ベテラン転生者エリザベス、完璧な令嬢になりました。今度こそ思い通りの人生になる…はず?
まさかの交友関係
来るときは、派手に水しぶきをあげながら暴走馬車として会場に乗り込んできたリズであるが、帰りは大人しいものだった。
「見ろ、イシュタルさまの馬車が普通に走ってるぞ!」
「明日は雨か、槍が降るに違いない」
車内にいるリズは、足の痛みとシュテファンが自分に興味を持たなかったことへのショックで俯きっぱなしだった。そのため、幸いにも道行く人の驚きの声は彼女の耳に入ることはなかったし、彼らが魔法の雷で打たれることもなかった。
だがしかし。
いつも全力で走っていいと言われる馬たちである。誰が何を言わなくても全力で走ってしまう。
「う、わ、あ、うあうあ……いてっ」
御者が、はねる。リズが、飛び上がる。
「えーん、踏んだり蹴ったりってこのことよ……」
強かに座面にお尻を打ち付け、リズは半べそになる。柔らかい座面だが、どうぞ痣になっていませんように、と、妙なことを祈りながらお尻をさする。
「こんな気持ちじゃお家に帰れないわ……」
母はきっと心配するだろう。きっと事細かに説明すれば、過去の記憶やデータを引っ張り出して解決策を教えてくれるだろう。そういうときのための「転生随伴者」である。
だが――肝心の、母に話をする気力がわかなかった。
はっきりとフラれたわけではないが、今度こそ幸せになるために転生し完璧な令嬢を目指してここまで突っ走ってきたのに、本命の相手に興味を持ってもらえないのは辛すぎる。
これまで、なんのために言い寄る男を蹴散らかし、ライバルになりそうな令嬢たちを引きずり降ろしてきたのか――。
「美しさが足りないの? それとも、知性と教養が不足していたのかしら。魅了の仕方を間違えたかもしれない。何が、シュテファンさまと合わなかったのかしら……」
ギャロップから駈足程度の速度になった馬たちは、御者の帰宅命令を無視し、勝手に馴染みの場所へと突撃していった。主の精神が不安定なことを察したに違いない。
それが、リズがよく駆け込む教会であった。
そして出迎えに出てきてくれたアンドリューの顔を見た瞬間、涙があふれて止まらなくなってしまったのだった。
リズがここまでの経緯を語り終えた時、「ふーむ、シュテファンのやつ、どういう了見だろう」という声がした。
「れ、レオさま!? あなた、どうして……」
「泣いているレディをそのまま一人で帰すのですか、と、ハンナに言われてね。あの後すぐ、うちの馬車に押しこめられた」
苦笑を浮かべたレオだが、すぐに照れくさそうに人差し指で鼻の下を擦った。まるで、少年のようなしぐさに思わずリズの口元が緩む。
「わざわざすみません、レオさま」
「レディ、さまはいらないよ。レオと呼んでくれると嬉しい。きみのことはリズと呼ばせてもらうよ。社交の場ならいざ知らず、ここはごく私的な場だから」
だがリズが返事をする前にアンドリューが咳ばらいをして割って入った。
「あー、その、レオンハルト閣下!」
「なんだ?」
「ここは、町の教会です。民に開放されている場を勝手に私的な場にしないでください」
うんうん、とリズも頷く。古くて小さいとはいえ、かつて王都で疫病が流行ったときに王家が民のために建てたという由緒ある教会だ。
こちらの老朽化にともない先々代の国王が大教会をお城の真ん前に建てたため、そちらに人が流れてしまった。そのぶんこちらは寂れた――いや、落ち着きのある教会になっている。
「何を言うか、俺たち以外に誰もいない。まぁ無理もない、老朽化が進んでいて聖歌隊の一つもないからな」
アンドリューが、ふん、と胸を張った。
「と、思うでしょう? 王都で評判の美しい歌姫が、ここへも歌いに来てくれるのですよ」
「美しい歌姫だと?」
「ええ。プラチナブロンドの、天使のような清らかな美女です。讃美歌はもう、天から降ってくるかのような極上で……」
リズが、はいっ、と手を挙げた。リズ? と、レオが首をかしげる。
「アンドリュー、もしかして……歌姫のお名前はティレイアさまでなくって?」
「ああ、そうだよ」
「それはきっとわたくしの、自慢の異母姉さまだわ!」
目をキラキラさせたリズが、異母姉ティレイアの美しさ、心根の優しさ、奉仕活動への熱心さを並べ立てるのを聞いていたレオが、「あ」と低く呟いた。
「レオンハルト閣下、いかがなさいました」
「……その名前、シュテファンの口からきいたことがあるぞ……。確か、教会の奉仕活動に積極的に参加してくれる伯爵家の令嬢がいるとか……リズの話を聞く限り、同一人物だろうな」
リズの動きが止まった。
「……シュテファンさまと、ティレイアお姉さまが……お知り合い……?」
思いもよらない交友関係である。だが王都は広いようで狭く、上流貴族同士の交流となるとさらに狭くなる。
「……まさか……シュテファンのやつ、ティレイア嬢のことが好きなんじゃないか?」
閣下! と、アンドリューが慌てた声を出す。リズがショックを受けた顔でレオを見る。
「まさか、いえ、そんな……」
「リズ……俺にも確信はない。単なる思い付きだ。だけど、あいつの口から出てきた女性の名前は、後にも先にもティレイア嬢だけなんだよ……」
