出戻り王女の恋愛事情〜人質ライフは意外と楽しい
ジゼルがいつまで経っても妊娠せず、業を煮やした彼の母親が連れてきたドミニコの愛人が、彼の子を妊娠した。だからジゼルは離縁させられた。
なのに、それが他の男性との子供だった?
「あの女、私の目を盗んでずっとその男と関係を続けていた。それを追及したら言うに事欠いて私を『タネなし』と罵った。だからその男と一緒にお腹の子ごと串刺しにしてやった」
「ひっ」
ジゼルは恐怖に短く悲鳴を上げた。
(串刺し? 串刺しって言ったの?)
「はは、笑える。バレッシオ公国を継ぐ私が、この私がタネなしだと? 子供が出来ないのは、私のせいだと言うのか」
自嘲してドミニコは笑い出す。
ジゼルはそれを見ても笑えない。それどころか目が据わったドミニコから、狂気すら感じて体温が一気に下がった気になる。
「母上にあの女のことを話したら、今度は母上まで私を罵った。こんなことなら、もう一人産むべきだった。出来損ないの息子だと、私を罵倒した」
あれほど我が子が可愛いと溺愛していた彼の母親が、そんなことを言うなんて。
ドミニコが気の毒だと思い同情しかけたジゼルは、しかし次の言葉を聞いてさらに凍りついた。
「あんまり五月蠅いから黙れとぶん殴ったら、よろけて階段から落ちて、それきり足腰が立たなくなった。ふふ、いい気味だ。今はずっと寝たきりで、自分の部屋で寝ていて指一本動かせない」
クククとドミニコが笑う。
「だから、君が会いたくなければ会わなくていい。もう君を虐げる者はいないよ」
ジゼルはブルブル震えて何も言えない。
これがあのドミニコ? もともと酒に酔えば自制が効かなくなり、暴力を振るう人だったが、あれほど大事にしていた母親を、故意ではなかったにせよ階段から突き落とし、寝たきりになったのを笑っている。
「君も大変だったね。こんな田舎に連れてこられて。君を迎えに行こうとしたら、君がここにいるとこいつが教えてくれた。さあ、もう心配いらないよ。私とともにバレッシオに帰ろう」
「い、いや!」
ビシリと、ジゼルは伸ばされたドミニコの手を反射的に払い除けた。
「ジゼル?」
ドミニコの瞳孔が大きくなる。彼女の行動に驚いているようだ。
「わ、私は二度と……バレッシオには、も、戻りません。あなたとも、元の関係に戻るつもりはあ、ありません」
「な、何を…」
「テレーゼ様だけが、悪いのでは、ありません。あ、あなたも、あなたも私を…私を殴っていたではありませんか」
それを聞いて、横にいる男が顔を顰めてドミニコを見た。
「大公、話が違うのではないか?」
どんな話をドミニコから聞かされていたのかわからないが、彼が暴力を奮っていたことは話していないのだろう。
「ジゼル、君は勘違いしている。君を虐めていたのは母上だ。私はいつも君の味方だったじゃないか。私達はうまくやっていたではないか、あの売女や母上が私達の仲を引き裂いたんだ。でも、もう心配ない。彼らは二度と君を傷つけたりしない」
ジゼルは彼の言葉を信じられない気持ちで聞いた。
この人は何を言っているのだろう。
彼の記憶の中には、彼がジゼルに対してした仕打ちが綺麗サッパリ忘れ去られていて、自分の都合のいい話に塗り替えられている。
明らかにおかしいし、これでは話が通じない。
「彼女たちだけが原因ではありません。もうあなたと私は別々の道を歩き出しました。それはこの先決して交わることはありません」
「ジゼル、何を言っている。私がこうして君を迎えに来たんだ。黙ってこの手を取ればいい」
「嫌です。私は…私はもうあなたと共には生きられない。どうか諦めてください。私達は正式に離縁しました。もう、赤の他人です」
ジゼルはきっぱり言い切った。
復縁するつもりはない。ドミニコと過ごした日々は、ジゼルには苦痛の記憶しかない。
「あなたのそばにいると、私は私でなくなる。あなたに何度も傷つけられ、冷たく扱われ、バレッシオでの日々は、私にとって忘れたい過去なのです」
バレッシオ公国に嫁ぎ、エレトリカの王女として恥ずかしくないようにと振る舞っていたが、あそこでのジゼルは本当の彼女とは違う。
ドミニコや義母に対して萎縮し、言いたいことも言えなかった。
「ジゼル、誰だ。誰が君をこんなふうに変えてしまったのだ。あんなに従順で、優しかった君が…」
「これが本来の私なのです。私はここに来て、ようやく自分を取り戻せ、なりたかった自分になれた。もう元には戻りたくないのです」
正直、ドミニコを前にして、今もジゼルは震えている。
身なりも言動も明らかに常軌を逸している目の前の彼は、何を仕出かすかわからない。
ずっと戸口近くでジゼルたちのやり取りを見ている男と、ドミニコ。二対一で数でも劣っているが、相手は男だ。変に逆らうより、調子を合わす方がいいのかも知れないが、ここで抵抗しなければ、ジゼルはきっと後悔すると思った。
なのに、それが他の男性との子供だった?
