出戻り王女の恋愛事情〜人質ライフは意外と楽しい
一瞬ふわりと体が宙に浮き、その後天地がひっくり返った。
胸にミアをぎゅっと抱き込み、ジゼルは横向きになって体を丸くした。
「きゃあ〜」
「ジゼル様!」
ジゼルの胸に顔を埋めたミアと誰かの叫び声、そしてガチャガチャガチャーンと何かが割れる音がして、次の瞬間肩の辺りに衝撃が走った。
「グッ!!」
体を走る衝撃に言葉を飲み込む。肩と腰が階段の角にぶち当たり、そのままズササッと雪崩落ちて行った。
「ウッ」
うめき声が引き結んだ唇から漏れる。
「わあ〜ん」
動きが止まり、ジゼルの胸に顔を埋めたミアが大声で泣き出した。
「ジゼル様! 大丈夫ですか?」
声がして痛む体に顔をしかめ肩越しに見ると、メアリーが駆け寄ってきた。
「メ、メア……」
「動かないでください! 今人を呼んできます」
バタバタと走り去るメアリーの足音を聞こえる。
「わあ〜ん、ああ〜ん」
「ミア…様…怪我は?」
胸の中で泣きじゃくるミアを抱く腕の力を緩め、たどたどしく声をかける。
ボロボロと大粒の涙を溢し、顔をグシャグシャにしながらも、ミアは首を振った。
「そう……良かった」
ミアの焦げ茶色の頭を撫でながら、ジゼルはホッと息を吐く。
そのミアの向こう、階段の上に青ざめ立ち尽くすオリビアが見えた。
「わ、わた……私……」
それだけ言って、二階の奥へと走り去って行くオリビアの背中を見つめる目が霞み、ジゼルはそこで気を失った。
****
次に目が覚めると、目の前にファーガスの顔があった。
「ジゼル様!」
「おーじょしゃまぁ」
「動かさないで、頭を打っていたら大変だ。私の指を見て目で追ってください」
ファーガスは目の前に右手の人差し指を立て、それを右に左に動かす。
それをジゼルは目で追う。
「私……どうし……」
「階段からミア様を抱えて落ちたのですよ。覚えていますか?」
ファーガスの言葉に、目だけをぐるりと回して周囲を見る。
ジゼルはまだ階段下にいた。
「はい」
「気分は? 吐き気とか目眩は?」
ファーガスが頭部を掴み、容態を尋ねる。
その後ろにメアリーと、泣いて顔がグシャグシャになったミア、そしてケーラやレシティたちが勢ぞろいしていた。
「ミア様……だ、大丈夫…ウッ」
ミアは大丈夫だろうかと手足を動かそうとして、体に痛みが走り顔をしかめた。殆どの痛みは右半身に集中している。
「ミア様なら大丈夫です。びっくりしていますが、怪我はどこにもありません」
メアリーがミアがよく見えるように、前へと促す。
「そう、良かったわ」
「か、体は痛いですが……吐き気は…ありません」
「頭は大丈夫。どこが痛いですか?」
「肩と……腰が」
「肩と腰ですね」
「そこから落ちるのを見ました」
ジゼルの話を裏付けるように、落ちるところを目撃したメアリーが言った。
ファーガスがジゼルの体を動かし、下になっていた右半身を触る。
「痛い……」
「我慢してください」
ファーガスの手が当たった場所が痛くて、ジゼルはまたもや顔を顰める。
「良かった。骨は折れていないようですし、頭を打っていたらもっと大事になるところでした」
「何が『良かった』ですか! 階段から落ちたのですよ」
メアリーがファーガスの言葉に抗議の声を上げる。
「それはそうですが、頭を打っていたらもっと大変でした。脳が頭の中で動く脳震盪と言うものになると、吐き気や目眩だけでなく、悪くすれば意識障害などが起こりますから。咄嗟に受け身を取られたようですね」
「受け身……」
落ちると思った瞬間、天地がひっくり返った感覚を思い出し、ぎゅっと目を閉じる。
ファーガスの言うとおり、打ちどころが悪ければ、場合によってはもっと大惨事になっていただろう。
「さあ、もう動かしても大丈夫です。彼女を部屋へ運んでもらえますか?」
