出戻り王女の恋愛事情〜人質ライフは意外と楽しい
「それで、手紙の件だが、あれはどういう意味かな」
国王が、本題を切り出した。
「トリカディールとの戦争で、ボルトレフが受け取る筈だった報酬金の残り半分、帳消しにしても構いませんと言ったら、どうされますか? もちろん、後で追加したものも含めて」
「それはどういう了見で? ボルトレフが値引きでもしてくれるというのか?」
ユリウスの提案を、国王は慎重に受け止める。
「我々も腕一本で生きてきました。安売りするつもりはありませんが」
「代わりにジゼルを…娘を寄越せというなら、帳消しにしてもらう必要はない。約束は約束だ。祖先が交わした約束を違えたとなれば、あの世に行った時に先代王たちに痴れ者と罵倒されるだろう。娘を身売りさせたのかとな」
「しかし、国家の財政のことを考えれば、いい話だと思いますよ。国民も自分たちの税金が節約出来たと、喜んでくれるでしょうし、悪いことではありません」
「ボルトレフもエレトリカの国民だと思っている。君らが誰よりも先陣に立ち、果敢に敵を討ち倒してくれたからこそ、勝利を収めることができたのだ。その功績に対して妥協はしない」
「しかし、私はジゼルを…王女を危険な目に合わせてしまいました。その償いはするつもりです」
「それはそれだ。手紙はあの子が連れ去られる前に届いた。その前から、そなたはそのつもりだったと言うことだろう?」
国王の問いかけに、ユリウスはふ〜っとため息を吐いた。
「仰るとおりです」
「値引きは不要だ」
王がきっぱりと言い切った。
「もう一度言うが、ボルトレフもエレトリカの民だ。君たちのお陰で、出征を免れた者もいる。命を金で解決しようとは思わないが、出来ることはそれしかない」
予想通りの王の対応に、ユリウスはふっと口元を綻ばせ、その場に両膝をついた。
「陛下の君主としてのお考え、大変ご立派です。現ボルトレフの総領として、これほど有り難いお言葉はございません」
そして深々と頭を下げた。
「それで、言いたいことは…それだけか?」
「いいえ、ここからは、ボルトレフの総領としてでなく、ユリウス・ボルトレフ個人としてお話します」
「申してみよ」
「私は彼女を、王女殿下を一人の女性として慕っております。彼女とも想いを交わし合い、共にこれからの人生を歩みたいと思いました。もしお許しいただけるなら、妻に迎えたいと思っております」
「ジゼルからも、そなたとのことは聞いた。本気なのだな」
「はい」
赤い瞳に力強い光を宿し、ユリウスが答えた。
「バレッシオで何があったか、あの子がどんな思いをしたか、すべて知っているのか」
「もちろんです。それも含めて彼女です。彼女の素晴らしさは、その苦労もあってだと思っていますが、王女である前に、彼女を一人の女性として、心から愛しています」
「父親である私の前で、惚気か」
「すみません。根が正直なもので」
いけしゃあしゃあと、ユリウスは破顔して言った。
その表情には、ジゼルに対する愛情が満ち溢れている。
(ドミニコとまるで違う。度量の大きな男だ)
「国王として、国のため国民のためには、時には非情にならねばならない時があることはわかっている。国益のため、一度は娘を、王女を嫁がせた。だが、それがあの子を不幸にした。父親としては失格だ」
「バレッシオの大公…今は、もう違いますが、彼がそのような人物だと知らなかったのですから、ご自分を責めないでください。彼女もそれは望まないでしょう」
「昨日今日知り合ったそなたに、娘のことでとやかく言われる筋合いはない。私はあの子の父親だ」
「失礼いたしました」
たった一ヶ月程度一緒にいただけのユリウスに、娘の気持ちの代弁をされ、なぜか国王は苛立った。
もちろん、彼女はドミニコとの結婚のことで、父親を責めたりはしないことはわかっている。
ただそれを、他人に言われると腹が立つ。しかも相手は、娘を今まさに奪おうとしている男だ。
王は改めて、ユリウスをじっくりと見た。
ジゼルとそれほど年の差はなさそうだ。
堂々としていて、体格も立派。戦闘の腕前は折り紙付きだ。
オリーブグレーの肩より少し長い髪。赤い瞳は確固たる自信と誇りに満ちている。
顔の造作は整っているほうだ。箱入りの令嬢の中には、その気迫に満ちた雰囲気に恐怖を抱く者もいるだろうが、気骨ある女性ならその魅力に心奪われるだろう。
そして自分の娘が惚れ、この先の人生を共にしたいと思っている相手。
彼もまた、ジゼルを愛していると国王である自分に臆することなく言い切っている。
「収まるところに収まった。というべきか」
