出戻り王女の恋愛事情〜人質ライフは意外と楽しい
出会ったばかりの人を、数日会えないだけで恋しく思うようになるとは、ジゼルは自分の変化に驚いていた。
「ジゼル様?」
「あ、何でもないわ」
「私、ケーラさんやサイモンさんたちにも、ジゼル様のことで悪い噂が流れていること、話しておきます。もうご存知かもしれませんが」
「私についての噂程度で、忙しい人達を煩わせる必要はないわ。あちらから何か言ってくるまで、放っておきましょう」
「でも……」
「心配してくれてありがとう。でも、根も葉もない噂ならそのうち消えるでしょう。噂話をしただけでその人達に罪はないのですから。一過性のものだと思うわ」
「ジゼル様はお優し過ぎます。私なら大切な人が誤解されて悪く言われるのは嫌です」
「私にはメアリーという心強い味方がいて、ここの人たちも親切で、ミア様やリロイ様は可愛いわ。大人になってから、こんなに満たされた気持ちになることはなかった。だから余計な波風は立てたくないの」
噂話をされたからと、それだけで憤慨していては、狭量な人間だと思われてしまう。
「あなた達が聞いた噂は嘘だと言い回ったところで、すぐには信用してくれないでしょう。噂がなぜ広まったのかはわからないけど、まずは足元から取り組みましょう」
面識のない人たちに噂は真実とは違うと言っても、信用はされないだろう。
それよりはジゼルと直に接する機会の多い、この邸で働く人たちと交流を深め、噂が落ち着くか、消えるのを待つほうが得策だろう。
「え、食べたくない?」
ユリウスが不在の今、ジゼルは子供たちと一緒に食事をしている。
マナーの練習も兼ね、三人で食卓を囲んでいたのだが、その日のリロイは夕食はいらないと言って部屋に引きこもっていた。
「どこか具合が悪いなら、ファーガス先生をお呼びしましょうか?」
まさか熱でも出たのだろうか。
「あなたは彼の容態について何か知っている?」
「知らない」
ミアに聞くと、彼女はきっぱり頭を左右に振った。
生まれたときから一緒に、育ってきた二人でも知らないこともあるのかとジゼルは思った。
「体が悪いわけじゃない」
「え、どういうこと?」
「わかんない。お昼寝から起きたら、泣いていたの」
「怖い夢で見たのかしら」
繊細なリロイならあり得るとは思う。
「少し様子を見てくるわ。ミア様は一人で食べててください」
「やだ! ミアも行く、王女様についていく!」
食事の時間を遅らせたら、食べる前に寝てしまうかもしれない。そうなると食事を抜くことになるので、食べるように伝えたが、一人で食べるのがいやなのか、ミアは譲らなかった。
「じゃあ、食事はリロイ様のお部屋に運んでもらって、そこで食べましょう」
「うん!」
仕方なくジゼルは折れた。
「メアリー、後でリロイ様の部屋に三人分の食事を持ってきてくれるかしら?」
「はい、わかりました」
メアリーに食事の手配を頼み、ジゼルはミアと共にリロイの部屋に向かった。
子供部屋は二階にあるので、階段を上がって行く。
「あら、王女様、ミアも。どうされたんですか?」
階段を昇る途中で、二階から降りてこようとするオリビアに出会った。
「オリビアさん」
先程の一方的な言いがかりが思い出され、ジゼルは身を固くした。
「リロイのところへ行くの」
ミアが代わりに答えた。
「リロイ?」
「ええ、そうなのです。夕食を食べたくないと言っていると聞いて、具合が悪いのかと心配になって様子を」
「それなら、私が今見てきました。熱はなさそうでした」
「それは良かった」
「リロイは私が見ますから、大丈夫です」
「でも、少し様子だけでも」
「いいえ、さっき疲れたと言ってまた、眠ってしまいましたから、今はご遠慮ください」
「え…疲れたって?」
熱はないと聞いてホッとしたが、疲労とはどういうことだろう。