「あの女、私の目を盗んでずっとその男と関係を続けていた。それを追及したら言うに事欠いて私を『タネなし』と罵った。だからその男と一緒にお腹の子ごと串刺しにしてやった」
「ひっ」
ジゼルは恐怖に短く悲鳴を上げた。
(串刺し? 串刺しって言ったの?)
「はは、笑える。バレッシオ公国を継ぐ私が、この私がタネなしだと? 子供が出来ないのは、私のせいだと言うのか」
自嘲してドミニコは笑い出す。
ジゼルはそれを見ても笑えない。それどころか目が据わったドミニコから、狂気すら感じて体温が一気に下がった気になる。
「母上にあの女のことを話したら、今度は母上まで私を罵った。こんなことなら、もう一人産むべきだった。出来損ないの息子だと、私を罵倒した」
あれほど我が子が可愛いと溺愛していた彼の母親が、そんなことを言うなんて。
ドミニコが気の毒だと思い同情しかけたジゼルは、しかし次の言葉を聞いてさらに凍りついた。
「あんまり五月蠅いから黙れとぶん殴ったら、よろけて階段から落ちて、それきり足腰が立たなくなった。ふふ、いい気味だ。今はずっと寝たきりで、自分の部屋で寝ていて指一本動かせない」
クククとドミニコが笑う。
「だから、君が会いたくなければ会わなくていい。もう君を虐げる者はいないよ」
ジゼルはブルブル震えて何も言えない。
これがあのドミニコ? もともと酒に酔えば自制が効かなくなり、暴力を振るう人だったが、あれほど大事にしていた母親を、故意ではなかったにせよ階段から突き落とし、寝たきりになったのを笑っている。
「君も大変だったね。こんな田舎に連れてこられて。君を迎えに行こうとしたら、君がここにいるとこいつが教えてくれた。さあ、もう心配いらないよ。私とともにバレッシオに帰ろう」
「い、いや!」
ビシリと、ジゼルは伸ばされたドミニコの手を反射的に払い除けた。
「ジゼル?」
ドミニコの瞳孔が大きくなる。彼女の行動に驚いているようだ。
「わ、私は二度と……バレッシオには、も、戻りません。あなたとも、元の関係に戻るつもりはあ、ありません」
「な、何を…」
「テレーゼ様だけが、悪いのでは、ありません。あ、あなたも、あなたも私を…私を殴っていたではありませんか」
それを聞いて、横にいる男が顔を顰めてドミニコを見た。
「大公、話が違うのではないか?」
どんな話をドミニコから聞かされていたのかわからないが、彼が暴力を奮っていたことは話していないのだろう。
「ジゼル、君は勘違いしている。君を虐めていたのは母上だ。私はいつも君の味方だったじゃないか。私達はうまくやっていたではないか、あの売女や母上が私達の仲を引き裂いたんだ。でも、もう心配ない。彼らは二度と君を傷つけたりしない」
ジゼルは彼の言葉を信じられない気持ちで聞いた。
この人は何を言っているのだろう。
彼の記憶の中には、彼がジゼルに対してした仕打ちが綺麗サッパリ忘れ去られていて、自分の都合のいい話に塗り替えられている。
明らかにおかしいし、これでは話が通じない。
「彼女たちだけが原因ではありません。もうあなたと私は別々の道を歩き出しました。それはこの先決して交わることはありません」
「ジゼル、何を言っている。私がこうして君を迎えに来たんだ。黙ってこの手を取ればいい」
「嫌です。私は…私はもうあなたと共には生きられない。どうか諦めてください。私達は正式に離縁しました。もう、赤の他人です」
ジゼルはきっぱり言い切った。
復縁するつもりはない。ドミニコと過ごした日々は、ジゼルには苦痛の記憶しかない。
「あなたのそばにいると、私は私でなくなる。あなたに何度も傷つけられ、冷たく扱われ、バレッシオでの日々は、私にとって忘れたい過去なのです」
バレッシオ公国に嫁ぎ、エレトリカの王女として恥ずかしくないようにと振る舞っていたが、あそこでのジゼルは本当の彼女とは違う。
ドミニコや義母に対して萎縮し、言いたいことも言えなかった。
「ジゼル、誰だ。誰が君をこんなふうに変えてしまったのだ。あんなに従順で、優しかった君が…」
「これが本来の私なのです。私はここに来て、ようやく自分を取り戻せ、なりたかった自分になれた。もう元には戻りたくないのです」
正直、ドミニコを前にして、今もジゼルは震えている。
身なりも言動も明らかに常軌を逸している目の前の彼は、何を仕出かすかわからない。
ずっと戸口近くでジゼルたちのやり取りを見ている男と、ドミニコ。二対一で数でも劣っているが、相手は男だ。変に逆らうより、調子を合わす方がいいのかも知れないが、ここで抵抗しなければ、ジゼルはきっと後悔すると思った。