ファーガスが声高に言うと、後ろから脇に手が差し込まれた。
「失礼します」
見るとそれはサイモンだった。
「すみません。あ、あの…自分で歩けますよ」
「だめです」
「そうです。それは医者として許可できません。他の場所も調べて、何もないとわかるまでは大人しくしていてください」
医者としての命令だと言われれば、ジゼルは従うしかなかった。そのままサイモンに抱えられて、部屋へ連れて行かれる。
ケーラやメアリーもミアの手を引き、後ろからついてくる。
レシティや他の人達は、「後は任せた」と言ってそれぞれの仕事に戻っていった。
「ファーガス、君の命令だったとユリウス様が帰ったら説明してくれよ。恨まれたくはないからな」
ジゼルを寝台に降ろしてから、サイモンがファーガスに言った。
「ケーラもだぞ」
「わかっていますよ」
「心得ております」
二人がそう言って頷く。
「あの、なぜユリウス様に恨まれなくてはならないのですか? 何かありましか?」
「ユリウス様がいらっしゃったら、当然今サイモンがやったことは、彼の役割でしたでしょうからね。きっと悔しがるでしょう」
ケーラが言うと、二人に加えメアリーも頷く。
「非常事態でしたし、一番当たり障りのないのはサイモンだったと、ちゃんと伝えます。さあ、診察しますから、サイモンは出てください。ケーラさん、すみませんがお湯と清潔なタオルをお願いします」
「わかりました。ミア様、ミア様もこちらへ」
「いや! ミア、ここにいる」
ケーラがミアも連れ出そうとしたが、彼女はメアリーのスカートに張り付いてイヤイヤと首を振った。
ミアなりに、責任を感じているようだ。
「ケーラさん、構いません。ミア様、ファーガス先生の診察の邪魔にならないところにいてくださいね」
「うん、わかった」
まだ泣いて赤く目の周りを腫らしたミアは、ちょこんと離れた椅子の上に座った。
(あの子に怪我がなくて良かったわ)
彼女から右側が見えないようにジゼルは診察のために服を脱いだ。
胸にミアをぎゅっと抱き込み、ジゼルは横向きになって体を丸くした。
「きゃあ〜」
「ジゼル様!」
ジゼルの胸に顔を埋めたミアと誰かの叫び声、そしてガチャガチャガチャーンと何かが割れる音がして、次の瞬間肩の辺りに衝撃が走った。
「グッ!!」
体を走る衝撃に言葉を飲み込む。肩と腰が階段の角にぶち当たり、そのままズササッと雪崩落ちて行った。
「ウッ」
うめき声が引き結んだ唇から漏れる。
「わあ〜ん」
動きが止まり、ジゼルの胸に顔を埋めたミアが大声で泣き出した。
「ジゼル様! 大丈夫ですか?」
声がして痛む体に顔をしかめ肩越しに見ると、メアリーが駆け寄ってきた。
「メ、メア……」
「動かないでください! 今人を呼んできます」
バタバタと走り去るメアリーの足音を聞こえる。
「わあ〜ん、ああ〜ん」
「ミア…様…怪我は?」
胸の中で泣きじゃくるミアを抱く腕の力を緩め、たどたどしく声をかける。
ボロボロと大粒の涙を溢し、顔をグシャグシャにしながらも、ミアは首を振った。
「そう……良かった」
ミアの焦げ茶色の頭を撫でながら、ジゼルはホッと息を吐く。
そのミアの向こう、階段の上に青ざめ立ち尽くすオリビアが見えた。
「わ、わた……私……」
それだけ言って、二階の奥へと走り去って行くオリビアの背中を見つめる目が霞み、ジゼルはそこで気を失った。
****
次に目が覚めると、目の前にファーガスの顔があった。
「ジゼル様!」
「おーじょしゃまぁ」
「動かさないで、頭を打っていたら大変だ。私の指を見て目で追ってください」
ファーガスは目の前に右手の人差し指を立て、それを右に左に動かす。
それをジゼルは目で追う。
「私……どうし……」
「階段からミア様を抱えて落ちたのですよ。覚えていますか?」
ファーガスの言葉に、目だけをぐるりと回して周囲を見る。