「五歳の子供にいきなりマナーだなんだと詰め込むから、疲れたのではないですか?」
オリビアの言い方は、ジゼルがやっていることに対しての文句だった。
「宮廷式かなんだか知りませんが、五歳の子に食べ方がどうだと難癖をつけるのは、どうかと思いますよ」
「そ、それは……」
「なによ、おばさんだっていつもこぼすなとかうるさいじゃない」
ジゼルが反論できないでいると、ミアが歯向かった。
「ミア様」
「な、なによ。それも王女様の指導なの? 生意気ね」
オリビアはそんなミアの態度もジゼルのせいにする。
「あの、すみません。ミア様、そんな言い方をしてはいけないわ」
「だって、おばさんだってちゃんとしろっていつも私達に言うのに、おかしいわ。自分はもっと怒って言うのよ。王女様のほうがもっとずっと優しいもの」
ミアが階段を駆け上がり、ジゼルとオリビアの間に立って、なおも文句を言う。
「それは、あなたたちがなかなか言うとおりにしないから……」
「でもお父様だって言うけど、怒ったりしないわ! いっつも怒っているのはおばさんだけよ。皆優しいもの」
「わ、私はあなたたちのことを思って……」
「お父様は本当に悪いことをしたらすっごく怖いけど、それは私達のためだって、それ以外は優しい。オリビアなんて遊んでくれないし、文句ばっかり」
五歳なのにミアはよく口がまわる。
「ミア様、それくらいに……」
「生意気な子ね」
オリビアは口元を歪め、ジゼルとミアを睨みつける。
「これもあなたの差金? 先に子供から懐柔するなんて、なかなかね」
「ち、違……」
「どいてちょうだい、邪魔よ」
オリビアがジゼルたちを避けて階段を降りようとして、ミアの肩先にぶつかった。
「あ!」
「あぶない!」
体の軽いミアは、軽くオリビアに当たっただけで、よろめいた。
倒れかけたミアの体をジゼルは抱きとめようとしたが、受け止めきれずに、ミアを抱えたまま、ジゼルは階段から落ちていった。
「ジゼル様?」
「あ、何でもないわ」
「私、ケーラさんやサイモンさんたちにも、ジゼル様のことで悪い噂が流れていること、話しておきます。もうご存知かもしれませんが」
「私についての噂程度で、忙しい人達を煩わせる必要はないわ。あちらから何か言ってくるまで、放っておきましょう」
「でも……」
「心配してくれてありがとう。でも、根も葉もない噂ならそのうち消えるでしょう。噂話をしただけでその人達に罪はないのですから。一過性のものだと思うわ」
「ジゼル様はお優し過ぎます。私なら大切な人が誤解されて悪く言われるのは嫌です」
「私にはメアリーという心強い味方がいて、ここの人たちも親切で、ミア様やリロイ様は可愛いわ。大人になってから、こんなに満たされた気持ちになることはなかった。だから余計な波風は立てたくないの」
噂話をされたからと、それだけで憤慨していては、狭量な人間だと思われてしまう。
「あなた達が聞いた噂は嘘だと言い回ったところで、すぐには信用してくれないでしょう。噂がなぜ広まったのかはわからないけど、まずは足元から取り組みましょう」
面識のない人たちに噂は真実とは違うと言っても、信用はされないだろう。
それよりはジゼルと直に接する機会の多い、この邸で働く人たちと交流を深め、噂が落ち着くか、消えるのを待つほうが得策だろう。
「え、食べたくない?」
ユリウスが不在の今、ジゼルは子供たちと一緒に食事をしている。
マナーの練習も兼ね、三人で食卓を囲んでいたのだが、その日のリロイは夕食はいらないと言って部屋に引きこもっていた。
「どこか具合が悪いなら、ファーガス先生をお呼びしましょうか?」
まさか熱でも出たのだろうか。
「あなたは彼の容態について何か知っている?」
「知らない」
ミアに聞くと、彼女はきっぱり頭を左右に振った。
