出戻り王女の恋愛事情〜人質ライフは意外と楽しい
 この世は理不尽だ。
 
 物心ついたときから、オリビアは思っていた。

 たった一歳。姉のリゼとの年齢差は、たった一歳だ。

 しかし、それがリゼとオリビアの命運を分けたと、オリビアはずっと思っていた。

 彼女とリゼが生まれたビアマン家は、ボルトレフ一門の中では古参の家柄で、領地管理の責任者でもあった。
 小さい頃から姉と共に父に付いて総領の館を訪れ、そこでオリビアは総領の後継ぎであるユリウスに出会った。
 ブルーグレイの髪に、生き生きとして輝く赤い瞳。何より彼はボルトレフの後継者として、揺るぎない地位を手にしていた。
 ただ総領の地を継いでいるだけではボルトレフの総領にはなれない。
 そのため、ユリウスは幼い頃から多くを求められ、期待されていた。
 そして彼は見事それに応える形で成長した。

 そんな彼の妻となり得る者は誰かという話しになり、候補にあがったのがビアマン家の姉妹だったそうだ。
 だが、リゼとオリビアどちらかを、ということになると、当然姉のリゼをという声が圧倒的に多かった。

(私が先に生まれていれば、ユリウスの妻になるのは私だったのに)

 薄茶色の髪に青い瞳のリゼは、ボルトレフ総領の妻となるには、少々大人しい性格だった。
 
 ただ、先に生まれたというだけで、姉が選ばれた。

 自分の方がずっとずっと彼の妻に相応しい。ボルトレフ総領のユリウスの妻として、認められるべきは自分なのに。

 そう思って両親に何度か訴えたが、ばかなことを言うなと一向に取り合ってくれなかった。

 結婚後、すぐにリゼは身籠もった。

 ボルトレフの次代を継ぐ後継者の誕生に、誰もが浮かれた。

 もし息子を産んだなら、リゼのボルトレフでの立場は揺るぎないものになる。

 そうしたら、自分のつけいる隙がなくなる。

 そんな風に思っていると、リゼの様子がおかしくなった。

 たくさん食べて元気な子を産んでほしい。そんな周囲の期待がリゼを押し潰していった。

 ユリウスが立派であればあるほどに、自分の産む子は男でなければいけない。そして立派な後継ぎになれるだけの資質を持っていなければならない。
 そんな圧力に、リゼは耐えられなくなったのか、寝台から起き上がれない日々が多くなった。
 医者のファーガスが言うには、妊娠している女性にはたまにあるそうだ。
 だるい、気が滅入ると言って、人と会うことを厭うようになったリゼに付きそうオリビアに、ユリウスは迷惑をかけるなと声をかけてくれた。

 これは彼に自分を印象づけるチャンスだと思った。

 献身的にリゼを看病すれば、彼はきっと自分に注目してくれるはずだ。

 しかしそんな目論見は外れ、ファーガスの治療が効いたのか、リゼは回復に向かい予定より一ヶ月早かったが双子のリロイとミアを産んだ。

 思いがけない可愛らしい双子の誕生に、皆が歓びボルトレフ領は沸き立った。

 どうして自分はリゼより先に生まれなかったのか。
 
 回復などしなければ良かったのに。

 世の中は理不尽だ。

「これとあれ、それからそっちのドレスも持ってきて。あっちにある靴も見せて」

 ボルトレフ家のある場所から一番近い街ボッテジオで、腹立ち紛れにオリビアは目に付いたものをどんどん買い求めていた。

「全部ボルトレフの邸に届けておいて」

 ひととおり買い物を終えると、オリビアは次の店を物色するため通りを歩いた。
 このボッテジオはボルトレフ領の中でも活気に満ちていて、王都の足元には及ばないが、流行の物がそれなりに手に入る。

「失礼、あなたはもしやビアマン家のオリビア様ですか?」

 貴金属の店を覗こうとしていたオリビアに、そう言って声を掛けてきた人物がいた。

「あなたは?」

 彼女が誰か。よく出入りしている店の者なら誰でも知っている。
 だが、初対面のその男は、なぜかオリビアの名を知っていた。

「このたびは甥御様と姪御様のお誕生、誠におめでとうございます」

 リゼが双子を産んだことは、瞬く間にボルトレフ領内の話題になっていた。
 服装こそこの辺りで良く見かけるものだったが、父親より少し若い感じの、どこか異国風の浅黒い肌と彫りの深い顔立ちをした背の高い男性は、丁寧に祝いを述べた。

(どこがめでたいのよ)

「それはどうも」

 心の中でそう思いながら適当に答えた。

「しかし、戦上手と噂されるボルトレフの総領も、女性を見る目がありませんね」

 胡散臭い男だと思い、立ち去ろうとしたオリビアに向かって男が追いかけて言ってきた。
 
「どういう意味?」

 思わずオリビアは振り返って、どういう意味かと訪ねた。

「私なら、姉君よりあなたの方を妻にします。女性としてもあなたの方が遙かに優れていると思います」

 男の口から、オリビアがずっと心に抱き続けていた言葉が漏れた。

 それがカルエテーレから来た男、サルマン・ガザリとの初めての出会いだった。
 
 
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