ジゼルはまだ階段下にいた。
「はい」
「気分は? 吐き気とか目眩は?」
ファーガスが頭部を掴み、容態を尋ねる。
その後ろにメアリーと、泣いて顔がグシャグシャになったミア、そしてケーラやレシティたちが勢ぞろいしていた。
「ミア様……だ、大丈夫…ウッ」
ミアは大丈夫だろうかと手足を動かそうとして、体に痛みが走り顔をしかめた。殆どの痛みは右半身に集中している。
「ミア様なら大丈夫です。びっくりしていますが、怪我はどこにもありません」
メアリーがミアがよく見えるように、前へと促す。
「そう、良かったわ」
「か、体は痛いですが……吐き気は…ありません」
「頭は大丈夫。どこが痛いですか?」
「肩と……腰が」
「肩と腰ですね」
「そこから落ちるのを見ました」
ジゼルの話を裏付けるように、落ちるところを目撃したメアリーが言った。
ファーガスがジゼルの体を動かし、下になっていた右半身を触る。
「痛い……」
「我慢してください」
ファーガスの手が当たった場所が痛くて、ジゼルはまたもや顔を顰める。
「良かった。骨は折れていないようですし、頭を打っていたらもっと大事になるところでした」
「何が『良かった』ですか! 階段から落ちたのですよ」
メアリーがファーガスの言葉に抗議の声を上げる。
「それはそうですが、頭を打っていたらもっと大変でした。脳が頭の中で動く脳震盪と言うものになると、吐き気や目眩だけでなく、悪くすれば意識障害などが起こりますから。咄嗟に受け身を取られたようですね」
「受け身……」
落ちると思った瞬間、天地がひっくり返った感覚を思い出し、ぎゅっと目を閉じる。
ファーガスの言うとおり、打ちどころが悪ければ、場合によってはもっと大惨事になっていただろう。
「さあ、もう動かしても大丈夫です。彼女を部屋へ運んでもらえますか?」
ファーガスが声高に言うと、後ろから脇に手が差し込まれた。
「失礼します」
見るとそれはサイモンだった。
「すみません。あ、あの…自分で歩けますよ」
「だめです」
「そうです。それは医者として許可できません。他の場所も調べて、何もないとわかるまでは大人しくしていてください」
医者としての命令だと言われれば、ジゼルは従うしかなかった。そのままサイモンに抱えられて、部屋へ連れて行かれる。
ケーラやメアリーもミアの手を引き、後ろからついてくる。
レシティや他の人達は、「後は任せた」と言ってそれぞれの仕事に戻っていった。
「ファーガス、君の命令だったとユリウス様が帰ったら説明してくれよ。恨まれたくはないからな」
ジゼルを寝台に降ろしてから、サイモンがファーガスに言った。
「ケーラもだぞ」
「わかっていますよ」
「心得ております」
二人がそう言って頷く。
「あの、なぜユリウス様に恨まれなくてはならないのですか? 何かありましか?」
「ユリウス様がいらっしゃったら、当然今サイモンがやったことは、彼の役割でしたでしょうからね。きっと悔しがるでしょう」
ケーラが言うと、二人に加えメアリーも頷く。
「非常事態でしたし、一番当たり障りのないのはサイモンだったと、ちゃんと伝えます。さあ、診察しますから、サイモンは出てください。ケーラさん、すみませんがお湯と清潔なタオルをお願いします」
「わかりました。ミア様、ミア様もこちらへ」
「いや! ミア、ここにいる」
ケーラがミアも連れ出そうとしたが、彼女はメアリーのスカートに張り付いてイヤイヤと首を振った。
ミアなりに、責任を感じているようだ。
「ケーラさん、構いません。ミア様、ファーガス先生の診察の邪魔にならないところにいてくださいね」
「うん、わかった」
まだ泣いて赤く目の周りを腫らしたミアは、ちょこんと離れた椅子の上に座った。
(あの子に怪我がなくて良かったわ)
彼女から右側が見えないようにジゼルは診察のために服を脱いだ。