【コンテスト用マンガシナリオ】壊したいほど、キミが好き。
episode.4
◯菜月の回想
『えっ! お父さんが?』
菜月の父は酒癖が悪く、よく酔っ払って帰ってきた。母に暴言を浴びせ、叩いているのも見たことがある。
中学に上がる頃にはあまり家にも帰ってこなくなり、父が浮気をしているのだと察した。
ほぼ母子家庭の状態で育ったが、父がいないほうが気が楽なので、母とふたりで幸せに暮らしていた。
中学三年、受験生の冬休みに父親が事故を起こしたと連絡が入った。
飲酒運転での信号無視、物損事故。
幸い怪我をしたのは車に乗っていた父親と浮気相手の女性だけだったらしい。
母は父と縁を切るために弁護士を立てて離婚した。
憔悴する母を見て、菜月は思った。
(私は、絶対きちんとした大人になる。ルールを破って周りに迷惑をかけてお母さんを悲しませるような人間にはならない!)
◯月曜日の朝・校門から教室へ向かっている
瞬「やっぱり今日は遅刻ギリギリの生徒がいつのも倍近くいたね」
菜月「特に女子生徒ですよね。メイクとか髪型とかに時間がかかったんでしょうか」
瞬「それに、金髪とか明るすぎる色は禁止と出てたはずだけど、読んでない男子生徒も何人かいたし」
菜月「そうですね」
風紀委員の腕章を外しながら、瞬が菜月を見る。
菜月は以前となにも変わらない出で立ち。
瞬「森下さんは、メイクとかしなかったんだね」
菜月「はい」
菜月(水嶋くんを意識しちゃって、結局なにも変えられなかった)
回想の真紘『森下さんを縛りつけるルールが、やっとひとつなくなったな』
菜月(あれはどういう意味なんだろう?)
瞬「よかった。俺はそのままの森下さんがいいと思うよ」
爽やかに微笑む瞬。
菜月「あ、ありがとうございます」
瞬「ふざけて校則を変えようなんて人間に、風紀を乱されるのは困るよね」
菜月(ふざけてるわけじゃ、ないかもしれない)
脳裏に真紘の顔が浮かぶ。
菜月(ううん、水嶋くんが『キング』と決まったわけじゃない。私の思い込みだ)
瞬の言葉を肯定しない菜月を、瞬は複雑そうな顔で見つめていた。
◯特進科(1-A)教室
水嶋が教室に入ってくる。まっすぐ菜月のもとへ。
真紘「おはよ、森下さん」
菜月「おはようございます」
真紘「あー、やっぱりか。これ、没収ね」
いつもどおりの菜月の姿を見て苦笑する真紘。
いつかのように黒ゴムをするっと取り去り、口の端を上げて笑う。
菜月「ちょっと、返してください」
真紘「言ったじゃん。俺はこっちが好みなんだって」
菜月「水嶋くんの好みなんて知りませんっ」
赤くなって応戦する菜月だが、手のひらに乗せられた小さな袋を見て首を傾げる。
菜月「なんですか?」
真紘「これの代わり」
奪った黒ゴムをヒラヒラさせ、真紘は自席へ行ってしまう。
袋を開けると、中には可愛いヘアアクセサリーが。(後述のワイヤーポニーと、可愛いヘアピンが入っている)
菜月(これを、私に? どうして……?)
唖然としつつ、ドキドキする菜月。
◯放課後・教室
体育大会の応援旗を作っている。
菜月は黒ゴムを真紘に取られてしまったため、日中は髪を下ろして過ごした。
作業中は髪が邪魔になるため、彼にもらったワイヤーポニーと呼ばれる布の中にワイヤーが入ったヘアアクセサリーで髪をまとめている。(引っ詰めではなく、緩いオシャレなひとつ結び)
友人A「あれ、森下さん、それ可愛いね。朝からしてたっけ?」
菜月「う、ううん。黒ゴムなくしちゃって、さっき陽葵にしてもらって……」
友人B「オシャレで可愛い。厳しい風紀委員って雰囲気が和らぐね」
一緒に旗に色を塗りながら笑う友人たちも、ヘアスタイルがいつもと違うし、可愛くメイクをしている。
友人A「入学してかなり経つのに、やっと女子高生してる気分!」
友人B「たしかに! 制服着てちゃんとメイクしたの初めてかも」
友人C「それにしても、本当に『キング』は誰だろうね」
友人A「気になるよね。噂では二年のサッカー部の先輩たちって言われてたよ」
友人B「えーっ、私は女バスの元キャプテンだって聞いた!」
友人C「めちゃくちゃ勇気あるよね。しかもしっかり実現してるなんて」
友人B「ほんと! 署名で校則変えられるなんて知らなかったもんね」
盛り上がる友人たちをよそに、菜月の脳裏に真紘が浮かんでくる。
回想の真紘『無駄な校則はたくさんある。まだこれからだ』
回想の真紘『森下さんを縛りつけるルールが、やっとひとつなくなった』
菜月(もしかして、水嶋くんが……?)
