出戻り王女の恋愛事情〜人質ライフは意外と楽しい
「とりあえず、これで様子を見ましょう」
子供のリロイに、大人の半分の量の薬を何とか飲ませ終えたファーガスが言った。
リロイはグタリと体を弛緩させ、土気色の顔色をしているが、呼吸は落ち着いている。
少し睡眠薬も混ぜたとファーガスも言っていた。
「可哀想に、こんな小さな体で…」
彼の額に滲み出た汗を、ジゼルはそっと布で拭った。
「あの、今夜はずっと側にいてもよろしいですか?」
ジゼルがファーガスとケーラの顔を見て言った。
「そんな、王女様にそのようなこと、させられませんよ。私どもで……」
「いいえ、私がやりたいのです。どうせこの子の様子が気になって眠れないでしょうから。お願いします」
両手を合わせ、ジゼルは懇願した。
「わかりました。ただし、私達もすぐ側で控えておりますから、辛くなったらいつでもおっしゃってください」
「ありがとうございます」
ジゼルはもう一度、眠るリロイの顔を見つめた。
「ユリウス様は、まだお戻りにならないのですか?」
彼が何をしに、どこへ行ったのかジゼルは聞いていない。
リロイのことを聞いたら、息子がこんなに苦しんでいるのに、側に居てやれなかったと、彼は心から後悔するだろう。
リロイも、父親にあんなに助けを求めて頼りにしているのだ。妹のミアのことも必死で守ろうとして、心優しいがしっかりしている子だと思った。
ジュリアンは熱を出すといつも母親を呼んでいた。
しかし、リロイは母親のことはひと言も口にしなかった。
それを思うと、ジゼルは胸が痛んだ。
本当の母親には、もう会うことはできない。
母親のことは、求めても仕方ないのだと、きっと幼いながらも理解しているのだ。
「カルエテーレとの国境の方へと出かけておりますから、少々時間がかかります。その後で国境付近を見回ってくるとおっしゃっていましたので、あと数日はお帰りにならないかと思います」
「そう」
仕事だとわかっているが、寄りによってこんな時にと思ってしまう。
「ケーラさん、よろしいですか?」
そこへサイモンが戻ってきた。
「どうでしたか、オリビアさ……オリビアは見つかりましたか?」
リロイが起きないよう、ファーガスとケーラ、そしてジゼルは廊下に出た。
うっすらと扉を開けて、寝台で寝ているリロイが見える位置にジゼルは立った。
ケーラはオリビアに敬称を付けるのを止めて、呼び捨てにした。
無理もないことだとジゼルは思った。
まだはっきりとオリビアがリロイに薬を盛ったという証拠はないし、ユリウスの亡妻のことについても、疑わしいということだけで、彼女が何かしたという確証はない。
「それが、しらみつぶしに探したのですが、見当たりません」
「見当たらないとはどういうことですか?」
「街をいくら探しても、彼女はいませんでした。それに、彼女らしい人物が街の外へ出ていくのを見た人がいるそうです。とすれば……」
「街を出たというのですか?」
「その可能性はあります。念の為、彼女の実家に人をやっておきました。ところでリロイ様の容態は?」
「ファーガス先生がくれた薬を飲んだところです。まだ顔色は悪いですが、少し落ち着いて今は眠っています」
「そうですか。良かった」
サイモンが安堵の吐息を漏らす。
「それで、『いなかった』だけで、何の収穫もなく帰ってきたわけではありませんよね」
ケーラの厳しい声がサイモンを問い詰める。
「もちろんです。彼女はおりませんでしたが、彼女が見知らぬ男と頻繁に会っていたという情報を手に入れました」
「見知らぬ男? 彼女に男がいたということですか? 別に彼女に恋人がいたところで、こちらはまったく関係ありませんけど」
「恋人ならまだ良かったのですが、そのような雰囲気ではなかったそうです」
「恋人ではない? ということですか?」
ジゼルはケーラとサイモンの話に耳を傾けながら、視線はリロイへと向けていた。
時折寝返りをうつなどしているが、特に魘されてはいない様子で、ほっとする。
「路地裏でこそこそと何やら話をしていたそうです」
「それで、その相手の男について何か情報は?」
「ボッデジオの街は、元々交易で発展していますから、ボルトレフの者以外の人間が多く出入りします。だから他国の者がいても不思議ではないのですが、彼女が一緒にいたのは、どうやらエレトリカ王国の者ではなさそうです」
「異国の者?」
「はい、それもどうやらカルエテーレの者のようだったと、二人を見た者が話していました」
「カルエテーレの? どうしてわかったのですか」
「マントを羽織って顔はわからなかったそうですが、腰にある剣がちらりと見え、剣の形状がカルエテーレ独特の湾曲したものだったそうです」
エレトリカやここボルトレフでは、両刃の真っ直ぐな剣が一般的だ。カルエテーレは片刃で先が湾曲した湾刀というものが主流だと言う。
「オリビアと一緒にいたのがカルエテーレの人間だというのですか」
ケーラがさらに険しい顔つきになる。
「このタイミングで、カルエテーレの者と一緒にいるとは、偶然でしょうか」
「偶然、と思いたいですが」
ケーラの呟きに、サイモンも渋い顔をする。ファーガスも同じような表情を浮かべている。
ユリウスがカルエテーレの国境へ出かけたことと、オリビアがカルエテーレの者と思わしき人物と一緒にいたことが、何か関係があるのだろうか。
