出戻り王女の恋愛事情〜人質ライフは意外と楽しい
オリビアに一方的に言いがかりをつけられ、何とも気分が落ち着かないまま、ジゼルは部屋へと戻った。
しかし、部屋へ戻るとジゼル以上に憤懣やるかたないといった表情のメアリーがいた。
「どうしたの? メアリー」
もともと表情豊かで、喜怒哀楽がわかりやすいメアリーは、エレトリカの王宮でジゼルについての陰口を聞いてくると、よくそんな顔をしていた。
「何か気になることでも聞いたの?」
「えっ! あ、別に……」
「メアリー」
メアリーは誤魔化そうとしたが、ジゼルは引かなかった。
「………その、外で噂を耳にしました」
「そう。どんな?」
メアリーは用事を頼まれて街へ出掛けていた。
ジゼルの身の回りのことだけでは時間を持て余すからと、あちこち人手が足りないところに臨時的に手伝いに行っているのだ。
「その…ジゼル様がボルトレフの屋敷にいることが噂になっておりまして、私がジゼル様の侍女だと聞いて、あんたも大変だなと声をかけられ……、その……性格が悪くて婚家を追い出されただとか、ここを田舎くさいと馬鹿にしているとか、ボルトレフはならず者の寄せ集めだと喚いていると。見かけだけは良いから、総領はじめ男を手玉にとっているなどと……」
「まあ」
どれも言われがちな話だったが、事実とはかけ離れた噂だ。
「『そんなことはない! ジゼル様はそんな方ではありません』と叫んで帰ってきました」
「メアリー」
憤慨するメアリーに、ジゼルは優しく微笑みかけた。
「ジゼル様をよく知りもしないで、勝手に噂だけでどんな人間か決めてしまうなんて、ひどいです」
悔しそうにメアリーは唇を噛む。
「本当のジゼル様はお優しくてとてもいい方なのに、誤解されて悔しい」
「ありがとう、メアリー。私のことなのに、自分のことのように思って悔しがってくれるのね」
「当たり前です。ジゼル様のことを少しでも知っている人なら、そんな方ではないとすぐわかるのに」
「私のことを庇ってくれるのは嬉しいけど、あなたが誰かに食って掛かったら、逆にあなたに悪い印象を持ってしまうかもしれないわ」
「でもジゼル様、あんな根も葉もない噂、誰かがわざと流したとしか思えません」
「あら、そんな噂、流して何の得があるの?」
ジゼルについて関心があったとしても、悪い噂しか流れていないのは何故なのだろう。
なぜ自分のそんな噂が流れているのだろう。
ここに来てまだ日も浅く、それほどたくさんの人と触れ合ってきたわけでない。
自分のことで噂が流れるのは仕方がないが、色んな憶測があってもいいだろうに、メアリーが聞いてきたジゼルについての噂は、どれも悪いものだった。
エレトリカ王家に恨みを持つ人だろうか。
「戻ってそんな噂を耳にしたと話したら、他の人も街で聞いたと言っていました」
「そう、街で……ここの邸の人は誰もそうは言っていないの?」
「え、さあ、どうでしょう。そんな噂を聞いたとしか言っていませんでしたが、私が話をしたのは、ジゼル様と会話をしたことがある人ばかりでした。皆、驚いていました。そんな方ではないのにと」
「では、勝手に噂が一人歩きしているのね」
王女という身分で注目を浴び、目立つのは仕方がない。
どんな人間なのか、憶測が飛び交う中で誰かがまことしやかに囁やけば、それが人の口から口へ伝えられる内に、いろんな尾ひれがついてしまう。
噂とはそういうものだ。
「私もここへ来る前にオリビアさんに同じようなことを言われたの」
「オリビアさんが?」
「ええ、あの人がここに来たとき、少しお話をして、仲良くしてほしいと言われたのです。でも、今日お会いしたら、敵意を向けられて……あの人も噂を聞いたみたいね」
「あの人、人によって態度がまるで違うそうですよ。ケーラさんやレシティさんのようにここを取り仕切っている方にはおとなしいふりをして、そうでない人には偉そうに振る舞うとか聞きました」
「そうなの?」
「はい。ボルトレフ卿の親戚だからとあれこれ指図してくると、厨房や洗濯室では鬱陶しがられていました」
「メアリーは、人と仲良くなるのが上手ね」
ここに来てまだ十日も経っていないのに、あちこちに知り合いを作っていることにジゼルは感心した。
「皆さん私がジゼル様の侍女だと知っていて、話しかけてくれるのです」
「メアリーが話しやすいからよ」
「ジゼル様にそう言ってもらえて嬉しいです」
「メアリーが羨ましいわ」
「ええ! ジゼル様、それは私の台詞ですよ。ジゼル様こそ私の憧れです」
「あなたが裏表のない人でほんとうに救われているのよ」
「ジゼル様、ジゼル様と少しでも話しをしたら、あんなのデマだって誰でもわかります。だから気になさらないでください。私、あれはデマだって言い回りますから」
「そんなことしなくていいのよ。人の噂なんていちいち目くじらを立てていたら、何も出来ないわ」
「ジゼル様は素敵です。ボルトレフ卿だって、そんなジゼル様だから心を惹かれたんです。自信を持ってください」
「そ、そうね……」
ユリウスの名前を聞いて、ジゼルはドキリとした。