生まれたときから一緒に、育ってきた二人でも知らないこともあるのかとジゼルは思った。
「体が悪いわけじゃない」
「え、どういうこと?」
「わかんない。お昼寝から起きたら、泣いていたの」
「怖い夢で見たのかしら」
繊細なリロイならあり得るとは思う。
「少し様子を見てくるわ。ミア様は一人で食べててください」
「やだ! ミアも行く、王女様についていく!」
食事の時間を遅らせたら、食べる前に寝てしまうかもしれない。そうなると食事を抜くことになるので、食べるように伝えたが、一人で食べるのがいやなのか、ミアは譲らなかった。
「じゃあ、食事はリロイ様のお部屋に運んでもらって、そこで食べましょう」
「うん!」
仕方なくジゼルは折れた。
「メアリー、後でリロイ様の部屋に三人分の食事を持ってきてくれるかしら?」
「はい、わかりました」
メアリーに食事の手配を頼み、ジゼルはミアと共にリロイの部屋に向かった。
子供部屋は二階にあるので、階段を上がって行く。
「あら、王女様、ミアも。どうされたんですか?」
階段を昇る途中で、二階から降りてこようとするオリビアに出会った。
「オリビアさん」
先程の一方的な言いがかりが思い出され、ジゼルは身を固くした。
「リロイのところへ行くの」
ミアが代わりに答えた。
「リロイ?」
「ええ、そうなのです。夕食を食べたくないと言っていると聞いて、具合が悪いのかと心配になって様子を」
「それなら、私が今見てきました。熱はなさそうでした」
「それは良かった」
「リロイは私が見ますから、大丈夫です」
「でも、少し様子だけでも」
「いいえ、さっき疲れたと言ってまた、眠ってしまいましたから、今はご遠慮ください」
「え…疲れたって?」
熱はないと聞いてホッとしたが、疲労とはどういうことだろう。
「五歳の子供にいきなりマナーだなんだと詰め込むから、疲れたのではないですか?」
オリビアの言い方は、ジゼルがやっていることに対しての文句だった。
「宮廷式かなんだか知りませんが、五歳の子に食べ方がどうだと難癖をつけるのは、どうかと思いますよ」
「そ、それは……」
「なによ、おばさんだっていつもこぼすなとかうるさいじゃない」
ジゼルが反論できないでいると、ミアが歯向かった。
「ミア様」
「な、なによ。それも王女様の指導なの? 生意気ね」
オリビアはそんなミアの態度もジゼルのせいにする。
「あの、すみません。ミア様、そんな言い方をしてはいけないわ」
「だって、おばさんだってちゃんとしろっていつも私達に言うのに、おかしいわ。自分はもっと怒って言うのよ。王女様のほうがもっとずっと優しいもの」
ミアが階段を駆け上がり、ジゼルとオリビアの間に立って、なおも文句を言う。
「それは、あなたたちがなかなか言うとおりにしないから……」
「でもお父様だって言うけど、怒ったりしないわ! いっつも怒っているのはおばさんだけよ。皆優しいもの」
「わ、私はあなたたちのことを思って……」
「お父様は本当に悪いことをしたらすっごく怖いけど、それは私達のためだって、それ以外は優しい。オリビアなんて遊んでくれないし、文句ばっかり」
五歳なのにミアはよく口がまわる。
「ミア様、それくらいに……」
「生意気な子ね」
オリビアは口元を歪め、ジゼルとミアを睨みつける。
「これもあなたの差金? 先に子供から懐柔するなんて、なかなかね」
「ち、違……」
「どいてちょうだい、邪魔よ」
オリビアがジゼルたちを避けて階段を降りようとして、ミアの肩先にぶつかった。
「あ!」
「あぶない!」
体の軽いミアは、軽くオリビアに当たっただけで、よろめいた。
倒れかけたミアの体をジゼルは抱きとめようとしたが、受け止めきれずに、ミアを抱えたまま、ジゼルは階段から落ちていった。