出戻り王女の恋愛事情〜人質ライフは意外と楽しい
「話を…しよう。場所を移ろう」
「いいでしょう。ただし、約束は約束です」
「わかっている。レディントン、後は頼むぞ」
「は、はい、陛下」
「陛下、あなた」
「お父様…」
体を反転させ、宰相に後を託して男と共に会場を出ようとする国王に、王妃やジゼルが心配して声をかける。
「私はこの者と大事な話がある。すまないな、ジュリアン。せっかくのそなたの誕生祝いなのに」
「父上…」
「悪いな王子様」
男は少しも悪いと思ってはいない、軽い口調で話しかけてきた。
男は大きな体の割に俊敏な動きで颯爽と通り過ぎる。
側を通る際に、ちらりとこちらを見たその瞳はまるでガーネットのように濃い赤だった。
高い鼻筋に意志の強そうな引き締まった唇の周りには、何日も剃刀をあてていないため、無精髭が伸びている
「さあ、皆様、暫く陛下は席を外されますが、ごゆるりと宴をお楽しみください」
すっかり水を打ったように静かになった会場に、宰相の声が響き渡る。
そして宰相の合図で楽団が音楽を奏で始めた。
集まった人々は、まだ互いに先程の出来事を気にかけていたが、気を取り直してそれぞれに会話を始めた。
ジゼルは王妃とともに、グラスを片手に一段高い所から会場を見渡していた。
ジュリアンは同年代の貴族の令息たちに囲まれている。
いずれ彼らの中から側近を選ぶんだろう。
令息たちに混じって令嬢たちも遠巻きにだが、ジュリアンの側に詰めかけている。
あの中に、将来の王妃となる令嬢も出てきそうだ。
「あれはもしや…では?」
そんなジゼルの耳に、誰かが男の正体について憶測を話しているのが聞こえた。
「あの荒くれ共…」
「場も弁えず無礼な」
「しょせんは野盗の集まりだ」
「僅かに領地と身分を与えられても、粗野な本性はどうしようもないな」
幸か不幸か、会場の中は先程の男性の話題でもちきりで、出戻ってきたジゼルのことなど、気にかける者は誰もいなくなっていた。
もともと衆目の前に姿を現すことに不安はあったジゼルだったので、それは助かったと言うべきだろうか。
「母上、あの方は誰なのですか? 父上は大丈夫なのですか?」
彼が何者か、漏れ聞こえてくる情報を精査すると、父が無体を働かれはしないかと不安になった。
「あなたたちは心配しなくても大丈夫よ」
「母上、私はもう子供ではありません。何の役にも立たないかもしれませんが、状況は把握しておきたいのです」
そうやって母に詰め寄れば、重い溜息を吐いた。
「あの者はユリウス・ボルトレフです」
「え、彼が、あの?」
エレトリカの者なら、その名を誰しも聞いたことがある。
戦場の鬼神、血塗れ元帥、戦闘狂、傭兵王などいくつも呼び名がある戦争の達人。それがボルトレフ卿だ。
ただ彼は元帥として称号と侯爵の爵位をもらいながら、他の貴族たちのように王宮に参内することはまったくない。
普段は自領にいて、戦争があれば一族を引き連れ、エレトリカ軍の一員として戦う。
ボルトレフの一族がいる限り、エレトリカ軍は敵なしと言われていた。
「彼がなぜ、王宮に?」
そんな彼がなぜ今日王宮にまで押し掛けてきたのか。
なぜか怒りを抱き、父である国王に凄みを効かせていた。
それに彼の言っていたことも気になる。
まるでこちら…国王に明らかな非があるような口ぶりだった。
彼の不遜とも言える無礼な振る舞いを、父もまったく咎めようとしなかった。
元々威圧的なこともなく、地位をかさに着て問答無用で押し切るタイプではなく、親しみやすさで知られている父ではあったが、あれはどういうことだろう。
時折こちらをジュリアンが気遣わしげに見ている。
ジュリアンも気になっているに違いない。
「ジュリアンの生誕祝なのに、悪いことをしたわ」
母もそれを気にしている。
「彼は、ボルトレフ卿は我が軍の一員で、私達の味方ではないのですか?」
味方であるはずの彼が、なぜあんな暴挙に出たのか。
「それは私達…私と陛下が悪いの。彼の先祖と当時の国王が交わした約束を、私達が破ろうとしているからなの」
「約束…ですか?」
聞き返したジゼルの言葉に、王妃ははっと我に返った。
「いいえ、何でもないわ。今の言葉は忘れてちょうだい。これはあなたが知るべきことではないわ」
「母上」
なぜか王妃はそれ以上のことは口止めでもされているのか、何も語ろうとしなかった。
宴が終わる頃にようやく国王は戻ってきたが、その様子は今にも倒れそうなくらい焦燥しきっていた。
「いいでしょう。ただし、約束は約束です」
「わかっている。レディントン、後は頼むぞ」
「は、はい、陛下」
「陛下、あなた」
「お父様…」
体を反転させ、宰相に後を託して男と共に会場を出ようとする国王に、王妃やジゼルが心配して声をかける。
「私はこの者と大事な話がある。すまないな、ジュリアン。せっかくのそなたの誕生祝いなのに」
「父上…」
「悪いな王子様」
男は少しも悪いと思ってはいない、軽い口調で話しかけてきた。
男は大きな体の割に俊敏な動きで颯爽と通り過ぎる。
側を通る際に、ちらりとこちらを見たその瞳はまるでガーネットのように濃い赤だった。
高い鼻筋に意志の強そうな引き締まった唇の周りには、何日も剃刀をあてていないため、無精髭が伸びている
「さあ、皆様、暫く陛下は席を外されますが、ごゆるりと宴をお楽しみください」
すっかり水を打ったように静かになった会場に、宰相の声が響き渡る。
そして宰相の合図で楽団が音楽を奏で始めた。
集まった人々は、まだ互いに先程の出来事を気にかけていたが、気を取り直してそれぞれに会話を始めた。
ジゼルは王妃とともに、グラスを片手に一段高い所から会場を見渡していた。
ジュリアンは同年代の貴族の令息たちに囲まれている。
いずれ彼らの中から側近を選ぶんだろう。
令息たちに混じって令嬢たちも遠巻きにだが、ジュリアンの側に詰めかけている。
あの中に、将来の王妃となる令嬢も出てきそうだ。
「あれはもしや…では?」
そんなジゼルの耳に、誰かが男の正体について憶測を話しているのが聞こえた。
「あの荒くれ共…」
「場も弁えず無礼な」
「しょせんは野盗の集まりだ」
「僅かに領地と身分を与えられても、粗野な本性はどうしようもないな」
幸か不幸か、会場の中は先程の男性の話題でもちきりで、出戻ってきたジゼルのことなど、気にかける者は誰もいなくなっていた。
もともと衆目の前に姿を現すことに不安はあったジゼルだったので、それは助かったと言うべきだろうか。
「母上、あの方は誰なのですか? 父上は大丈夫なのですか?」
彼が何者か、漏れ聞こえてくる情報を精査すると、父が無体を働かれはしないかと不安になった。
「あなたたちは心配しなくても大丈夫よ」
「母上、私はもう子供ではありません。何の役にも立たないかもしれませんが、状況は把握しておきたいのです」
そうやって母に詰め寄れば、重い溜息を吐いた。
「あの者はユリウス・ボルトレフです」
「え、彼が、あの?」
エレトリカの者なら、その名を誰しも聞いたことがある。
戦場の鬼神、血塗れ元帥、戦闘狂、傭兵王などいくつも呼び名がある戦争の達人。それがボルトレフ卿だ。
ただ彼は元帥として称号と侯爵の爵位をもらいながら、他の貴族たちのように王宮に参内することはまったくない。
普段は自領にいて、戦争があれば一族を引き連れ、エレトリカ軍の一員として戦う。
ボルトレフの一族がいる限り、エレトリカ軍は敵なしと言われていた。
「彼がなぜ、王宮に?」
そんな彼がなぜ今日王宮にまで押し掛けてきたのか。
なぜか怒りを抱き、父である国王に凄みを効かせていた。
それに彼の言っていたことも気になる。
まるでこちら…国王に明らかな非があるような口ぶりだった。
彼の不遜とも言える無礼な振る舞いを、父もまったく咎めようとしなかった。
元々威圧的なこともなく、地位をかさに着て問答無用で押し切るタイプではなく、親しみやすさで知られている父ではあったが、あれはどういうことだろう。
時折こちらをジュリアンが気遣わしげに見ている。
ジュリアンも気になっているに違いない。
「ジュリアンの生誕祝なのに、悪いことをしたわ」
母もそれを気にしている。
「彼は、ボルトレフ卿は我が軍の一員で、私達の味方ではないのですか?」
味方であるはずの彼が、なぜあんな暴挙に出たのか。
「それは私達…私と陛下が悪いの。彼の先祖と当時の国王が交わした約束を、私達が破ろうとしているからなの」
「約束…ですか?」
聞き返したジゼルの言葉に、王妃ははっと我に返った。
「いいえ、何でもないわ。今の言葉は忘れてちょうだい。これはあなたが知るべきことではないわ」
「母上」
なぜか王妃はそれ以上のことは口止めでもされているのか、何も語ろうとしなかった。
宴が終わる頃にようやく国王は戻ってきたが、その様子は今にも倒れそうなくらい焦燥しきっていた。