名前を聞いたからだろうか。あの日以来会えていない彼が、不意に恋しくなった。
しかし、部屋へ戻るとジゼル以上に憤懣やるかたないといった表情のメアリーがいた。
「どうしたの? メアリー」
もともと表情豊かで、喜怒哀楽がわかりやすいメアリーは、エレトリカの王宮でジゼルについての陰口を聞いてくると、よくそんな顔をしていた。
「何か気になることでも聞いたの?」
「えっ! あ、別に……」
「メアリー」
メアリーは誤魔化そうとしたが、ジゼルは引かなかった。
「………その、外で噂を耳にしました」
「そう。どんな?」
メアリーは用事を頼まれて街へ出掛けていた。
ジゼルの身の回りのことだけでは時間を持て余すからと、あちこち人手が足りないところに臨時的に手伝いに行っているのだ。
「その…ジゼル様がボルトレフの屋敷にいることが噂になっておりまして、私がジゼル様の侍女だと聞いて、あんたも大変だなと声をかけられ……、その……性格が悪くて婚家を追い出されただとか、ここを田舎くさいと馬鹿にしているとか、ボルトレフはならず者の寄せ集めだと喚いていると。見かけだけは良いから、総領はじめ男を手玉にとっているなどと……」
「まあ」
どれも言われがちな話だったが、事実とはかけ離れた噂だ。
「『そんなことはない! ジゼル様はそんな方ではありません』と叫んで帰ってきました」
「メアリー」
憤慨するメアリーに、ジゼルは優しく微笑みかけた。
「ジゼル様をよく知りもしないで、勝手に噂だけでどんな人間か決めてしまうなんて、ひどいです」
悔しそうにメアリーは唇を噛む。
「本当のジゼル様はお優しくてとてもいい方なのに、誤解されて悔しい」
「ありがとう、メアリー。私のことなのに、自分のことのように思って悔しがってくれるのね」
「当たり前です。ジゼル様のことを少しでも知っている人なら、そんな方ではないとすぐわかるのに」
「私のことを庇ってくれるのは嬉しいけど、あなたが誰かに食って掛かったら、逆にあなたに悪い印象を持ってしまうかもしれないわ」
「でもジゼル様、あんな根も葉もない噂、誰かがわざと流したとしか思えません」
「あら、そんな噂、流して何の得があるの?」
ジゼルについて関心があったとしても、悪い噂しか流れていないのは何故なのだろう。
なぜ自分のそんな噂が流れているのだろう。
ここに来てまだ日も浅く、それほどたくさんの人と触れ合ってきたわけでない。
自分のことで噂が流れるのは仕方がないが、色んな憶測があってもいいだろうに、メアリーが聞いてきたジゼルについての噂は、どれも悪いものだった。
エレトリカ王家に恨みを持つ人だろうか。
「戻ってそんな噂を耳にしたと話したら、他の人も街で聞いたと言っていました」
「そう、街で……ここの邸の人は誰もそうは言っていないの?」
「え、さあ、どうでしょう。そんな噂を聞いたとしか言っていませんでしたが、私が話をしたのは、ジゼル様と会話をしたことがある人ばかりでした。皆、驚いていました。そんな方ではないのにと」
「では、勝手に噂が一人歩きしているのね」
王女という身分で注目を浴び、目立つのは仕方がない。
どんな人間なのか、憶測が飛び交う中で誰かがまことしやかに囁やけば、それが人の口から口へ伝えられる内に、いろんな尾ひれがついてしまう。
噂とはそういうものだ。
「私もここへ来る前にオリビアさんに同じようなことを言われたの」
「オリビアさんが?」
「ええ、あの人がここに来たとき、少しお話をして、仲良くしてほしいと言われたのです。でも、今日お会いしたら、敵意を向けられて……あの人も噂を聞いたみたいね」
「あの人、人によって態度がまるで違うそうですよ。ケーラさんやレシティさんのようにここを取り仕切っている方にはおとなしいふりをして、そうでない人には偉そうに振る舞うとか聞きました」
「そうなの?」
「はい。ボルトレフ卿の親戚だからとあれこれ指図してくると、厨房や洗濯室では鬱陶しがられていました」
「メアリーは、人と仲良くなるのが上手ね」
ここに来てまだ十日も経っていないのに、あちこちに知り合いを作っていることにジゼルは感心した。
「皆さん私がジゼル様の侍女だと知っていて、話しかけてくれるのです」
「メアリーが話しやすいからよ」
「ジゼル様にそう言ってもらえて嬉しいです」
「メアリーが羨ましいわ」
「ええ! ジゼル様、それは私の台詞ですよ。ジゼル様こそ私の憧れです」
「あなたが裏表のない人でほんとうに救われているのよ」
「ジゼル様、ジゼル様と少しでも話しをしたら、あんなのデマだって誰でもわかります。だから気になさらないでください。私、あれはデマだって言い回りますから」
「そんなことしなくていいのよ。人の噂なんていちいち目くじらを立てていたら、何も出来ないわ」
「ジゼル様は素敵です。ボルトレフ卿だって、そんなジゼル様だから心を惹かれたんです。自信を持ってください」
「そ、そうね……」
ユリウスの名前を聞いて、ジゼルはドキリとした。
名前を聞いたからだろうか。あの日以来会えていない彼が、不意に恋しくなった。