出戻り王女の恋愛事情〜人質ライフは意外と楽しい
 誰かと想いを通じ合うことが、こんなに甘く芳しいものだとは思わなかった。
 彼が来てくれなければ、今頃自分はどうなっていたのかと思うと、恐ろしくてたまらない。

「ユリウス…助けに来てくれてありがとうございます」

 両手に剣を持ち、戦うユリウスの姿が目に焼き付いて離れない。
 あれがユリウス・ボルトレフの戦いなのだ。
 倍以上の戦力を前にして、決して引けを取らない圧倒的な強さだった。

「ドミニコ・バレッシオは、君を取り戻そうと?」

 その問いに、ジゼルは重々しく頷き、そしてすぐにあり得ないと首を振った。

「今更…ドミニコは、自分の子供を身籠ったというのが実は虚言だと知って、本当の父親共々串刺しにしたと言っていました。真実は定かではありませんが…」
「大公の子供ではなかったと?」

 ジゼルの話に、今度はユリウスが目を瞠った。

「それでお母上ともめている際に、彼女が階段から落ちて、彼女は今、寝たきりになっていると言っていました」
「それで、君に会いに来たのか?」
「邪魔者はいなくなった。これで私が戻れると…自分がしたことをまるで棚に上げ…いえ、彼の中では私に対して奮った暴力も無かったことになっていて、すべて悪いのは周りの者たちで、自分は悪くないと…」
「無茶苦茶だな。自分に都合よく事実を捻じ曲げ、嫌なことから目を背け、人のせいばかりにするなど…それでバレッシオを統治出来ていたのか」

 ユリウスの呆れ顔に、ジゼルも同意する。
 
「狂っています。前からその片鱗があったかも知れませんが、バレッシオの統治をしていたのは、大公夫人です。ドミニコは彼女の誘導で決定を下していただけなのです」

 正しくは前々大公夫人で、前大公夫人はジゼルだ。
 
「その夫人も今や寝たきり。大公自身もこちらで拘束している。バレッシオを統治する者はいるのだったか?」
「彼の再従兄弟が一人。年は少しドミニコより上になります。テレーズ様やドミニコは嫌っておりましたが、実直で好感が持てる方です」
「ならバレッシオも安泰だな。ドミニコのことは彼とエレトリカ国王に委ねようと思う」
「私もそれに同意します。彼とはもう、関わりあいたくありません」

 自分を盾に逃げようとしたドミニコに、ジゼルは一片の憐憫も感じなかった。全ては彼が自ら招いたことだ。

「オリビアは色々も事情が複雑だが、君を拐った件にも深く関わっているようだな」
「ええ。彼女は…お金で私をドミニコに引き渡しました」
「すまない。こちらの監督不行き届きだ」

 ユリウスがジゼルに頭を下げ、真摯に謝った。

「ジゼルさまあ〜!」

 その時、ドタドタと足音がして、遠くからジゼルを呼ぶ声が聞こえた。

「あの声は…メアリー?」
「どうやら迎えが来たようだ。君が眠っている間に、ボルトレフへ遣いを送っていたからな」

 ボルトレフにジゼルを無事保護したことを伝えるよう、ユリウスが宿屋の主に頼み、それを受けて馬車と共にメアリーがジゼルの着替えなどを持って駆けつけたのだった。
 メアリーはジゼルを見るなり、寝不足で隈の出来、やつれた顔で泣き出した。
 そして、寝ている間にユリウスが手当をしてくれていた、縄で縛られたジゼルの手足の傷を見て、ドミニコやオリビアへの怨みつらみをブツブツ言い続けた。
 
 宿で身支度を整え、馬車でボルトレフへと帰る間も、メアリーはジゼルの側を片時も離れず、ユリウスすら近づかせなかった。

 ボルトレフに着いたら着いたで、ミアが駆け寄ってきて、ケーラたちに囲まれ、ユリウスもユリウスで事態を収めるため奔走することとなり、ゆっくり話す機会もなくなった。

 リロイは解毒剤が効いて、峠は越えた。
 まだ養生のため部屋を出ることは許されていないが、すぐに回復するだろう。
 ジゼルがお見舞いに行くと、笑顔で出迎えてくれた。
 この笑顔が失われたのかと思うと、ジゼルは背筋が寒くなり、オリビアに対する怒りが湧いた。
 

 そして三日ぶりに会ったユリウスから、ことの顛末について王都に手紙を送ったと聞いた。
 さすがにバレッシオ公国やカルエテーレが関与しているとなっては、国王に黙ってはおけない。

「きっとすぐに来いと返事が来るはずだ」
「その時は私も同行してもよろしいですか?」

 父は今回のことで、ユリウスに対しどう対処するだろう。
 普通であれば家臣が王女を危ない目に合わせたとなれば、重い処罰が課せられるだろう。
 しかしボルトレフとエレトリカとの関係は、戦力をボルトレフが提供する代わりに、それに対しエレトリカが金銭を払うという特殊なもので、普通とは違う。
 それに、ドミニコが関わったとなれば、ボルトレフのせいだけではない。

「ドミニコのことは、ユリウスにはまったく落ち度がありません。彼がカルエテーレを、そしてカルエテーレがオリビアを利用したのです。たまたま、私がここにいたから。ですから…」

 きっとユリウスは、すべての責任は自分にあると王に申し出るだろう。
 そして、どんな罰も受けると言うことも想像できた。
 言い訳も、責任逃れもしない。
 でもそれをジゼルは黙って見ているつもりはない。

「もちろん、君の同行については君の意思に任せる。しかし、君がエレトリカの王宮にいたなら、今回のことは起こらなかった。人質としてここに連れてきたのは俺だ」
「それでも、私はここに来て良かったと思っています。ここで私は王女でも、大公妃でもなく、別の生き方を知ることが出来ました。ここにいる皆さんのことが好きです。ミア様やリロイ様、そして何よりユリウス、あなたに出会えた」
 
 国王として、父としての立場もあるだろう。しかし、ジゼルは手をこまねいて、ただ見ていることは出来なかった
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