ベテラン転生者エリザベス、完璧な令嬢になりました。今度こそ思い通りの人生になる…はず?

若手天才女優のドラマチックな死

 彼女が死んだのは、二十五歳の誕生日だった。

 ドラマチックに生きたいの、という彼女の願いは確かにかなえられた。
 年齢=芸歴、名実ともに日本のトップ女優、美貌もスタイルも演技力もカリスマ性も視聴率も知名度も好感度もギャラも話題性も何もかもが抜群の完璧な彼女が思い描いていた『ドラマチックな最期』とは大きく乖離していただろうけれども、とにかく非常にスリルに満ちた最期だったことは間違いない。

「これがわたし主演の二時間ドラマだったらどんなに(視聴率が)よかったか……ああっ、録画されていないのがもったいなかったわ!」

 これが彼女が最期に発した言葉だったらしい。しかも手振りと表情までついていたらしい。「完璧な死にざまだった、まるで演じているかのようで……」と彼女を殺した犯人たちが半ば呆れたような表情で警察に告げた。

 国民的な人気を誇る若き天才女優リサが、その才能と美貌ゆえに巻き込まれた猟奇事件は大々的に連日報道された。
 通常のマスコミに加え、犯人たちが『生配信』までしたものだから、おそらく、所属事務所が訃報を伝えるまでもなく病院の外にもマスコミやファンが押しかけているだろう。

 そして窓の外は、狙ったかのように雪。ホワイトクリスマス、病院の窓には白い欠片がびっしりと張り付いている。JRは計画運休をするし、政府は都民に対して「不要不急の外出は控えるように」と要請を出すほどの雪だった。都内でホワイトクリスマスはありえないと言われているのに、ドカ雪が降った。これも、ホワイトクリスマスに憧れていた彼女の終幕に相応しいイベントだろう。

「ああ、リサ……」

 慈愛に満ちた優しい声が、無機質な病室に響く。死んだばかりのリサは「お母さん……!」と思わず呟く。
「お前をこんな目にあわせたライバル女優と、お前に惚れた妻帯者の俳優と売出し中の若手アイドルたちと、計画に便乗した熱狂的ファンとスタッフと……その他諸々は残らず逮捕されたよ……」
 死んだばかりのリサは
「……そんなに関わっていたの!?」
 と思わず呟く。

 彼女の母は、病院のベッドに横たわる愛娘の顔をそっと撫でた。
 むくり、と起きて台本は? と言いそうな死に顔である。
 仕事の時以外は、いつも黒ぶち眼鏡と分厚い前髪、マスクで顔を隠していたリサ。もっともそれをつけて変装していても彼女の美しさは隠せはしなかったが、それらを外した死に顔は驚くほどに美しい。

 楕円形の輪郭に、バランスよく配置されたそれぞれのパーツは、神が最高傑作と称えるであろう出来栄えだった。とくに、涼し気な切れ長の瞳と強い光を放つ黒目が彼女の魅力だ。瞬きすればばさばさと音がしそうなほど長いまつ毛はしかし主張しすぎることはない。
 そして、完璧な角度と長さを誇る弓なりの眉。そこへ、ふっくらとした唇が常に愛らしさをたたえ、笑窪と左目の下の泣き黒子が鋭さを覆い隠す。
 リサのあまりの美しさに、ヘアメイクさんたちは毎回困っていた。自分がメイクすることで彼女の美しさを損なってしまうことを畏れたのだ。

「リサにとって美貌は……今生でも武器にならなかったねぇ……かわいそうに……」

 母は大まじめに語り掛ける。大きな声ではないが、静かな病室のため、はっきり大きく聞こえる。
 たったいま死んだばかりのリサであるが、ベッドの上にぽっかりと浮いたままの状態で、
『ん? 今生でも? も? もって言った? どういうこと……』
 と、首を傾げた。

「来世こそは、この美貌をいかしていい男を捕まえるんだよ……」

 母はそっとハンカチで涙を拭う。
 悲しんでいるのは間違いないのだが、愛娘を悲劇的に亡くしたという割には、淡々としている。何かがおかしい。
「リサの魂に刻まれた基礎となる顔が桁外れの美形だからね……どう頼んでみても人並み以上の顔とスタイルになるんだよ。来世はがどんな人生を選ぶかわからないけどさ……美貌は武器にもなるからね……」

『来世!? え、魂がどうしたって? なになに? どういうこと?』

 リサ、大混乱である。出来るなら今すぐ生き返って母を問いただしたい。
「今世であんたが好んで読んだり書いたりしていた異世界転生モノのように、うまくいくといいねぇ……」
『お母さん!? あたしの読書の趣味をどうして知ってるの! 隠してたのに! てか、書いたり、ってそこまで知ってるのはなぜ!』
 ついでに、クローゼットの奥に隠した段ボール箱の中身と、パソコンの閲覧履歴と、執筆フォルダを綺麗にしなかったことを思い出したがもう遅い。できることなら今すぐ生き返ってそれらを処分したいが、やっぱりもう遅い。
「思えば……これまでに何度も転生しているというのに、一度として満足いく一生を送れたことがない。本当に不憫な子だよ」

『……あ、の? お母さん……?』

「それもねぇ……ほとんどの転生で前世の記憶を全て消して転生するから、同じ失敗を繰り返すと思うんだよ、母さんは……。今度は、オプション料金払ってでも、記憶アリで人間に転生してみたらどうかねぇ……」
 何を言っているの、と、リサは叫び母の肩を揺するがその声は母には届かない。

「……そろそろ、係の者がリサのところへ着くころかね」

 何の係!? と、リサはおろおろした。わけが分からなくて泣きたいくらい、慌てている。死んでからこんなに慌てふためくことがあるとは。
 兎にも角にも、何か――妙なことが我が身に起こっている。そう、常識では考えられないようなことが。
 だが自分の力ではどうにもならないことだ――そこまではわかる。
「こちらもリサの転生に備えて準備しようかね……次はどんな世界だろうねぇ。楽しみだよ。これだから、随伴者はやめられないんだ」

――お母さん、どういうこと! 説明して……

 リサは叫んだ。が、母は、事務所の人に頭を下げ、愛娘の葬儀の相談をはじめてしまった。
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