国王は重々しいため息をとともに、そう呟いた。
国王が、本題を切り出した。
「トリカディールとの戦争で、ボルトレフが受け取る筈だった報酬金の残り半分、帳消しにしても構いませんと言ったら、どうされますか? もちろん、後で追加したものも含めて」
「それはどういう了見で? ボルトレフが値引きでもしてくれるというのか?」
ユリウスの提案を、国王は慎重に受け止める。
「我々も腕一本で生きてきました。安売りするつもりはありませんが」
「代わりにジゼルを…娘を寄越せというなら、帳消しにしてもらう必要はない。約束は約束だ。祖先が交わした約束を違えたとなれば、あの世に行った時に先代王たちに痴れ者と罵倒されるだろう。娘を身売りさせたのかとな」
「しかし、国家の財政のことを考えれば、いい話だと思いますよ。国民も自分たちの税金が節約出来たと、喜んでくれるでしょうし、悪いことではありません」
「ボルトレフもエレトリカの国民だと思っている。君らが誰よりも先陣に立ち、果敢に敵を討ち倒してくれたからこそ、勝利を収めることができたのだ。その功績に対して妥協はしない」
「しかし、私はジゼルを…王女を危険な目に合わせてしまいました。その償いはするつもりです」
「それはそれだ。手紙はあの子が連れ去られる前に届いた。その前から、そなたはそのつもりだったと言うことだろう?」
国王の問いかけに、ユリウスはふ〜っとため息を吐いた。
「仰るとおりです」
「値引きは不要だ」
王がきっぱりと言い切った。
「もう一度言うが、ボルトレフもエレトリカの民だ。君たちのお陰で、出征を免れた者もいる。命を金で解決しようとは思わないが、出来ることはそれしかない」
予想通りの王の対応に、ユリウスはふっと口元を綻ばせ、その場に両膝をついた。
「陛下の君主としてのお考え、大変ご立派です。現ボルトレフの総領として、これほど有り難いお言葉はございません」
そして深々と頭を下げた。
「それで、言いたいことは…それだけか?」
「いいえ、ここからは、ボルトレフの総領としてでなく、ユリウス・ボルトレフ個人としてお話します」
「申してみよ」
「私は彼女を、王女殿下を一人の女性として慕っております。彼女とも想いを交わし合い、共にこれからの人生を歩みたいと思いました。もしお許しいただけるなら、妻に迎えたいと思っております」
「ジゼルからも、そなたとのことは聞いた。本気なのだな」
「はい」
赤い瞳に力強い光を宿し、ユリウスが答えた。
「バレッシオで何があったか、あの子がどんな思いをしたか、すべて知っているのか」
「もちろんです。それも含めて彼女です。彼女の素晴らしさは、その苦労もあってだと思っていますが、王女である前に、彼女を一人の女性として、心から愛しています」
「父親である私の前で、惚気か」
「すみません。根が正直なもので」
いけしゃあしゃあと、ユリウスは破顔して言った。
その表情には、ジゼルに対する愛情が満ち溢れている。
(ドミニコとまるで違う。度量の大きな男だ)
「国王として、国のため国民のためには、時には非情にならねばならない時があることはわかっている。国益のため、一度は娘を、王女を嫁がせた。だが、それがあの子を不幸にした。父親としては失格だ」
「バレッシオの大公…今は、もう違いますが、彼がそのような人物だと知らなかったのですから、ご自分を責めないでください。彼女もそれは望まないでしょう」
「昨日今日知り合ったそなたに、娘のことでとやかく言われる筋合いはない。私はあの子の父親だ」
「失礼いたしました」
たった一ヶ月程度一緒にいただけのユリウスに、娘の気持ちの代弁をされ、なぜか国王は苛立った。
もちろん、彼女はドミニコとの結婚のことで、父親を責めたりはしないことはわかっている。
ただそれを、他人に言われると腹が立つ。しかも相手は、娘を今まさに奪おうとしている男だ。
王は改めて、ユリウスをじっくりと見た。
ジゼルとそれほど年の差はなさそうだ。
堂々としていて、体格も立派。戦闘の腕前は折り紙付きだ。
オリーブグレーの肩より少し長い髪。赤い瞳は確固たる自信と誇りに満ちている。
顔の造作は整っているほうだ。箱入りの令嬢の中には、その気迫に満ちた雰囲気に恐怖を抱く者もいるだろうが、気骨ある女性ならその魅力に心奪われるだろう。
そして自分の娘が惚れ、この先の人生を共にしたいと思っている相手。
彼もまた、ジゼルを愛していると国王である自分に臆することなく言い切っている。
「収まるところに収まった。というべきか」
国王は重々しいため息をとともに、そう呟いた。