出戻り王女の恋愛事情〜人質ライフは意外と楽しい
 互いに縛り合っていたため、ジゼルとドミニコは絡み合って地面に落ちた。

「ぐうっ」
「ああっ」

 運良くドミニコが半分下敷きになり、ジゼルは左肩と腰を強打した。
 痛みにほんの一瞬目の前が真っ暗になった。

「くそっ!」
「きゃあっ」

 倒れたジゼルのすぐ目と鼻の先に馬の蹄か見えて、土埃が舞い、踏み潰されるかと悲鳴を上げ身を縮こまらせた。

「まったく、馬も満足に扱えないのか。これだからお坊ちゃまは…」

 革のブーツを履いた足が地面に降り、マイネスが片膝を突いた。

「う、うるさい! つべこべ言わずに早く起こせ」

 耳のすぐ側でドミニコが大声で叫んだ。彼はジタバタし起き上がろうとするが、なかなかうまくいかなず、その苛立ちをマイネスにぶつける。

「ほら、今縄を切ってやるからじっとしていろ」
 
 そう言って腰に下げた剣を抜いて、ジゼルとドミニコを繋いでいた縄を切ると、ジゼルを担ぎ上げた。

「きゃあ!」
「おま、な、何を! その手を離せ」

 荷物のようにマイネスに担ぎ上げられ、頭が下になる。上下がひっくり返りジゼルは悲鳴を上げ、ドミニコが抗議する。
 
「ここで死にたくなかったら、その口を閉じて大人しくしていろ! 今から来る奴らは、恐らくこのお姫さんが目的だろう。ちょうどいい人質になってもらう」
「な…!」
「え!」

 マイネスの言葉にジゼルもドミニコも目を瞠る。土煙を上げながら、こちらに向かってくる一団から激しい蹄の音に混じって、何やら叫び声が聞こえてくる。 

「…!!!、ル!」

 ちょうど風がこちらに吹いて、その風に乗って聞こえてきた声に聞き覚えがあり、ジゼルは頭を持ち上げた。

「…ル!」
「まさか…、った」

 唇を戦慄かせ、ジゼルは思い切り目を見開く。土埃が目に入り痛みに目を閉じたジゼルの耳に、はっきりと聞こえてきた。

「ジゼル!」
「…ユリウス!」

 ジゼルは思い切り声を張り上げた。

「ユリウスだと?!」
「そうだ。ユリウス・ボルトレフ。戦場において味方ならこの上なく心強い相手だが、敵側にとっては最悪の悪夢」

 深々とマイネスはため息を吐く。

「悪いが、正々堂々戦ってはこちらが不利だ」
「ふざけるな! お前だって名のある武将だろ! 弱音を吐かずに立ち向かえ!」
「そんなに奴と戦いたいなら自分でしろ。おれはまだ死にたくない」
 
 そう言ってジゼルを担いだまま、マイネスは自分の馬に近付く。

「やめて、離して!」

 マイネスの肩の上でジゼルは逃れようと身を捩る。しかし、腕も足もまだ拘束されていて自由が利かない。

「おい、私を…いた、私を置いて行くな!」
 
 起き上がろうとしたドミニコは、落馬の際に腰を痛めたらしく、すぐに立ち上がることが出来ず、自分を放置するマイネスに叫ぶ。

「私はバレッシオの大公だぞ! わかっているのか」
「ええもちろん。しかし、俺が請け負った依頼はこのお姫様を連れてくることで、あなたの安全は約束のうちに入っていません」
「へ、屁理屈を…同盟相手の私を蔑ろにして、ただで済むと思うな! 貴様が仕える国王にも、貴様が働いた無礼について言いつけてやる!」
「どうぞお好きに。ただし、この場を乗り切れたらですが」

 話しているうちに、ユリウスたちはどんどん近づいてくる。

「お、おい待て!」

 ジゼルを抱えたまま、馬に颯爽と跨り、マイネスは馬の腹を蹴った。

「ジゼル!」

 さっきより大きく聞こえるユリウスの叫びに、ジゼルはマイネスの背中から思い切り身を起こし、そちらを見た。
 数頭の馬が激しい土煙を上げ近付いてくる。
 どれがユリウスなのか、ジゼルには分からない。
 するとそのうちの一騎に乗っていた人物が、駆ける馬の背に立ち上がった。

「まさか…」
「なんだと」 

 勢いよく走る馬の背に立つなど、人間が出来るものなのか。
 その光景に誰もが息を呑んだ。

「ボルトレフ」
「……ユリウス…そんな」

 到底信じられない。ジゼルは今自分が目にしているものが、幻ではないかと疑った。

「ば、化け物」

 誰かが呟く。
 早駆けする馬の背にすっくと立ち上がったユリウスは、胸の前に腕を交差して両腰から剣を引き抜き、身構えたかと思うと、膝を折って勢いよく馬から飛び降りた。
 そして地面に足を着けたかと思うと、脱兎のごとくこちらに向かって走り込んできた。

「戦え! 近寄らせるな、相手は十人程度だ」

 マイネスが叫び、手前にいた部下たちが襲いかかる。
 他の者は馬に乗ったまま、近場にいたマイネスの部下たちに向かって応戦する。
 その中心を切り裂くようにユリウスが走り、止めようとする敵を次々と迎え討つ。

「ジゼル!」

 しかし、彼らはユリウスの敵ではなかった。ジゼルの名を呼びながら、足を止めることなく走り込むユリウスの剣にあっという間に斬り捨てられ、バタバタと地面に倒れていった。
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