出戻り王女の恋愛事情〜人質ライフは意外と楽しい
(この人は、どうして私のほしい言葉をくれるの)

 ジゼルはペリドットの瞳をユリウスの顔に向け、じっと彼を見た。

「なんだ?」

 血のようだと初めて見たときに思った彼の瞳は、今ではまるで灯火のように思える。
 ジゼルの行く道を照らす灯り。そしてジゼルを優しく包み込み温めてくれる灯り。

「綺麗な瞳だと思って見つめていました」

 素直にジゼルがそう言うと、その瞳を驚きで見開いた後、ふっと目尻を下げて微笑んだ。

「綺麗なのはあなたの方だ、ジゼル。神々しいまでに美しく輝くペリドットの瞳。ペリドットは夜でもその輝きが変わらないそうだ。どんな時も輝きを失わない夜のエメラルド。あなたらしい」

 ジゼルの小麦色の髪をひと房手に取ると、ユリウスはその髪にそっと唇を寄せた。
 ジゼルの肩がピクリと動く。

「俺に触られるのは嫌か?」

 彼を誤解させてしまったと気付き、ジゼルは勢い良く首を振った。

「いいえ、その…あなたに触れられるのは少しも嫌ではありません」
「私に触れられるのが、少しも嫌ではないとか、私を煽ってどうしようと言うんです」
「あ、煽るだなんて…」

 煽り方など知らない。そんなつもりも、そうしている自覚もジゼルにはない。

「俺はあなたに欲情を抱いている」

 はっきりそんなことを言われたのは初めてだった。
 しかし、不思議と彼に言われて不快とは思わない。

「もっとあなたに触れて、あわよくば直接その素肌に触れたい。手や耳ではなく、あなたの丸みを帯びた柔らかい乳房や細い腰、そして秘密の入り口に手を差し伸べ、この硬くなった俺のものを受け入れてほしい」

 男女の親密な繋がりについて直接的に耳にするのは初めてのことだった。

 聞きながらジゼルは頬がさっきよりも更に赤くなるのを感じた。

「だが、あなたはそのことに恐怖を感じている」
「それは…」

 自分がついさっきユリウスに対して訴えたことだから、否定はしない。
 
「覚えておいてほしい。欲情を抱いている相手に、不用意に『嫌じゃない』などと言わないことだ。馬鹿な男はそれを了承の合図だと勘違いする」
「あなたは馬鹿ではありませんわ」

 彼が馬鹿だったら、トリカディールとの戦争はエレトリカの敗北で終わっていただろう。

「いや、恋に浮かれた男は、馬鹿で愚かで、単純だ」
「こ、恋?」
「そうだ。俺は君に恋している。多分初恋と言っていいだろう」
「は、初恋? でも、あなたは…」

 とうに亡くなったとは言え、彼もかつては結婚していて、妻がいた。

「ああ、リゼのことは今でも大切な女性だと思っている。しかし、それは長年共にいたことで抱く愛情で、恋じゃない。俺があなたを思って身を焦がし、眠れない夜を過ごしているのをあなたは知らないだろう」
「そ…」

 もちろん、そんなことジゼルは知らない。
 自分が彼にとって初恋で、そして成熟した大人の男であるため体が反応し、ある部分が変貌を遂げているのだと言われて、ジゼルは自分がどうするべきか、彼に何と言えばいいか、適切な言葉が見つからない。

「亡くなった奥様は、そのことを…」
「好意はあったとわかっていただろうが、彼女がどう思っていたのかはわからない。俺自身もあなたに出会って気づいたくらいだし、その時は彼女しかいないと思っていた。リロイとミアを生んでくれた彼女に、愛情は今でもある。ただそれはあなたに向ける気持ちと違うということはわかる」
   
 亡くなったユリウスの妻が、彼をどう思っていたのか、もう、確かめようがない。でも、仮に二人の気持ちの重さが違っていたとしても、ユリウスは亡妻に対し、何ら後ろめたいこともしていない。
 もし、ジゼルが亡妻と結婚する前にユリウスに会っていたとして、同じ気持ちを抱いたか、それもわからない。

「薄情だと思うかも知れないが、リゼとあなたに対する気持ちは同じではない。仮に今でも彼女が生きていて、側にいたならあなたを綺麗だと思っても、こんな気持ちにはならなかった」

 それはジゼルも同感だった。
 ジゼルは、今の自分だからこそ、ユリウスに惹かれているのだ。そして、ユリウスもまた、今の彼だからジゼルに惹きつけられるのだと感じていた。

「最初から出会っていても、俺はボルトレフの総領で、あなたはエレトリカの王女。そんなふうにしか、互いを見られなかったと思う」
「私も、そう思います。あなたが今のあなたになるために積み重ねてきたことが今のあなただから、子供たちがいて、ボルトレフの総領としての責任があって、きっとあなたと私はかつて私達の祖先が交わした契約の相手、ボルトレフとエレトリカの王族の一人としか、認識しなかったと」 

 ユリウスは大きくて力強い手を、ジゼルの背中に回し引き寄せる。ピタリと隙き間もなく密着すると、ジゼルは今すぐにでも発火しそうになった。
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