涙を水で薄めたような味がする
「お前なんか産まなきゃよかった……!」
沙代《さよ》の悲痛な叫び声が響く。産まなきゃよかった。なんて言ってはいけない言葉だと分かってはいた。自分が欲しくてお腹を痛めて命をかけてまで産んだ子供だ。自分の命よりも大切だと思った子供だ。その子供を全否定するような言葉を沙代は吐き出したのだ。一時の感情で言葉を発するべきでないことも沙代は痛いほど理解していた。経験していた。あれほど、自分の母親のようにはなりたくないと願い、言葉にも行動にも表情にも気をつけてきたのに。

目の前にいる凪津《なつ》は、ショックという感情を全身で表している。言葉にもならないほどに傷をつけてしまった。
しばらく、沙代も凪津も言葉を発さなかった。時計と冷蔵庫の音だけが耳に届いた。きっとすぐにでも訂正をして謝ったら何か違ったのだと思う。そうしたら凪津はこんなことにはならなかったのかもしれない。そんなのは言い訳だ、と感情を音にしてくれたかもしれない。沙代のあの一言で、刃物のせいで凪津から声を奪ってしまったんだ。凪津の声は誰にも届かなくなってしまったのだ。
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