出戻り王女の恋愛事情〜人質ライフは意外と楽しい
「そ、そんな…オリビアが…実の姉に…」
「ユリウス様、これは何かの間違いです。あの子が、そんな…」
「間違い…俺もそう思いたかった」

 ユリウスは動揺を隠せないでいる夫妻を一瞥してから、おもむろに立ち上がって居間の中を歩き出した。

「ユリウス…様?」

 ビアマン家の居間は、豪華な調度品で溢れかえっていた。
 壺や絵画、置物に今ユリウスが座っていたソファも、かなり値が張るものだと、目利きでなくても容易に判断できた。
 加えて夫人の耳や首元には、大きな宝石が付いた装飾品が飾られている。

「ここに来るのはリアの葬儀のすぐ後に来てから初めてですが、随分様子が変わりましたね」

 暖炉の上にあった真鍮の鹿の置物を持ち上げ、つぶさに観察しながらユリウスが呟いた。
 彼らに取っての孫であるミアとリロイには、年に二回ほどボルトレフの邸に、彼らの方から訪ねてきていた。 

「それは、五年近くにもなるのだから、無理もない。少しずつ模様替えもしているからね。骨董品集めはマーガレットの趣味なんだ」
「え、ええ…市場を回って安い掘り出し物を見つけて、飾るのが好きなの」
「安い…掘り出し物。それにしては随分新しいように見えますが、手入れが上手なのですね」
「そ、そうなのだ。それもマーガレットの特技だ」

 二人が動揺しているのは、たった今聞かされたオリビアとリアのことだけではなさそうに思える。
 ランディフは黙って彼らの様子を眺め、扉の前に立つ。 
 まるで彼らが逃げられないようにしているかのように。

「義母上の装飾品も見事ですね」
「あ、ありがとう。でもこれは戴きものなのよ」
「マーガレット!」
「あっ……」

 妻の口を慌てて止めたが遅かった。
 夫人も自分の失言に気づき、口を覆うが、既に言ってしまった言葉は取り戻せない。

「も、申し訳ないことです、ユリウス様、こ、これは…我々は」
「そうです。誤解です。わ、私達は…でもその薬のことは私達も知らないのです」

 夫人は薬については真っ向から否定した。
 二人共彼らの娘だ。一方がもう一方に悪意を持って薬を盛ったとは夢にも思っていなかったようだ。
 そのことには同情しないでもない。ユリウスも、今まで疑いもしなかったことに己の不甲斐なさを感じていた。
 ファーガスが最近耳にした薬の噂を教えてくれなければ、きっと今も気づかなかったかも知れない。

「これらがどこかの国が、ボルトレフとの橋渡しか何かで贈った賄賂だと認めるのですね」

 ユリウスの指摘に彼らは口を噤んだ。
 その沈黙が肯定だとわかる。

「あなたたちはリアの親で、ミアたちの祖父母です。俺も無下なことはしたくない。ですが、俺はボルトレフの総領でもある。もし、あなたたちがボルトレフを危険に晒す案件に関わっているのなら、到底見過ごせません」
「わ、私達もボルトレフの者だ。そのようなことはする気はない。ボルトレフの発展を思ってのことだ。いつまでもエレトリカとだけ手を結んで未来があるのか」
「そうですわ。トリカディールとの戦争の褒賞だって、エレトリカが素直に払わなかったからではありませんか」

 ボルトレフのためだという自負からか、まったく悪びれていない。
 呆れてユリウスはため息を吐いた。

「それで、相手は?」
 
 どこの国が接触してきたのかと尋ねると、二人は気まずげに顔を見合わせた。

「その…交渉はオリビアが…」
「そうです。私達は、一度だけこれらの品を持ってきた商人に会っただけで、詳しいことは何も…」
「その商人とは?」

 特徴を問い質すが、その背格好に思い当たる人物に、ユリウスたちも心当たりがなかった。  
 恐らくはそれは本当に商人だろう。

「ビアマン夫妻から情報が漏れるのを防ぐためでしょう」
「用心深いな」
「あの、オリビアは…我々はどうなるのですか?」

 ランディフとユリウスの会話に割り込んで、夫妻は自分たちの行く末について聞いてきた。

「何もなしとは言えない。ただ、未遂で終わったなら今回は不問に付してもいい」

 それを聞いて二人はほっとした。

「ただし、オリビアは別だ。そして二人がもしオリビアを庇ったり隠すなら、それ相応の処罰を覚悟してもらう」

 娘を売り渡せという親としては非情な決断になるだろうが、ミアとリロイの祖父母を罪人にしたくはなかった。

「だが、ボルトレフの中枢での権力は剥奪する。今後はここに引きこもり、子どもたちとも当面は会えない」
「……」

 二人は言葉もなく項垂れた。

(俺も甘いな)

 過去がどうであろうと、一度仲間として受け入れた者には懐の深いところを見せる。
 それがボルトレフの信条だ。
 母を亡くした我が子たちを、これ以上不憫にさせたくはない。
 だが反面、厳しい面も知る必要はある。  
 他に害を及ぼす存在だとわかれば、たとえ親族であろうと、切り捨てる。
 それが大勢のためになるなら。
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