リズが、ぺたん、と、床に座り込んでしまった。顔色が真っ白になり、華奢な体が小刻みに震えている。
「そんな、そんなことって……!」
「見ろ、イシュタルさまの馬車が普通に走ってるぞ!」
「明日は雨か、槍が降るに違いない」
車内にいるリズは、足の痛みとシュテファンが自分に興味を持たなかったことへのショックで俯きっぱなしだった。そのため、幸いにも道行く人の驚きの声は彼女の耳に入ることはなかったし、彼らが魔法の雷で打たれることもなかった。
だがしかし。
いつも全力で走っていいと言われる馬たちである。誰が何を言わなくても全力で走ってしまう。
「う、わ、あ、うあうあ……いてっ」
御者が、はねる。リズが、飛び上がる。
「えーん、踏んだり蹴ったりってこのことよ……」
強かに座面にお尻を打ち付け、リズは半べそになる。柔らかい座面だが、どうぞ痣になっていませんように、と、妙なことを祈りながらお尻をさする。
「こんな気持ちじゃお家に帰れないわ……」
母はきっと心配するだろう。きっと事細かに説明すれば、過去の記憶やデータを引っ張り出して解決策を教えてくれるだろう。そういうときのための「転生随伴者」である。
だが――肝心の、母に話をする気力がわかなかった。
はっきりとフラれたわけではないが、今度こそ幸せになるために転生し完璧な令嬢を目指してここまで突っ走ってきたのに、本命の相手に興味を持ってもらえないのは辛すぎる。
これまで、なんのために言い寄る男を蹴散らかし、ライバルになりそうな令嬢たちを引きずり降ろしてきたのか――。
「美しさが足りないの? それとも、知性と教養が不足していたのかしら。魅了の仕方を間違えたかもしれない。何が、シュテファンさまと合わなかったのかしら……」
ギャロップから駈足程度の速度になった馬たちは、御者の帰宅命令を無視し、勝手に馴染みの場所へと突撃していった。主の精神が不安定なことを察したに違いない。
それが、リズがよく駆け込む教会であった。
そして出迎えに出てきてくれたアンドリューの顔を見た瞬間、涙があふれて止まらなくなってしまったのだった。
リズがここまでの経緯を語り終えた時、「ふーむ、シュテファンのやつ、どういう了見だろう」という声がした。
「れ、レオさま!? あなた、どうして……」
「泣いているレディをそのまま一人で帰すのですか、と、ハンナに言われてね。あの後すぐ、うちの馬車に押しこめられた」
苦笑を浮かべたレオだが、すぐに照れくさそうに人差し指で鼻の下を擦った。まるで、少年のようなしぐさに思わずリズの口元が緩む。
「わざわざすみません、レオさま」
「レディ、さまはいらないよ。レオと呼んでくれると嬉しい。きみのことはリズと呼ばせてもらうよ。社交の場ならいざ知らず、ここはごく私的な場だから」
だがリズが返事をする前にアンドリューが咳ばらいをして割って入った。
「あー、その、レオンハルト閣下!」
「なんだ?」
「ここは、町の教会です。民に開放されている場を勝手に私的な場にしないでください」
うんうん、とリズも頷く。古くて小さいとはいえ、かつて王都で疫病が流行ったときに王家が民のために建てたという由緒ある教会だ。
こちらの老朽化にともない先々代の国王が大教会をお城の真ん前に建てたため、そちらに人が流れてしまった。そのぶんこちらは寂れた――いや、落ち着きのある教会になっている。
「何を言うか、俺たち以外に誰もいない。まぁ無理もない、老朽化が進んでいて聖歌隊の一つもないからな」
アンドリューが、ふん、と胸を張った。
「と、思うでしょう? 王都で評判の美しい歌姫が、ここへも歌いに来てくれるのですよ」
「美しい歌姫だと?」
「ええ。プラチナブロンドの、天使のような清らかな美女です。讃美歌はもう、天から降ってくるかのような極上で……」
リズが、はいっ、と手を挙げた。リズ? と、レオが首をかしげる。
「アンドリュー、もしかして……歌姫のお名前はティレイアさまでなくって?」
「ああ、そうだよ」
「それはきっとわたくしの、自慢の異母姉さまだわ!」
目をキラキラさせたリズが、異母姉ティレイアの美しさ、心根の優しさ、奉仕活動への熱心さを並べ立てるのを聞いていたレオが、「あ」と低く呟いた。
「レオンハルト閣下、いかがなさいました」
「……その名前、シュテファンの口からきいたことがあるぞ……。確か、教会の奉仕活動に積極的に参加してくれる伯爵家の令嬢がいるとか……リズの話を聞く限り、同一人物だろうな」
リズの動きが止まった。
「……シュテファンさまと、ティレイアお姉さまが……お知り合い……?」
思いもよらない交友関係である。だが王都は広いようで狭く、上流貴族同士の交流となるとさらに狭くなる。
「……まさか……シュテファンのやつ、ティレイア嬢のことが好きなんじゃないか?」
閣下! と、アンドリューが慌てた声を出す。リズがショックを受けた顔でレオを見る。
「まさか、いえ、そんな……」
「リズ……俺にも確信はない。単なる思い付きだ。だけど、あいつの口から出てきた女性の名前は、後にも先にもティレイア嬢だけなんだよ……」
リズが、ぺたん、と、床に座り込んでしまった。顔色が真っ白になり、華奢な体が小刻みに震えている。
「そんな、そんなことって……!」