ジゼルは一人、状況が掴めずにただリロイの回復を祈るばかりだった。
子供のリロイに、大人の半分の量の薬を何とか飲ませ終えたファーガスが言った。
リロイはグタリと体を弛緩させ、土気色の顔色をしているが、呼吸は落ち着いている。
少し睡眠薬も混ぜたとファーガスも言っていた。
「可哀想に、こんな小さな体で…」
彼の額に滲み出た汗を、ジゼルはそっと布で拭った。
「あの、今夜はずっと側にいてもよろしいですか?」
ジゼルがファーガスとケーラの顔を見て言った。
「そんな、王女様にそのようなこと、させられませんよ。私どもで……」
「いいえ、私がやりたいのです。どうせこの子の様子が気になって眠れないでしょうから。お願いします」
両手を合わせ、ジゼルは懇願した。
「わかりました。ただし、私達もすぐ側で控えておりますから、辛くなったらいつでもおっしゃってください」
「ありがとうございます」
ジゼルはもう一度、眠るリロイの顔を見つめた。
「ユリウス様は、まだお戻りにならないのですか?」
彼が何をしに、どこへ行ったのかジゼルは聞いていない。
リロイのことを聞いたら、息子がこんなに苦しんでいるのに、側に居てやれなかったと、彼は心から後悔するだろう。
リロイも、父親にあんなに助けを求めて頼りにしているのだ。妹のミアのことも必死で守ろうとして、心優しいがしっかりしている子だと思った。
ジュリアンは熱を出すといつも母親を呼んでいた。
しかし、リロイは母親のことはひと言も口にしなかった。
それを思うと、ジゼルは胸が痛んだ。
本当の母親には、もう会うことはできない。
母親のことは、求めても仕方ないのだと、きっと幼いながらも理解しているのだ。
「カルエテーレとの国境の方へと出かけておりますから、少々時間がかかります。その後で国境付近を見回ってくるとおっしゃっていましたので、あと数日はお帰りにならないかと思います」
「そう」
仕事だとわかっているが、寄りによってこんな時にと思ってしまう。
「ケーラさん、よろしいですか?」
そこへサイモンが戻ってきた。
「どうでしたか、オリビアさ……オリビアは見つかりましたか?」
リロイが起きないよう、ファーガスとケーラ、そしてジゼルは廊下に出た。
うっすらと扉を開けて、寝台で寝ているリロイが見える位置にジゼルは立った。
ケーラはオリビアに敬称を付けるのを止めて、呼び捨てにした。
無理もないことだとジゼルは思った。
まだはっきりとオリビアがリロイに薬を盛ったという証拠はないし、ユリウスの亡妻のことについても、疑わしいということだけで、彼女が何かしたという確証はない。
「それが、しらみつぶしに探したのですが、見当たりません」
「見当たらないとはどういうことですか?」
「街をいくら探しても、彼女はいませんでした。それに、彼女らしい人物が街の外へ出ていくのを見た人がいるそうです。とすれば……」
「街を出たというのですか?」
「その可能性はあります。念の為、彼女の実家に人をやっておきました。ところでリロイ様の容態は?」
「ファーガス先生がくれた薬を飲んだところです。まだ顔色は悪いですが、少し落ち着いて今は眠っています」
「そうですか。良かった」
サイモンが安堵の吐息を漏らす。
「それで、『いなかった』だけで、何の収穫もなく帰ってきたわけではありませんよね」
ケーラの厳しい声がサイモンを問い詰める。
「もちろんです。彼女はおりませんでしたが、彼女が見知らぬ男と頻繁に会っていたという情報を手に入れました」
「見知らぬ男? 彼女に男がいたということですか? 別に彼女に恋人がいたところで、こちらはまったく関係ありませんけど」
「恋人ならまだ良かったのですが、そのような雰囲気ではなかったそうです」
「恋人ではない? ということですか?」
ジゼルはケーラとサイモンの話に耳を傾けながら、視線はリロイへと向けていた。
時折寝返りをうつなどしているが、特に魘されてはいない様子で、ほっとする。
「路地裏でこそこそと何やら話をしていたそうです」
「それで、その相手の男について何か情報は?」
「ボッデジオの街は、元々交易で発展していますから、ボルトレフの者以外の人間が多く出入りします。だから他国の者がいても不思議ではないのですが、彼女が一緒にいたのは、どうやらエレトリカ王国の者ではなさそうです」
「異国の者?」
「はい、それもどうやらカルエテーレの者のようだったと、二人を見た者が話していました」
「カルエテーレの? どうしてわかったのですか」
「マントを羽織って顔はわからなかったそうですが、腰にある剣がちらりと見え、剣の形状がカルエテーレ独特の湾曲したものだったそうです」
エレトリカやここボルトレフでは、両刃の真っ直ぐな剣が一般的だ。カルエテーレは片刃で先が湾曲した湾刀というものが主流だと言う。
「オリビアと一緒にいたのがカルエテーレの人間だというのですか」
ケーラがさらに険しい顔つきになる。
「このタイミングで、カルエテーレの者と一緒にいるとは、偶然でしょうか」
「偶然、と思いたいですが」
ケーラの呟きに、サイモンも渋い顔をする。ファーガスも同じような表情を浮かべている。
ユリウスがカルエテーレの国境へ出かけたことと、オリビアがカルエテーレの者と思わしき人物と一緒にいたことが、何か関係があるのだろうか。
ジゼルは一人、状況が掴めずにただリロイの回復を祈るばかりだった。