルに理詰めで攻めてきた。
「そして最後、君が望まない限り、夜の夫婦生活を求めない。最後のは、いずれ何とか考えるとして、とりあえず君の隣で寝るだけでいい。俺は全ての条件を満たし、叶えてやれると思うが、どうだ?」
最後の方で気になる言い方をしたが、どこまでもジゼルのことを考えた提案だった。
「そんなこと…本当に出来るのですか?」
「俺は出来ないことは約束しない。それに、あなたと出来ないからと言って、他の女を抱いたりもしない。きちんと操は立てる」
「そんなことをして、あなたに何の得があると言うのです。抱かれることを拒む女の側でただ寝るだけなんて、それでいいのですか」
男の性欲がどんなものかはっきり知らないジゼルでも、普通に健康な男がただ隣で寝るだけで満足するとは思えない。
「確かに、俺には拷問かも知れないが、あなたを怖がらせたくはない。それであなたに嫌われるくらいなら、俺は何度でも冷たい水を浴びる。それに…」
「それに?」
「こんなに素直なあなたが、不感症などとは思えない。きっとバレッシオ大公が下手だっただけだ。寝床を共にする内に、あなたが望むなら俺が手解きしてもいい。試して見る価値はある」
「そ…そんなこと…」
「俺に触れられて、不快だったりするか? 今日も俺はあなたを抱き上げたり、それなりに体に触れている」
そう問われて、ジゼルは押し黙って考えた。
ユリウスといると、なぜか感情が掻き乱され、ドキドキすることが多い。彼の言動であたふたしたり、胸がざわついたりはするが、不快だと感じたことはない。
「本来、肌と肌を触れ合わせ、体を重ねることは快感である筈なんだ。そうでなければ、人は快楽を求めはしない。動物は子孫を遺すために発情期に交尾するが、人はそうでなくても交わる。あなたが望むなら、俺の手でその快楽を味わわせてあげたい。いや、あなたと共にその快感を共有したい」
そう語るユリウスの瞳が赤く輝き、情熱が滾ったのがジゼルにもわかり、体が震えた。
それは寒さからでも恐怖からでもない。
自分の体なのに、勝手に反応する。
「本当に…そんな世界が…あるのですか?」
ジゼルにとっては苦痛でしかなかった時間。ただシーツをきつく握りしめて唇を噛み、耐え忍んだ行為だった。
しかし、同時にその快楽に溺れる者がいることも聞いていた。
なのに自分は少しも気持ちよくなかった。だから自分がおかしいのだと思った。
『お前では勃たない。お前のせいだ。俺が不能になったのはお前が悪い』
そう罵倒するドミニコの声が蘇る。
「無理に今考えなくてもいい。その件はあなたの心の準備が出来てからで構わない。俺はただ、俺の気持ちを伝えたかっただけだ。嫌なら断ってくれ。それでここでのあなたの生活が変わるわけではない。子供たちの家庭教師と、お針子としての仕事だけでも大丈夫だから」
俯いて黙り込んだジゼルの腕をそっとユリウスが触れる。
子供をあやすような優しい手付きに、ジゼルは彼の気遣いを感じた。