【コンテスト用マンガシナリオ】壊したいほど、キミが好き。
episode.1
◯朝・校門前
月曜日の朝。生徒が登校してくる。
風紀委員数名が校門前に並び、挨拶しながら生徒の服装の身だしなみチェックを行っている。
菜月「おはようございます。カーディガンは禁止です、明日からは指定のセーターでお願いします」
菜月「おはようございます。髪が肩についています。教室へ着いたら黒か茶色のゴムで結んでください」
多少、相手にめんどくさそうにされても、毅然としている森下菜月。
前髪は眉のラインで切り揃え、背中にかかる艷やかな黒髪をうしろでひとつ結びにし、制服のブレザーを隙なくきっちり着こなしている。
私立景星(けいせい)学園。
創立七十年の伝統があり、特進科と普通科、さらにスポーツ科を有する都内有数の名門高校だ。
進学率がよく、政治家や著名人、またプロのスポーツ選手などを多く排出している。
そこに、アッシュグレーのツーブロックというヘアスタイルに、ブレザーの下にオーバーサイズのカーディガンを着た水嶋真紘がやってくる。
彼は菜月のクラスメイト。長身で整った顔立ちのため、一年女子だけでなく先輩からもモテる。
気取ったところがないため友達も多く、彼の周囲には男女問わず多くの人がいる。
真紘「おはよ、森下さん。今日も張り切ってんね」
菜月「水嶋くん、おはようございます。その髪型、週末に直してくるように何度もお願いしていますよね? それから、カーディガンは禁止です」
真紘「相変わらず真面目だね、風紀委員さんは。眉毛にかからない前髪に遊びのないひとつ縛り、膝丈スカート。本当に令和の女子高生? もっと高校生活楽しんだら?」
目線を合わせるように屈んで頭をぽんぽんされ、ムッとしながらも赤くなってしまう菜月。
周囲の生徒は、ふたりのやり取りを見て「また始まった」とクスクスと笑っている。
菜月「学校は勉強するところです。放課後―――」
真紘「反省文書きに生徒指導室、でしょ?」
何度も繰り返してきたやり取り。
菜月は呆れてため息をこぼすのだった。
◯授業前・特進科(1-A)教室
風紀委員の活動を終え、菜月が教室へ。
クラスメイトで幼なじみの陽葵(ひまり)が声をかけてくる。
陽葵は肩につかない長さの黒髪ボブカットを外ハネにしていて、前髪もシースルーバング。校則を守っているがオシャレに見える。
陽葵「おはよう、菜月。今日も彼とやり合ったって?」
陽葵の視線の先には真紘が友達に囲まれている。
その中には女子もいて、「今日こそ里奈と一緒に帰ろうねっ」と親しげに腕を組まれている。
菜月「本当にいい加減にしてほしい。土日で美容院に行くように何度も言ってるのに」
陽葵「えー、でもあのヘアスタイルカッコよくない?」
菜月「いくらカッコよくても校則違反なの」
菜月(あんなに不真面目そうに見えるのに、一度もテストで勝てないのも悔しい……!)
テスト結果が上位二十名の名前が廊下に張り出され、入学から今までいつも真紘がトップに載っている。
菜月はだいたい五位以内。
陽葵「菜月は真面目だなぁ。校則なんて、みんなちょっとずつ破ってるよ?」
菜月(そのちょっとの気の緩みが、いつか大変な事態を引き起こすことだってある……)
菜月「……ルールは、守るためにあるんだよ」
準備した教科書をぎゅっと握りしめる。
菜月が頑なに校則を守る理由を知っている陽葵は、複雑そうな顔で肩を竦める。
◯放課後・生徒指導室
教室には何人かの校則違反者と風紀委員。
それぞれめんどくさそうに適当に反省文を書ききって教室を出ていく。
風紀委員長である一ノ瀬瞬が菜月に声をかける。
瞬は長身で真面目な雰囲気。黒髪短髪で、シルバーフレームのメガネを掛けている。
瞬「あとは彼だけか。森下さん、任せていいかな?」
菜月「はい、大丈夫です」
瞬「君は真面目にやってくれるから俺も助かるよ。いつもありがとう」
菜月「いえ、そんな」
瞬「なにかお礼をしたいんだけど」
菜月「そんな。委員の仕事をしてるだけなので大丈夫です」
きっぱり断ると、ちょっと寂しそうに笑う瞬は「じゃあ、あとよろしく」と教室を出ていく。
菜月(今日も一ノ瀬先輩は優しくて素敵だな)
真紘「あーあ、今日は予定あったんだけどなー」
チャラい雰囲気の真紘に顔をしかめる菜月。
菜月(どうせ女の子と遊ぶ約束でしょ)
菜月(ひとりに絞れないからって、いろんな女の子と遊んでるって噂だし)
菜月は無言で反省文のフォーマットを差し出し、書くように促す。
真紘「こんなこと、なんか意味あんの?」
つまらなそうにペン回しする真紘。
菜月「みなさんに校則を守ってもらうためです」
真紘「メイク禁止とか髪型の規定とか、守る意味ある?」
菜月「決められたルールですから」
真紘「……じゃあそのルールが変わったら、森下さんはもっと高校生活を楽しめる?」
チャラチャラした雰囲気ではなく、真顔でまっすぐに見つめられ、思わずドキッとする菜月。
真紘「森下さんってさ、中学の頃はもっとよく笑ってたって聞いた。ヘアスタイルも毎日変えて、私服もオシャレだったって」
グッと言葉に詰まる菜月。気まずくて目を逸してしまう。
真紘「……」
彼は深く追求せず、スマホの画面を見せる。
真紘「これ、どう思う?」
とあるニュース記事。ハーフの女子高生が地毛の金髪を黒に染めさせられたというブラック校則の事例が載っている。
菜月「やりすぎだと思います。うちの学校では、地毛の場合は証明書を出せば―――」
真紘「それ、必要?」
鋭い眼差しの彼は、いつものふざけた雰囲気とはまるで別人。
真紘「髪型とか髪色が違ったらなんなの? メイクしたら不良になったり、髪が黒かったら成績がよくなったりすんの?」
菜月「それは……」
真紘「法律とか交通ルールにはちゃんと理由があるじゃん。自分でも守る意味がわからないルール守って、なんの意味があんの?」
菜月(だってルールを守らなければ、あの人みたいになっちゃうんだから……)
菜月がなにも言えないでいると、真紘は黒ゴムで縛っただけの髪をほどいてしまう。
菜月「あっ」
真紘「サラサラじゃん。こっちの方が絶対可愛い」
髪を手櫛で整え、サイドの髪を耳にかけられる。
どこか色気を感じさせる表情で微笑まれ、ドキッとする菜月。
菜月「こ、こういうことを誰にでもするから、チャラいって言われるんですよ」
真紘「誰にでもするわけないだろ。森下さんだけだよ」
菜月「う、うそばっかり……」
真紘「なんで? 俺、めちゃくちゃ一途だけど。もう一年以上、ずーっと片思いしてる」
じっと見つめられる。
まるで自分に恋をしているかのような真紘の眼差しに、身動きがとれない。
菜月(そんなことあるわけないのに)
菜月が呆けている間に、真紘は反省文を書き上げる。
真紘「よし、おわり。じゃあね」
菜月「あっ、ちょっと……っ」
真紘「俺、髪下ろしてる森下さん、めっちゃ好み。もし今の校則がなくなったら、この髪型で学校来てよ」
先ほどまでの真剣な顔つきとは違い、いつものチャラい真紘。
真紘「森下さんを縛るルールも、考え方も、俺が全部ぶっ壊すから。覚悟してね」
菜月の髪を一房掬い、その髪にキスをして教室を出ていく真紘の背中を見送る。
菜月(か、髪にちゅってされた……!)
菜月(なんなのっ? 校則がなくなるわけないじゃない!)
その顔は真っ赤に染まっていた。
◯ある日の放課後・教室
ざわつく教室に慌てて駆け込んできた女子生徒の声。
クラスメイトの女子「ねぇ! 第一体育館前に校則廃止の投書箱ができたんだって!」
菜月(え……っ、校則廃止⁉)
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