脳裏をよぎった疑問を、すぐに打ち消す。
(いやいや。あのチャラい水嶋くんが、わざわざこんなことする理由がない)
考えすぎだと頭を振る菜月。
すると、廊下から騒がしい声がする。
女性生徒「えー、なんでぇ? 一緒に帰ろうよぉ」
見ると、真紘がギャルっぽい見た目の女の子に腕を組まれているところ。
(やっぱりチャラい……)
友人A「うわー、水嶋くん、ほんとモテるね」
友人C「ね。でも誰から告白されても付き合ってないんでしょ?」
友人B「ひとりに選べないからでしょ? でもアレだけイケメンなら納得!」
友人A「それ違うらしいよ。水嶋くんの友達いわく、中学の頃から好きな子がいるんだって」
友人B「えーっ? 一途ってこと? なにそれ萌えるんだけど!」
(そういえば、一年以上片思いしてるって言ってた……)
チクンと胸が痛む菜月。
それに気付かず、旗の色塗りに専念する。
下校時間のチャイムが鳴る。
友人B「あー、もう時間? 楽しいとあっという間!」
友人C「もう少しいいんじゃない? きりのいいところまでやっちゃおうよ」
友人A「そうだね」
菜月「あ、でもちゃんと時間は守らないと」
(私も楽しいし、もっとやりたいけど……)
ちらりと外を見ると、すでに辺りは暗くなっている。
友人C「あと十五分くらいだよ?」
菜月「五時半までって決まりですから」
微妙な空気。
友人三人は絵の具など洗い物へ。
(ルールを守らなくちゃいけないからって、あんな言い方しちゃダメだった……)
自己嫌悪で泣きそうになっていると、教室へ真紘が入ってくる。
慌てて涙を引っ込める菜月。
真紘「お疲れ。どう? 旗できてきた?」
菜月「そうですね、やっと半分くらいってところです」
真紘「あ、早速つけてんだ」
ツンツンと髪を指され、恥ずかしくなる。
菜月「水嶋くんがゴム取っちゃうから」
真紘「いいじゃん、可愛い」
菜月「……っ!」
素直に褒められ、照れてしまう。
菜月「み、水嶋くん、こんな時間までなにしてたんですか? もう下校の時間ですよ」
真紘「だからカバン取りに来たんだろ。風紀委員さんに叱られたくないからね」
(あの三人も、私を面倒な風紀委員だって思ったのかも……)
落ち込み俯くと、その思考を読んだように真紘が励ますように声をかけてくる。
真紘「あるんだろ? 下校時間を守って欲しい理由が」
菜月「え?」
真紘「ちゃんと話せば、わかってもらえると思うけど」
それだけ言って教室を出ていく。
入れ違いになるように、三人が帰ってきた。
(水嶋くんの言う通り、ちゃんと話さないとっ)
菜月「あのっ、さっきは嫌な言い方してごめんなさい! もう外が真っ暗だし、みんな可愛いんだから、早く帰らないと危ないって思って」
必死に思いを伝えると、三人が「なにそれ!」と笑い出す。
友人B「森下さんだって可愛い女子高生でしょ」
菜月「いえ、私はみんなみたいにオシャレしてないですし」
友人A「すればいいのに! 今日、雰囲気違くて話しやすいなって思ったもん」
友人C「そうそう! こっちこそごめんね。森下さんは風紀委員だもん、下校時刻を破るわけにいかないよね。よし、急いで帰ろう!」
ホッとして帰り支度を済ませ廊下を歩く。
口々に「うわ、ほんとに真っ暗だ」「帰り同じ方向?」と話しながら下駄箱に着くと、ガラス扉にもたれかかる真紘がいた。
友人C「あれ、水嶋くん?」
真紘「おお。お疲れ」
友人B「誰か待ってるの?」
真紘「うん、そこの風紀委員さん」
一同驚き。
真紘「暗くなったから、送ってく」
菜月「え、……え?」
真紘「みんなも気をつけて帰って。ほら、行くぞ」
手を繋がれ、パニック状態。
友人三人の黄色い声を背に歩き出す。
(なんでっ? それより、手、手……っ!)