出戻り王女の恋愛事情〜人質ライフは意外と楽しい
 エレトリカ王国の王宮に着くと、ユリウスはジゼルと引き離され、武器を奪われ窓のない殺風景な部屋に通された。
 ひとつだけ置かれた椅子に深々と腰掛け、背もたれにその身を預ける。
 扉の前には強固な鎧を身につけた、大柄な騎士が二人見張りに立つ。扉の向こう、廊下にも数人の騎士がいるのが気配でわかる。
 自分はここに監禁されているのだ。
 丸腰の自分一人に、大袈裟過ぎると思わないでもないが、それはユリウス・ボルトレフを警戒してのことだとわかる。

「高く買ってくれたものだ」

 小さく呟くと、見張りの騎士が無言のままこちらを見た。

「単なる独り言だ。気にしないでくれ」

 今頃ジゼルは、国王夫妻に何があったのか話しているだろう。
 彼女がどんな風に自分とのことを話すのか、ここへ来るまで特に話し合いはしなかった。
 口裏を合わせなくても、自分と彼女は深く愛し合い、固い絆で結ばれている。そう信じている。
 出逢ってからの期間は短いが、それは重要ではない。
 彼女との出逢いは、自分を変えた。
 子供達の父親、そしてボルトレフの総領として、自分は十分な働きをし、評価を得ている。
 ミアとリロイ。そしてランティスをはじめとするボルトレフの者達がいれば、それで彼は満足だった。
 だが自分は知ってしまった。
 愛しい女性を腕に抱き、互いに愛を交わし合う喜びを。
 ジゼルを知ったことで、これまでの自分の人生が一変した。今までも十分満たされていたが、新たな活力が(みなぎ)ってきた。
 彼女に相応しい自分でいられるよう、より切磋琢磨していこうという気持ちになる。

 ジゼルとのことを思い浮かべていると、待つ時間も短く感じられた。

 この部屋に連れてこられ、どれくらい経っただろうか。窓がないので正確な時間はわからないが、不意に廊下の方が騒がしくなった。

「お出ましか」

 見張りの騎士達が脇に寄り、ユリウスも立ち上がった。

「開けよ」

 その声と共に部屋の錠が解かれ、内側に扉が開いた。

 ユリウスは胸に右手を当てて、腰を曲げて頭を垂れた。

「お待ちしておりました。陛下」

 現れた国王コルネリスに対し、ユリウスは挨拶をした。

「お前達は下がれ」

 部屋に足を踏み入れた国王は、廊下と部屋の中にいた騎士達に退出を命じた。

「しかし陛下」

 彼らはちらりとユリウスを見て、その命に異議を唱えた。

「いい。この者は私を傷つけたりはせぬ。そうだな」
「そのとおりでございます」
「だそうだ。そなたたちは廊下で待機しておれ」

 騎士達は王の命に一礼し、「何かあればすぐにお声をおかけください」と言って、部屋を出た。
 二人きりになり、王は先ほどまでユリウスが座っていた椅子に近づき、そこに腰を下ろした。
 ユリウスは一歩下がり、腰を屈めたままその場に立つ。

「面を上げよ」

 そう王が言い放つと、ユリウスはゆっくりと頭を上げた。

「ジゼルから話は聞いた」

 王は暫くユリウスの顔を苦々しく見つめてから、ぼそりと呟いた。

「父親としては色々複雑な気持ちだが、カルエテーレとのことでは、王としてそなたの判断には感謝する」
「もったいなきお言葉。恐悦至極に存じます」
「バレッシオ公国には、今使者を送っている。そのうちバレッシオ公国から伝令が戻ってくるだろう。ドミニコは公国を危機に晒し、他国と勝手な交渉をしてエレトリカと対立しようとした罪で、あちらで政治犯として収監されることになる筈だ」
「新たな大公が賢明な判断をなさるでしょう」
「カルエテーレとは、此度の我が国の王女を危険な目に合わせたことについて、非公式に抗議するつもりだ。表立って追及できないのは残念だが、今はトリカディールとの戦争が終わったばかりで、今戦争を起こすのは得策ではない」
「我がボルトレフは、いつでも馳せ参じます」
「涼しい顔をして、よくも我が娘を誑かしてくれたな」

 本音がぽろりと国王の口から漏れる。

「『人質』と称して、初めからこうなることを狙っていたのか」
「大変魅力的な方ではございますが、ひと目見ただけでそう思ったわけではありません。芯があり中身も素晴らしい女性だと思ったからこそ、心惹かれたのです」
「私の娘だ。どこに出しても恥ずかしくない」
「仰る通りです」
「しかし、一度目の婚姻では、私は判断を誤った。二度目は間違えたくない」
「大切にします。互いに尊重し合い、愛し抜くと誓います」
「天地神明に誓って、あの子を護ると言えるか」

 王の鋭い視線がユリウスに注がれる。本来王に対し、真っ向から視線を合わせる者は殆どいない。
 しかし、ユリウスは視線を逸らすこと無く、その赤い瞳で王と視線を合わせた。

「この命に代えましても、彼女を悲しませたりはしません。しかし、彼女は芯の強い女性です。ただ護られるだけではなく、彼女自身の存在が私に力を与えてくれるのです。そうして互いに支え合い、共に生きたいと思います」
< 98 / 102 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop